カワイイもの好きな人々。
(ただし、おじさんの部)

ことしはじめてセミの声を聞いた7月の土曜。
僕(41)は、大きな荷物を抱えて
吉祥寺の商店街を歩いています。
よろよろとたどりついたのは、
絵本屋さんの2階にあるイベントスペース。
杉山由さん(45)は、
約束した午後4時ちょうどにやってくると、
僕が運んできた高さ1メートルの白い立方体を
少し照れた笑顔でながめるのでした。


第22回
発泡スチロールはカワイイ。



山下 なんとか、持ってきました(笑)。
杉山 ああ、たいへんだったでしょう。
山下 はい(笑)。バスに乗ろうとして断られたり、
タクシーが停まってくれなかったり‥‥。
でもとにかく、無事に運べてよかったです。
杉山 なんだか、恐縮ですねえ。
山下 いや、製作をお願いしたのは僕ですから
材料を用意するのは当然ですよ。

杉山由(すぎやまゆかり)さんは、
独特にかわいい作品を生みだす造形作家です。
つかう素材はすべて、発泡スチロール。
「つくっているところを見てみたい!」
僕は電話で、お願いしてみました。
すると、「いいですよ!」と快いお返事。
作業場には、
絵本屋さんの2階をお借りしました。
たのしい作業にピッタリの場所です。

さて、杉山さん、
持ってきたカバンからシートを出して広げると、
手際よく道具を並べていきます。


山下 これがスチロールを切る道具ですか。

杉山 ニクロム線‥‥、電熱線ですね。
熱で溶かしながら切るんです。
じゃあ、はじめますよー。
山下 あ、あ、もういきますか。
杉山 時間、きまってるんですよね?
山下 はい、3時間です。大丈夫でしょうか。
杉山 3時間ならぜんぜん大丈夫。
時間あまりますよ、きっと。
(ニクロム線をスチロールにあてる)
じゅ、じじじじじ‥‥

山下 わー、おもしろいなあ‥‥。
ぱこんっ

山下 ずいぶん大胆にいくんですね。
杉山 ええ。(じゅ、じじじじ‥‥ぱこんっ)
山下 ‥‥ところで、きょうは何を
つくっていただけるのでしょう?
杉山 ええと(じじじじじ‥‥ぽこっ)恐竜を。
山下 恐竜ですか! それはたのしみです。
杉山 (接着剤を塗る)‥‥こんなかんじで。

山下 ん? 横長‥‥ということは、
四つ足タイプの恐竜ですか。
杉山 そうそう、ネッシーみたいなやつ。
(じゅ、じじじじじじ)‥‥よいしょっと。

山下 ‥‥あの、杉山さん。
話しかけても平気ですか? 気が散りません?
杉山 大丈夫ですよー。(じじじじじじじ‥‥)
山下 ええと、杉山さんにとってですね、
発泡スチロールは、ずばり
かわいいものと言えますでしょうか?
杉山 そうですね、言えますね。(じじじ‥‥)
山下 そうですか! それは、どんなところが?
杉山 うーん、白いところ?(じじじじじじ‥‥)
山下 たしかに白くてきれいですが‥‥ほかには?
杉山 なんというか、(じじじじじじ‥‥)
カワイイもの好きな僕としてはですね。
山下 は、はい。
杉山 これでなくてはだめな素材なんです。
山下 といいますと?
杉山 僕のは、立体のラクガキですから。
山下 立体のラクガキですか。
杉山 ほら、ラクガキって(じじじ‥‥)、
はやくササッと描いたほうがいいでしょ。
山下 ええ、はい。
杉山 鉄とか木とか石とかも魅力的な素材ですが
スピードがでないんです。(じじじじ‥‥)
山下 なるほど、これがいちばんはやいのですね。
杉山 はい。僕は、いっきにザクザクやらないと
かわいくできないもんで‥‥。

ざっくりと形を決めるカットが終わると、
ニクロム線をあやつる杉山さんの手の動きが
急にグングン、はやくなっていきます。
じゅ、しゅぱっ、しゅっ、すぱっ。
しゅん、すぱっ。しゅしゅ、すぱぱぱ‥‥‥。


みるみるうちに‥‥

脚ができて‥‥

しっぽがとんがり‥‥

頭の形もみえてきました

山下 雪をさくさく切ってるみたいですね。

杉山 札幌の、雪祭りの像みたいでしょ。
山下 はい、スコップで切った白い雪のようです。
杉山 ‥‥‥‥よしと。ちょっと休憩しますか。

お店を出て、僕と杉山さんは
ふたりでファンタグレープを飲みました。
飲みながらアレコレたのしく話していると、
時間はたちまち過ぎていくもの。
気がつけば、ちょっとのはずの小休止は
ついつい大休息になっておりました。
のんびり作業場に戻る、男ふたり。


山下 ‥‥うーん。しかしこれ、杉山さん、
ほんとに間に合いますかね?
杉山 あとはこまかい部分だけですから。
じ、じじ‥‥

じじじ‥‥

山下 ‥‥いや、でも杉山さん、
もう残り1時間を切ってますよ。
片づける時間もけっこうかかりますでしょ。
杉山 ちょっと休憩とりすぎましたか(笑)。
では、大丈夫だとは思うのですが、
万一のことを考えて30分だけ延長できますか?
山下 延長‥‥、できるのかなあ‥‥。
お店の人に聞いてきますね(去る)。

3分経過。


山下 (戻ってくる)杉山さーん。
杉山 あ、どうでした?
山下 だめでした。次の予定が入っているそうです。
杉山 そうですか。ま、もうだいたい完成ですし‥‥
山下 でも杉山さん、いいお知らせもあります!
この恐竜、色を塗って完成したら
お店に飾ってもらえることになりました!
杉山 ‥‥‥‥え。
山下 え? な、なにか?
杉山 色、塗るのですか?
山下 はい、そのほうがかわいいですから。
杉山 ‥‥‥‥‥‥わかりました。
とりあえず作業はここまでにしましょう。

山下 え? 色は、色はどうするのです?
杉山 公園で塗りましょう。幸い絵の具はあります。
山下 公園? 井の頭公園ですか。
杉山 そう。さあ、片づけて移動しますよ。
僕はペンキとか道具を持っていくので、
山下さんは恐竜と、その歯を運んでください。

山下 歯は、色を塗ってからくっつけるんですね。
杉山 はい。口をあけて歯をむいている姿とか、
僕は、むしろそういう凶悪なのを
かわいいと感じるんですよ。
だから歯は、力をいれてつくるんです。
山下 人形に目をいれる、などと言いますが
杉山さんの場合は最後に歯をいれるのですね。
杉山 そうですね、歯は大切です。
山下 わかりました、気をつけて運びます。

こうして僕と杉山さんは、
駅の反対側にある井の頭公園へと移動しました。
公園についたころには、すっかり夜。
街灯の下で作業を再開! なのですが‥‥。


山下 ‥‥‥‥‥やってしまいました。
杉山 ‥‥‥‥‥ええ。
山下 も、申し訳ありません。

杉山 ‥‥山下さん、その歯を落としたとき
気づかないでどんどん歩いてましたよね。
山下 はい‥‥、土曜でひとが多くて‥‥。
なさけないかぎりです‥‥。
杉山 そしたら、サラリーマンの人が
「落としましたよ」って
拾って持ってきてくれたでしょ。
山下 ‥‥はい。
杉山 ‥‥あのサラリーマンの人、
なんだか、ニッコニコしてましたねえ。
山下 そ、そうでしたか?
杉山 はなれた場所から見てたんですが、
なんか、すごくいい光景でした。
山下 そうですか‥‥。
杉山 ええ。奇妙な光景でもありましたが(笑)。
‥‥歯は、くっつければ大丈夫ですから。
さあ、色、塗っちゃいいましょうよ。
山下 は、はい!

杉山さんは素晴しいスピードで
恐竜に色をのせていきます。
爪を塗り、目を描き、最後に歯をいれました。
僕らは手早く荷物をまとめると、
また絵本屋さんへと引き返すことに。
さあ、
命を吹き込まれた恐竜が、
夜の吉祥寺に飛びだしましたよ!!!


「うおおおおおー! いくぞーー!!」

「ここで働かせてくださいっ!」

「あっ、ストリートミュージシャンだ!」

「カッコイイなあ〜!!」

途中、じつにいろいろなタイプの人々から
「お、すげっ! まじカワイイじゃん!」
「3才の孫が恐竜に夢中でねえ」
「Hey!! you make it?」
などと声をかけられながら、
僕らは、絵本屋さんに戻ってまいりました。


山下 ‥‥さて、じゃあ最後に店内で記念撮影して
恐竜とお別れしましょうか。
杉山 あ、いちおうサインを入れておきますね。

山下 ‥‥ジョジョ! それは名前ですか!
杉山 はい。
山下 いいです!
名前をつけるのはとてもいいことです!
じゃ、ジョジョをここにのせて、撮りますよー。

杉山 ‥‥あの、きょうはありがとうございました。
山下 え。や、やめてください、そんなお礼なんて。
杉山 とても、たのしかったんです。
その‥‥つくることの原点にもどれました。
山下 いえいえ、感謝するのはこちらの方で‥‥
杉山 いやいやいや、ほんとうにどうも‥‥
ふたり ありがとうございました。



立方体が、あんな恐竜になるなんて‥‥。
ちょっと驚きのかわいさ体験でありました。

杉山さんのミニギャラリーをつくりました。
こちらからどうぞ。

ふてぶてしさが、かわいいんです。

恐竜・ジョジョは、世界の玩具と絵本のお店
「おばあちゃんの玉手箱」に、
7月いっぱい展示されております。
ホームページはこちら。地図はこちら
ぜひ、会いに行ってみてください!

2004-07-07-WED

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