カワイイもの好きな人々。
(ただし、おじさんの部)

快晴の午後1時。吉祥寺、大正通り。
花屋の横の小径を行くと、
2階建ての新しいビルが見えてきます。

オーナーの引田ターセンさん(推定53才)は、
自然光あふれるオフィスに僕を招き入れると
すこし照れくさそうに
数枚のスナップ写真を
ぱらぱらとテーブルに広げるのでした。。

第4回
アゲハチョウはカワイイ



山下 チョウチョ、ですね。
引田 そう、アゲハチョウ。
毎年、部屋で羽化させてるんです。
山下 部屋で‥‥?
詳しく聞かせてください。
引田さんのビルが吉祥寺に誕生したのは、
2003年4月のことでした。
2階にギャラリー、1階がブティック、
地下にはパン屋さんというつくり。
僕は、ここのギャラリーに
もう何度も足を運んでいます。
展示される作品と、作家の選び方に、
ツボを押され続けているのです。
「このギャラリーのご主人は
 カワイイもの好きに違いない!」
僕は、ひそかに
そう、にらんでいたのでありました。
引田 自宅の庭にレモンの木があってね、
そこに成虫が卵を産みにくるんですよ。
山下 ああ、はい、アゲハの幼虫って
柑橘系の葉っぱを食べるんですよね。
引田 そうそう。
幼虫が育っていくのを
なんとなく楽しみに見てたんだけど、
これがねえ‥‥
大きくなって、もうじきサナギってころ、
きまって鳥に食べられてしまう。
山下 ああ。
引田 それで、ミカンの木の鉢植えを買ってきて
部屋に置いてね、
大きくなった幼虫を
そこに移すようにしたんです。
山下 なるほど。
引田 これは、カラスアゲハの幼虫で‥
引田 こっちが普通のアゲハチョウ。
山下 ははは、まじまじと見みると、
かわいらしいもんですねえ。
引田 でしょ?
でも、ダメな人はダメだよね。
とくに女性は多いでしょ、虫ダメな人。
だから‥‥いいのかな、こんな話で。
山下 あ、引田さんがカワイイと思う
お話をうかがえれば、それでいいんです。
引田 ‥‥そう。
山下 はい。
引田 じゃ、あれも話そうかな‥‥。
山下 え? な、なんですか?
引田 こいつのこと。こいつは特別でね。
山下 特別? どこが違うんでしょう。
引田 アゲハの幼虫って、ほら、外敵が近づくと
ツノをピュって出すでしょ。
山下 はいはい、威嚇ですね。
イヤな臭いもするんですよね。
引田 ところが、こいつは僕が近づいても
ツノを出さなくなった。
最初は出してたのにだよ。
山下 ええ? な、なつくんですか?
引田 そう(テーブルを叩く)、なつく!
山下 なつくんだあ。
ああ、それはカワイイですねえ。
引田 うん、カワイイ‥‥。
で、これがまた秋の終りの幼虫でね。
山下 といいますと?
引田 うちで越冬したの、サナギになって。
ほら。
山下 そうかあ、冬の間ずっと
サナギで部屋にいたんですね。
引田 4か月くらいかな。
山下 そんなに。
ちゃんと羽化したんですよね。
引田 しましたよ。
越冬して成虫になったチョウはね、
弱ってるから
すぐには飛んでいかないんだよ。
山下 そうなんですか。
引田 春とか夏に部屋で羽化するやつは
すぐ飛んで逃げるけど、
こいつは1週間くらい、いたかな。
このサッシのそばがお気に入りでね。
山下 はあー。
その1週間、エサはどうするんです?
引田 ポカリスエット。
脱脂綿に含ませてやると、
吸うんだよ、チューチュー。
山下 はああー。
やっぱり怖がらないんですか。
引田 怖がるどころか、
まとわりついてくる。
山下 まとわりつく? ホントですか?
引田 ほら。


山下 す、すごい!
引田 “手乗りぶん蝶”(笑)。
山下 こんなことって、あるんだあ。
引田 部屋の中でヒラヒラ遊んでる姿は、
ほんとにかわいかったねえ。
山下 でも、1週間後には
そとに放したわけですよね。
引田 放しましたよ。
天気のいい日を選んで。
それと、うちの庭にヒヨドリの夫婦がいて、
これベッカムってあだなつけてるんだけど、
そいつらがいないときをみはからってね。
窓をパーッと開けて、
さあ! いまだ、行け!って。
ところが、庭先の鉢植えにとまっちゃって
しばらく飛んでいかないんだよ。
写真撮ったんだけどね。
山下 そ、そんなことしている間に
ベッカムが‥‥。
引田 そう、だからもう、このあと必死で、
おい! 何やってるんだ、行きなさい!って。
山下 行きましたか。
引田 ええ、飛んでいきました。
山下 ちょっと、ドキドキしました。
引田 それからしばらくは、
毎日同じ時間に窓を開けてましたねえ。
帰ってくるかもしれないと思って。
でも、帰ってこないんだよねえ‥‥。
山下 切ないですね。
引田 そう(テーブルを叩く)、切ない!
山下 ‥‥‥‥‥‥あの、引田さん、
お嬢さんがいらっしゃるんですよね。
引田 え? ああ、いますよ。
山下 おいくつ、ですか?
引田 21になるけど。
山下 お年頃、ですよね。
もしかすると、すこし、
重ね合わせていらっしゃるのでは‥‥。
引田 ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥。
山下 ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥。
引田 ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥まあ、そこは、
好きにまとめてください。
僕は何も言わない。ノーコメント。
山下くんに、脚本家に、
おまかせします(笑)。
山下 はい(笑)。
きょうは、ありがとうございました。

「よいお年を」の挨拶を交わし、
僕はオフィスを後にしたのでありました。
引田さんとの最後のやりとりは
そのまま書かせていただこう、
そう心に決めながら。



今回は、しみじみ、かわいかった。

引田さんのビル、
ぜひ訪ねてみてください。
居心地よすぎて、びっくりです。

ご夫妻で開いている
ギャラリー フェブのHPはコチラ。
http://www.hikita-feve.com/

それと、引田さん経営のパン屋さん
ダンンディゾンのHPはコチラです。
http://www.dans10ans.net/

さて、
これがことしのカワイイおさめ。
来年もたくさん見つけてきますよー。
ええ、まだまだ、どんどん、
山下は、さがします。



2003-12-31-WED

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