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未踏の洞窟ばかりに狙いを定め、
すきあらば「探検」している人がいます。
洞窟探検家の吉田勝次さんです。
吉田さんが撮影してくる洞窟写真は
美しくて、神秘的で、
荘厳な地下大神殿のようにも見えます。
一方で、侵入する者の生命を
簡単に奪ってしまう異界でもあります。
そんな場所へ好んで行く人ですから、
「豪快で、怖いものしらずで、
 よけいなおしゃべりなどしない、
 哲学者みたいな吉田さん」
を想像していたら
「ひとなつっこくて、怖がりで、
 ロマンチックで、
 たまにアホ(←自称です)な吉田さん」
が、そこにいました。
洞窟の美しさ、怖さ、危険性、その魅力。
口を「あんぐり」しながら聞きました。
全6回、担当は「ほぼ日」奥野です。

吉田勝次(よしだ・かつじ)

洞窟探検家、建設会社社長。
21歳で、自身の建設会社を立ち上げ、
日曜日も関係なくはたらく。正月はしぶしぶ休む。
1988年、
世界的アルピニストの故・長谷川恒男氏より
冬山雪上訓練・登攀の指導を受ける。
1994年、洞窟探検開始。
以降、国内外で未踏洞窟の探検を続け、
新しい洞窟を発見したりもする。
2004年、社団法人日本ケイビング協会を設立。
現在、洞窟探検やアウトドアロケの
プロガイドとして、
テレビ撮影のガイドサポート、学術探査、
研究機関からのサンプリング依頼、
各種レスキューなど、幅広く活動している。

吉田さんの会社の探検ガイド事業部である
地球探検社の公式サイトは、こちら

【吉田さんの主な資格】
• ケイビングガイド:レベル5
• 少林寺拳法5段(現在はフルコンタクト空手を1から修行中)
• MFA(メディック・ファースト・エイド)国際インストラクター
• 2級小型船舶操縦士
• 4級アマチュア無線技士
• スキューバーダイビング
• 土木施工管理技士
• 建設機械施工管理技士
• 発破技士(爆破の国家資格・洞窟レスキューに役立つ?)

【吉田さんの特技】
• やせ我慢強い
• 耳を動かせる
• どこでも眠れる
• 趣味は歌とギター ‥‥ほか。

閉じる
──
吉田さんは、宇宙には興味あります?
吉田
めちゃくちゃありますね。
NASAにも2回メールしたことある。
──
メール。それは‥‥どのような用件で?
吉田
単純に「宇宙に行きたいんですけど」って。

というのも、ホラ、月のどこかにさ、
「300メートルの縦穴」と
「500メートルの横穴」があるって記事を、
なにかで読んだんですよ。
──
つまり、そこに連れてってくれ、と?
吉田
まあ、宇宙がどんだけ大変かについては
よくわかってないし、
とくに返事も来なかったけどね。ははは。
──
でも、そのためにまずは
厳しい宇宙飛行士の試験に合格しないと。
吉田
うん、そうだよね。

まあ、なれるか、なれないかは別にして、
「俺、行きたいんだけど」って。
でも、キリないからね、
行きたい行きたいって言っててもさ。
──
そうですよね(笑)。
吉田
俺の人生は、地球だけで、終わるのかなあ。
──
洞窟のツアーガイドというのは、
吉田さんのお仕事にもなってるわけですが、
これは、洞窟をやるうちに、徐々に?
吉田
洞窟を仕事にしようなんて思ってなかった。
途中から、流れでそうなっただけ。

これでメシ食ってくなんて思えないでしょ?
──
ただ好きで洞窟を探検してたら
だんだんテレビ番組からオファーが来て‥‥。
吉田
テレビ局の企画になると、予算があるから、
個人では無理なエリアにも行けるんですよ。

人との繋がりもできて、情報も入ってくる。
探検に行くための旅費だけじゃなく
日当まで出るんだから、ありがたいことで。
──
向いてますよね、吉田さんに(笑)。
吉田
仕事でやるなんて思ってなかったけど、
仕事にしたら、「もっと探検できた」んです。

だから、死ぬまでやり続けたいと思ってる。
ちょっと死にそうな思いをすると
しばらくは行きたくないって思うんだけど。
──
でも、死ぬまで探検したいという吉田さんが
「高所恐怖症」というのも
おもしろいというか、不思議な気がします。
吉田
中学生のときは、かなり重症で
歩道橋とか、立って歩いて渡れないくらい
ヤバかったんだけどね。
──
そんな人が大人になって、高所恐怖症のまま、
険しい岩山をよじ登ったり、
何百メートルもの縦穴を降りたりしてる‥‥。
吉田
なんでだろうねえ。
──
でも、敏感に「怖さ」を感じることが、
危ない場面で
吉田さんの生命を救ってるってことも、
きっと、ありますよね。
吉田
いや、探検家をやる上で
恐怖心って、すごく大事なものだと思うよ。

探求心も大事だけど、それと同じくらいに。
なぜなら、恐怖心には
「リスクマネジメント」が含まれてる。
何をするにも慎重になるし、
ロープの結び目も、他人任せにしないで、
いちいち自分の目で確認したりね。
──
なるほど。
吉田
恐怖心がないと、たぶん、長生きできない。
冒険家になっちゃう‥‥というかなあ。

つまり、探検家に冒険心は必要ないんです。
探究心と、恐怖心が必要。
で、絶対に帰ってくるって前提でやってる。
──
でも、冒頭の水中のアクシデントみたいに、
「賭け」じゃないけど、
「思い切り」が必要なこともありますよね?
吉田
たまに、一か八かって場面もあります。
そんなときの冒険心は、しょうがない。

でも、それは「生きのびるための力」で
ここで死なないために、
もう、なけなしのパワーをしぼり出して、
「行けぇ!」みたいな感じかな。
──
冒険心スイッチも、ついてるんですね。
吉田
なかなか押さないけどね。
──
デューク東郷が同じことを言ってました。
吉田
あ、ほんと?
──
「俺が強い理由を教えてやろう。
 それは
 俺がウサギのように臆病だからだ」と。

細かい部分の言い回しは、忘れましたが。
吉田
深いね。
──
さっき、ちょっと話が出ましたけど、
探検家と冒険家って
何か、違いがあると思われますか?

吉田さんは、ご自身のことを
探検家だとおっしゃっていますけど。
吉田
冒険家の場合、その人の評価に
「危険」ということが、つきまとうと思う。

つまりさ、危険な場所に敢えて挑戦して、
仮に死んでしまっても
「あの人は、すごい冒険家だった」って。
──
なるほど。
吉田
挑戦する場所が、どんなふうに危険なのか、
わかって行くケースも多いですよね。

「挑戦自体が、冒険」というかなあ。
──
その点、探検家は?
吉田
どんな場所だか、わからない場所へ行く。

どんな場所だかわからないから
どれだけの装備が必要かもわからないし、
どれだけ危険かも、わからない。
──
ええ。
吉田
そして、未踏の地で得た物質なり情報を、
大事に持ち帰って、発表する。

それが「探検」の社会的な意義だと思う。
──
なるほど。
吉田
だからこそ、俺たち探検家は、
絶対に、生きて帰って来なくちゃならない。

どんなに悲劇的に死んでも、評価されない。
持ち帰ってきたものが
何らかの役に立つことで評価されるんです。
──
実際、洞窟を探検していて、
どういうことが、わかったりするんですか?
吉田
まず、入口を見たって
内部がどんな構造になっているかなんて、
わからないですよね。

だから測量して、地図を描いたりします。
──
洞窟そのものの姿を、明らかにする。
吉田
学術的な成果につながることも多いです。

入口が南向きで広かったら、
昔、人が住んでいた跡のことが多いから、
考古学的な調査にもなります。
ちょっと掘ったら遺跡になってたりとか。
──
ヘルツォーク監督の洞窟映画でも、
内部で、壁画が発見されたりしてました。
吉田
太古に絶滅した生き物の化石が残ってたり、
洞窟自体が特殊な世界だから、
まったく光のない環境に適応して進化した、
目の消失した生き物が棲んでいたり。
──
生物学のフィールドでもある、と。
吉田
考古学、生物学、古生物学、人類学、地質学、
古気候学、地球上の水の流れを研究する
水文学(すいもんがく)‥‥とか、
いろんな学問にとって、
重要な研究の場だったりするんですよ。
──
学者さんも、入ったりするんですか?
吉田
まあ、入ることもあるとは思うけど、
技術、体力、精神力の限界がありますよね。

だから、俺らみたいなのが取ってくるわけ。
実際、大学からの依頼も、よくあるし。
──
吉田さんのゴールは、どこにありますか?
吉田
洞窟探検家として、
これからも未踏の洞窟を探検し続けて、
どこまで到達できるか。

誰も見たことのない世界を見てみたい。
昔から、そう思い続けてる。
──
なるほど。
吉田
探検家は結果がすべてだと言ったけど、
仮に結果を出しても
評価されないってことも多いんですよ。

何かの発見が古気候学の役に立っても、
必ずしも、一般の人に、
わかりやすくは、なかったりするから。
──
そうなんでしょうね。
吉田
だから、そういう意味では、
俺ら探検家の世界って、ほんとに地味。

でも、洞窟探検の分野で
第一人者と言ってもらえている限りは、
自分の活動が、少しでも
何かの足しになったらいいと思ってる。
──
でも、いちばん前を歩いている人こそ、
「探検家」ってことですよね。
吉田
だから、人が入った穴には興味はないし、
そこが「未踏」であるならば、
別に洞窟じゃなくたって、構わないです。
──
子どものころ、とくに男の子の場合は
探検とか冒険に憧れることも多いですけど、
ほとんどの人は、
探検家や冒険家には、なりませんよね。

だから自分は、未だに、
大人になっても探検や冒険をしている人に
あこがれるのかもしれないです。
吉田
じいちゃんの遺言が
「俺より、もっと遠くへ行け!
 そしていろんなものを見ろ!」
だったんだよね。
──
か、かっこいい‥‥。
吉田
だからさ、こんなことを続けているのも、
「負けず嫌い」なんだと思う。
それも、まずは「自分」に負けるのが嫌。

「やせ我慢、負けず嫌い」っていうのが、
パワーの源かもしれない。
山だって洞窟だって、ふつうに怖いしね。
──
「怖いもの知らず」というわけじゃなく、
「やせ我慢、負けず嫌い」で、続けてる。
吉田
ひと冬を、タンクトップ1枚で
乗り切ったこともあるよ、17と18のとき。
──
なるほど‥‥というか、
一瞬、探検に関係がありそうだと思いきや、
じつは
そんなに関係ないですよね、その話(笑)。
吉田
いや、ほら、自分に負けたくない一心で。

タンクトップって雪が降ったら超ヤバい。
寒いじゃなく、痛い。
バイクに乗ったら、死にそうになったよ。
──
保温的に言えば、ほぼ「裸」ですからね。
着てるけど、着てないのと一緒というか。
吉田
あんなこと、もう二度とやりたくないよ。

でも、お調子者だからさ、
まわりに「すげぇー!」って言われたら、
途中でやめられないんだ。
──
探検家の仕事も、そうやって‥‥。
吉田
うん、続いちゃってるっていうことも、
ある気がするなあ‥‥。

<おわります>

© HOBO NIKKAN ITOI SHINBUN