主婦と科学。
家庭科学総合研究所(カソウケン)ほぼ日出張所

研究レポート76
クーラーはなぜ冷える? の科学。



日に日に暑さを増す今日この頃
みなさまいかがお過ごしでしょうか。
カソウケンの研究員Aです。

当研究所の所長(夫)にとっては
辛い季節になりました。
彼の趣味はパソコンの自作。自作といっても
CPUなどのパソコンの各種パーツを揃えて
組み立てる‥‥という類のモノ。
そんなパソコンたちが我が家には
4台鎮座しているのですが
暑い季節になると「熱」のために
故障を起こしやすくなるのです。
実際、一昨年の夏は立て続けに2台故障なんてことも。

パソコン自作人にとって頭が痛いのが
こんな熱問題なのです。
パソコンは精密機器で、温度変化に弱いもの。
電力を喰う高速のCPUは、それだけ熱が発生しやすい
(使われる電気の多くは、熱に変換されるのです)。
その熱がパソコン内部にこもったままだと
パソコンはエラーを頻発したり
最悪な場合は故障してしまう。
寒い季節はいいのですが
暑さが増すこの時期はその気温も
シビアに影響してくるのであります。

というわけで、熱対策のために
涙ぐましい努力を重ねる所長。
あるときはファン
(パソコン内部を冷やすための扇風機)を買い込み
あるときはパソコンを格納しているケースに
日曜大工で穴を空け、あるときは水で冷やし
水冷式のキットなんてあるのだ)‥‥。

「今度こそ解決だ!」と妙な理屈をこねて
新対策を研究員Aに披露し
結局「やっぱりダメだった‥‥」と
落胆することの繰り返し。
端で見ていると、とても笑える
‥‥じゃなかった、気の毒になってきます。

とはいえ、所長がこのように
「熱対策」に苦慮しているのも
まあ一理ある話なのです。
発生した熱を取り除くためには
「冷やすもの」が必要ですよね。
この冷やすための装置を作ること‥‥これが難しい!
原理的に

「高温作りはかんたん、でも、低温作りは難しい」

のです。
自然界には化学反応というものがあって
その多くは発熱反応。
身近な例では石油などを燃やすと
大量の熱が発生しますよね。
このようにして「高熱源」を作ることができる。
じゃ、低熱源を作るためには
ドライアイスでも使えばいいじゃなーい
‥‥ということになるのですが、
ドライアイスは地球上のどこからか
掘り出せるものではありません。
ドライアイスを作るには、
まず「冷やすもの」が必要になっちゃう。

そんなわけで、低温作りは難しい!

そこで暑さを感じ始めたこの季節
科学的に(?)冷やすことの難しさを知って
冷蔵庫やエアコンのありがたさを
再確認してみることにしましょう〜。

冷蔵庫の中が冷たいのは
「熱の移動」が
電気によって行われているから。

冷やすことは難しい、ということを
熱力学の分野からアプローチしてみます。
なんだか大げさに聞こえますが
しょせん研究員Aのやることですので
たいした話ではありません。どうかご安心を!

熱力学には
「クラウジウスの原理」なんてものがあります。

「外部に何の変化を残すことなく
 熱を低温の物体から高温の物体に
 移すことはできない」

これじゃ、なんのことだかさっぱり意味不明!
なので、身近な現象で考えてみましょう。
氷水を室温で放置しておいたら、
この氷水にある氷は小さくなって
まわりの水に溶けてしまうはず。
これは「温度の高い水」から
熱が「温度の低い氷」に移動していった
‥‥ということです。
こちらの方向の変化は、
自然に起こる、なんてことは
誰だって知っていることでしょう。

では逆の現象を考えてみましょう。
「温度の低い氷」から熱が
「温度の高い水」に移動した場合‥‥
これは、氷の量が増えるって意味ですよね。

「氷水を室温に放置したら、どんどん氷が増える」
なーんてことはありえないでしょ!
ってことは直感的にわかるかと思います。

このようなことを小難しく表したのが
「クラウジウスの原理」というわけです。
(クラウジウスさん、ごめんなさい‥‥)

「外部に何の変化を残すことなく」という表現は
わかりにくいですが
今回は「ひとりでに・勝手に」という意味に
置き換えちゃって
とりあえずいいことにしてしまいます。

ちなみにこのクラウジウスの原理は
エントロピー増大の法則=熱力学第2法則
の別の表現のしかた、なのであります。
そうです、部屋が自然に片づかないのは
氷水の氷が勝手に増えないのと同じく
「到底無理な話」ってことなのです
(掃除下手な研究員Aの言い訳)。

さて、「低温の物体」として
冷蔵庫を考えてみましょう。
冷蔵庫は、室温よりも低い温度が保たれています。
つまり
「低温の物体から高温の物体に熱を移動し続けた」
結果、冷蔵庫の中の冷たさが保たれているのですね。

ちょっと、このことを図にしてみます。



要するに、クラウジウスの原理が言いたいのは
冷蔵庫から熱(Q)を部屋(冷蔵庫がある)に移動して
冷やし続けるためには
Wという「仕事」を
「わざわざ」しなければならない、ということ。
外部からなんらかの働きかけをしないと
冷蔵庫の温度は下がらない
(低温を保つことができない)。
冷蔵庫の場合は、このWが
「電気のエネルギー」ということになるのです。
冷蔵庫を使うためには、コンセントに繋がないと‥‥
という、極めてあたりまえなことを言ってるだけ??

熱を下げたら、その熱はどこへ?

さてさて、この移動したQという熱の行方が
気になるところです、
‥‥っていうかぜひとも気にしてみて下さい。

ある一部分の温度を低くすることが出来たとしても
その分の熱(Q)は消えてなくなるわけじゃありません。
その分、どこかが熱くなるのです。
冷蔵庫の背面が熱くなるのは、そーいうわけ!

冷蔵庫の周囲が熱くなってしまうのは
それだけの理由ではありません。
冷蔵庫を動かすために
仕事‥‥つまり、電気のエネルギーが必要ですよね。
電力を使うと、ここでも熱が発生します。
電気のエネルギー全てが「冷蔵庫の運転のため」
に使われれば問題ないのですが
これも原理的に無理な話。
使われなかった分が熱として
周囲に放出されるのは避けられない話なのです。
そもそも、電力を喰うパソコンのCPUが熱くなる‥‥
というのもこんな理由ですね。

ここでジレンマが発生します。
最初にあげた所長の自作パソコンの話に戻りましょう。
パソコンのCPUから発生する熱をなんとかしよう!
と、内部に「冷やすためのモノ」を設置したとします。
そのままでは「冷やすためのモノ」にならないので
電気の力を必要とします‥‥‥‥もうおわかりですね。
冷やすつもりで導入したあらたなしかけのために
新たに熱が発生して、パソコン内部が熱くなる!
という事態が発生するわけです。
ミイラ取りがミイラになる
本末転倒とはまさにこのこと。

そして、例えそれらの熱を
パソコンの外部に追い出すことができたとしても
やはり熱は消えてなくならないので
部屋の温度が高くなってしまう、
という問題も残っています。

でも、エアコンを使うと
部屋はちゃんと冷たくなりますよね。
あれはどうしてでしょう?
その秘密は室外機にあります。
「排熱」のための装置を部屋の外に置くことで
部屋の中は涼しく保たれる‥‥ということ。
もちろん、熱を受け取る
部屋の外は温度が高くなりますが。

都市部の温度が郊外よりも高くなる
「ヒートアイランド現象」というものがありますが
その原因のひとつは
このようなクーラーなどの室外機による
排熱だと言われています。

「パソコン冷却問題のジレンマ」で苦しむ所長も
室外機からヒントを得た解決法を思いついたみたい。
「この水冷のキットを
 部屋の外に出してしまえば問題は一挙に解決だ!」
‥‥って。諸問題のため断念したようですが、
断念してくれて妻は心からほっとしています。
壁に穴を開けるとか言い出さなくて‥‥。
玄関脇にそんな水冷キット置くことにならなくて‥‥。

そんな苦労の末、たどり着いた所長の結論。
「パソコンの部屋のクーラーを
 つけっぱなしにして、涼しく保つこと」
‥‥というわけで、所長のパソコンのある書斎は
24時間エアコン常時運転になってしまいました。
パソコンさまのために‥‥。
結局、地球に一番やさしくない、
家計にもやさしくない解決策じゃないのおおおっ。

今 回 の レ ポ ー ト の ま と め

理科系一家は
地球にやさしくない‥‥
のかもしれない。




参考文献
  『物理化学(上)』P. W. アトキンス著 東京化学同人
『ゼロから学ぶエントロピー』西野友年著 講談社
『ファインマン物理学(2)』R. P. ファインマン著 岩波書店


2006-06-09
-FRI


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