主婦と科学。
家庭科学総合研究所(カソウケン)ほぼ日出張所

研究レポート66
男の子、女の子、産み分けの科学。


ほぼにちわ、カソウケンの研究員Aです。

カソウケンのメンバーは
研究員Aが紅一点という構成になっています。
それはそれで悪くないのですが
もう少し、んーなんというか
職場に華やかさが欲しいんですよね。華が。

新人を採用するならば
女の子が良いなあというのが
研究員Aの願いなのですが
‥‥そのためにはもう一人産まなくちゃなのです。
うう、さすがにその気力体力は。。。

それに、もし採用してみても
「また男の子だった」
ということも十分あり得るわけです。
っていうかその可能性の方が
高い気がしてならない。

‥‥という具合に
子どもは授かり物であるはずなのに
産まれてくる子どもの性別に
勝手な望みを託してしまうのでした。

そう考える人は研究員Aだけではないようで
だからこそ、こんな民間療法的な「産み分け法」
まことしやか〜に伝えられているわけです。

そこで、今回は産み分けに関係する科学を
取り上げてみることにしましょう〜。

身分の高い家には男の子が多いって?!

上記のような「タイミングをはかれ」とか
「食事に気をつけろ」などの
人為的な産み分け法ではなく、
人間はどうやら「自然に」産み分けているらしい
なんて研究結果があるのです。

その内容はなんと!なんと!
「身分の高い家には息子が多い」
というもの。
まずはその研究結果の話から始めますね。

ドイツの人類遺伝学者であるU.ミュラーは
名士録に注目して
その家の子どもの数の男女差を調べました。
名士録とは名士自身や配偶者に加えて
子どもについての情報も載っているので
息子が何人で娘が何人かもすぐわかるのです。

すると、その性比
男:女=1.09 : 1
この数字だけじゃさっぱり意味不明ですが
同時期のアメリカの出生時の性比
1.06 : 1に比べると
男の子が多いではないか!
‥‥というのです。

また、ミュラーはドイツの名士録についても
調査しています。
こちらの結果は
男:女=1.138 : 1
こちらも同時期のドイツの出生性比である
1.0512 : 1に比べてると
息子に偏っているではないか!
‥‥というのです。

うーん。うーん。うーん。
‥‥ほんとなの?

そもそもこんな研究が生まれた背景には
ある仮説が下敷きになっています。

それは1973年に提唱された
トリヴァース=ウィラードの仮説というもの。
その内容は
「条件のよい母親は息子を産むべき
 条件の悪い母親は娘を産むべき」
というもの!

この仮説はまず、一夫多妻の生物が対象であります。
一夫多妻システムだと、前回もお話ししたように
一部の「モテモテのオス」と
その他大勢の「あぶれるオス」という
厳しい差が生まれることになってしまう!
メスの場合はあぶれることはなく、大抵自分の子どもを
残すことができます。
でも、オスの場合は
「たくさん子どもを産ませることのできるオス」
「一匹も子どもを残せないオス」
と、当たりはずれが大きい!

そして、このような場合
オスがメスをゲットするためには
体を張った勝負を
しなければならないとしましょう。
すると、有利になるのは
体の大きいオスになります。

そこで、母親自身が体が大きかったり
栄養状態が良かったり、
エサが豊富な縄張りにいる場合は
体の大きい「アタリの大きい」オスを
産み育てることが出来る可能性がある。
そんなオスは大勢の孫を残してくれるでしょう。
だから息子を産むべき。
逆にそのような条件にない母親は
確実に子どもを残せそうな娘を産むべき。

これが、トリヴァース=ウィラードの仮説になります。
祭りの予感がするセンセーショナルな内容であります。
実際、発表からずっと議論を沸かせてきました。

そもそもこんな仮説、どうやって証明するんだ?
とツッコミを入れたくなりますが
なんとなんと!
仮説のほとんど完全といえる検証が
なされた例があるのです。
それをご紹介してみましょう。

それは、スコットランド沖合のラム島に生息している
アカシカを対象に行われた研究でした。
アカシカは一夫多妻のハーレムを作る種で
メスを得るためにオスは力ずくの闘争になります。

このアカシカについて長年の調査をした結果
群れの中での順位の高い母親ほど多く息子を産み
順位の低い母親ほど多く娘を産むことがわかったのです。

他にも、オポッサムやコイプー
(それぞれネズミの一種)などで
このトリヴァース=ウィラードの仮説が成り立つ結果が
得られています。

従って、これらの生物は
状況に合わせてメスが産み分けているらしい!

人間もじつは自然に産み分けている?

‥‥ここで、再び人間の話に戻りましょう。
人間もこのトリヴァース=ウィラードの仮説に従って
状況に合わせて「自然に」産み分けているなんてことが
あるのでしょうか?
上で取り上げた「身分が高い家に息子が多い」に限らず
「母親の環境がよいときには息子を産みやすい」
なんて研究はいくつもあります。

一部の例を挙げてみますね。
食糧不足時は「強い」母親が男の子を産む
シングルマザーは女の子を産みやすい
楽観的な母親は男の子を産みやすい

うーん。うーん。うーん。
‥‥ほんとなの?

それもこれも「男の子は産み・育てるのにコストがかかる」
ということが理由付けに使われています。
以前、「男の子を産むと母親の寿命が短くなる?」という研究を
ご紹介しましたがこれも同じですね。

シカ・ネズミでは人間との距離が
ちょっと開いているかな?と思うので
今度は霊長類のことを考えてみましょう。

やはり霊長類を観察した研究も数多くあります。
アカゲザルやクモザルの研究では
「母親の身分による性比の偏り」
が明らかに見られます。
どうやら環境によって「自然な産み分け」を
しているみたい。

注釈)
アカゲザルの場合は、群れでの順位が高い母親ほど
娘を産むようです。
これはアカゲザルが母系社会であることがひとつ。
(母親の順位が娘に引き継がれる)
そのために、順位の低いところに産まれた娘は
順位の高い母親からのイジメを受けるので(!)
順位の低い母親は息子を産んだ方が安全なのです。


でも、その他のニホンザルなどの研究結果では
「性比」の偏りはなく
特に産み分けている様子は見られませんでした。

霊長類でもあてはまる結果とない結果がある。
‥‥判断が難しくなってきました。
ここで、トリヴァース=ウィラードの仮説の
前提に立ち戻ってみましょう。

これは
・一夫多妻である
・オスがメスの奪い合いをするとき
 体の大きい方が断然有利

というものでした。
仮説が見事にぴーったりあてはまった
アカシカはまさにこんな生物です。

でも、人間はどうでしょう?
そもそも人間は一夫多妻ではありません。
(一夫一妻、軽く乱婚入ってるというのが
 前回のレポートの結論(?))

そもそも人間のオスは「体が大きければ大きいほどモテる」
わけじゃありません‥‥よね?
人間の男性の魅力は多方面に渡る!と研究員Aは
声を大にして主張したいのであります。はい。

まあ、「身分の高い家の男子の方がモテる?」というのは
一考の余地有り‥‥なので
名士録を調べたミュラーの研究結果を
完全に否定するのも難しいのですが。むにゃむにゃ。

さて、どのようなメカニズムでアカシカなどが
環境によって「産み分け」をするのかは
わかっていません。
人間が環境によって自然に産み分けているか‥‥?
もちろん、それもわかりません。

でも!もし人間のメスにもそんな機能が備わっていたら‥‥。
産まれてきた子はその母親にとって
「ふさわしい性別」を「自然に」選んできたのかなと
想像するのも悪くないかもしれませんね。




参考文献
  『雄と雌の数をめぐる不思議』長谷川眞理子 中公文庫
『三人目の子にご用心!』竹内久美子 文藝春秋
『上流階級のサルはなぜ娘を産むか』小原嘉明 PHP研究所
『脳とセックスの生物学』ローワン・フーパー 新潮社


2005-09-30
-FRI


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