主婦と科学。
家庭科学総合研究所(カソウケン)ほぼ日出張所

研究レポート57
絶対音感の科学。その3
音楽をたのしむことと、絶対音感があることは別?


ほぼにちわ、カソウケンの研究員Aです。

音楽好きとしては、
「あったらいいなあ、絶対音感」と
単純に思ってきましたが、そう簡単なものではないことが
わかってきました。
そもそも「絶対音感」って獲得できるものなのかしら。
そもそも、音楽の才能と関係するのかしら。
シリーズの最終回はそんなお話です!

絶対音感に関わる研究は難しい!

絶対音感の研究の難しさはいくつかあります。
まずは、音楽教育をある程度受けたひとでないと
「ドレミ〜」の音名がわからないので
テストしようがないということ。

ドレミがわからない人に対しては
音叉などを利用して
「聴いた音と同じ音を再現してください」
とテストするやり方も考えられます。
でも、この場合問題になるのが
「聴き取れる能力」と
「同じ音を再現する能力」は
別物だということ。
絶対音感の持ち主だけど音痴
 という人もいるとか。
 なんたる自己矛盾! なんたる悲劇!)

あとは、遺伝行動学全般に言えることですが
どこまで遺伝の影響か
どこまで環境(学習)の影響か
区別しがたいものがある、ということ。

例えば、これまた最近の研究で
「アジア人は絶対音感の持ち主が多い」
というものがありました。
この研究をしたモントリオール神経学研究所の
R.J.Zatorre博士は「遺伝説」をとっているようです。

でも、見方を変えてみましょう。
このアジア人に多いということは
「学習説」という論拠ともなりうるのです。

日本だけでなく、韓国・中国・台湾の
早期音楽教育熱は相当なものだとか。
この社会的要因が、絶対音感の取得に
関係しているのではないか?
と考えても良いわけです。

実際、絶対音感を持った日本人が多いことは有名な話。
ショパン音楽アカデミーの学生では
絶対音感持つ人の割合が約11%だったのに対して
日本の音楽学校では約30%に達しています
参照)。

イデオ・サヴァンと呼ばれる人たちにも
絶対音感の持ち主が多いといいます。
サヴァンとは、発達障害の一種なのですが
絵や言葉、年代の記憶やカレンダー計算など
たぐいまれな記憶や計算能力を持つことで知られています。
映画「レインマン」に登場した
D.ホフマン演じる登場人物もサヴァンの一例でしょう。

サヴァンに絶対音感所持者が多いという事実も
両方の見方ができますよね。
生まれつきだからそうなのか?
(脳の偏りが別の突出した才能を生み出すことは
 これまで何度か取り上げた通り!)

それとも発達障害のために
周囲が絵や音楽に触れさせる機会が多いから
才能が開花したのか?

結局のところ、「遺伝か学習か、どちらか一方だけ」
とはいえないことは確かのようです。
そもそも「ドレミファソラシド」という
音名自体は万国共通ではないから
ある程度の教育がなければ習得は無理なのかも。

最終的には
「才能もあるようだが
 ふさわしい環境に置かれないと
 開花しない」

ってところに落ち着くのでは。
とはいえこんな結論、誰だって
どんな分野においても痛感することじゃーないかな
とは思っちゃうのですが。

絶対音感は音楽やるには必須なの?

こんな形で絶対音感を特殊能力のように取り上げると
「絶対音感が必須の音楽の才能であり
 これがないと人生まるで違う」
と研究員Aがいいたいのではないかと
勘違いされそうですが、そーではありません。

実際、プロの音楽家でも
絶対音感を持った人は5%程度
です。
また、絶対音感保有者が多いと言われる日本ですが
だからといって活躍している音楽家の数が
格段に多いということはありません。

よく、「絶対音感」と「音楽」の関連は
「文字」と「文章」の関係に例えられます。

「文字」を知っているだけでは
よい文章を書けることにはならない。

「絶対音感」があるだけでは
よい音楽を創り出すことにはならない。


一方で、相違点もあります。
文章を生み出すためには「文字」の習得は必須。
でも、音楽を生み出すためには
絶対音感は必須ではありません。

絶対音感研究の第一人者である
新潟大の宮崎謙一先生の研究は
絶対音感保有者の弊害(移調に困難を感じる、など)
もいくつか指摘しており
「絶対音感」に固執する
幼児音楽教育の風潮に警鐘を鳴らしています。

確かに、音楽で重要なのは
メロディなどの音と音との間の関係。
必須なのは絶対音感ではなく
むしろ「相対音感」であることは容易に理解できます。

小さいうちにピアノやリトミックを通して
いつの間にか絶対音感が身に付いてしまった
というのはとても喜ぶべきことでしょう。

絶対音感は持っていたら便利!
ただし、それ以上でもそれ以下でもない。

とはいえ、生活音がなにもかも
ドレミで聞こえるという絶対音感を持つ人の世界。
研究員Aも一度は体験してみたいものです〜。




参考文献
絶対音感 最相葉月著 小学館文庫
ファインマン物理学(2)
  R.P.ファインマン著 岩波書店
才人をつくる脳、変人をつくる脳
 A.D.ブラグドン他著 廣済堂

参考リンク
BBC News "Genetic clues to musical ability"
Nature BioNews 「脳 :絶対音感は遺伝ではない?」
Perfect Pitch: A Gift of Note for Just a Few
新潟大学人文学部 行動科学講座 (心理学研究室)
絶対音感保有者の音楽的音高認知過程

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2005-04-22
-FRI


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