主婦と科学。
家庭科学総合研究所(カソウケン)ほぼ日出張所

研究レポート53
塩水で塩を抜くのはなぜ?!
呼び塩・迎え塩の科学。



ほぼにちわ、カソウケンの研究員Aです。

先日、イノウエ研究員よりメールを頂戴しまして

=

  「塩鮭の塩を抜くには
 真水ではなく薄い食塩水が早い。」

という話をよく聞きます。
本当なのでしょうか?
理屈から言えば、
塩鮭と真水の方が浸透圧の差が大きいので
薄い食塩水よりも早く塩分抜けると思うのです。

という質問を受けました。

なるほどごもっとも!
塩数の子の塩抜きも、薄い塩水を使えといわれますね。
この方法は、「呼び塩」「迎え塩」と呼ぶようです。

それでは、今回はこの疑問にお答えすべく
「浸透の科学・応用編」をテーマにしたいと
思います〜。

真水で塩抜きすると、旨みまで逃げる!

イノウエ研究員ご指摘の通り
基本となる考え方は「浸透」という現象なので
まずは浸透をおさらいします。

●浸透とは‥‥

一つの水溶液のなかで場所によって
濃度に差があると
溶液内に全体を均一な濃度にしようとする
変化が起こります。
溶けているものが濃度の大きい部分から
濃度の小さい部分に移動するのです。

水の中に砂糖のかたまりを入れると溶けるのも
この理由。

そして、おうちの中が片づいている状態から
どうしても散らかってしまうのも
突き詰めれば同じ
「エントロピーの増大」という現象です。

‥‥はっ。呼び塩・迎え塩の話をするはずが
またもや
「カソウケンが散らかっていることは
 正当な理由がある」
って話にそれるところでした。

もう少し詳しく知りたい方は
カソウケン本部の「塩もみの科学─浸透─」
「エントロピー増大の法則」
ご参照下さい。

浸透は「全体で濃度を均一にしようとする」
はたらきです。
魚の塩抜きをするのだから、
濃度に差がある方が効率が良いのでは、
真水の方が早く塩抜きできるはずと
考えるのが自然です。

ではなぜわざわざ塩水を使うのでしょうか。

真水を使うと、確かに早く塩は抜けます。
でも、表面の塩だけさっさと抜けてしまい
都合の悪いことに旨み成分まで逃げ出してしまうのだとか。
そして、表面も水っぽくなります。

また、塩漬けの魚の中には
おなじみの塩化ナトリウム(NaCl)の他にも
塩化マグネシウム(MgCl2)などの成分が含まれています。

こちらの塩化マグネシウムのとけ出しのスピードは
塩化ナトリウムに比べて遅い。
だから、真水で急激に浸透の現象を起こしてしまうと
塩化ナトリウムだけ先に抜けて、
魚の中に塩化マグネシウムが残ってしまう。
何しろ、「にがり(苦汁・苦塩)」の主成分は
この塩化マグネシウムですから、
苦みが残って味を落とすことに。
これまた都合が悪い。

ゆっくり、苦みなどの成分も溶け出すようにするために
真水でなく、塩水を使うわけですね。

このように、
「わざわざゆっくり浸透」を使うお料理としては
豆を煮るというものがあります。

お正月のお節などに入る黒豆。
この黒豆を煮るとき
砂糖を何度かにわけて入れろと言われます。

一度に砂糖を入れてしまうと
60%にもなる濃い砂糖液になってしまいます。
濃度差が大きすぎるので、
豆の水分が絞り出されて
豆がしわしわに!

ついでに、砂糖の場合は
水を抱え込む性質もあるので
さらに「脱水する」傾向は増します。

そうならないために
少しずつ少しずつ砂糖を入れてあげるのです。

梅酒の氷砂糖も、おなじ理屈です。

「わざわざゆっくり浸透」の例を
もう一つあげてみましょう。
梅酒を作るときに、氷砂糖を使いますよね。

これも、ふつうの砂糖に比べて溶けにくい
かたまりの氷砂糖を使うことで
少しずつ砂糖の濃度を上げることができます。
そのおかげで、梅は「しわしわ」にならずにすむのです。

そして、砂糖液はゆっくりゆっくり
梅の中の水分と入れ替わることができる!
というわけです。

去年の梅の季節、カソウケンでは
梅酒と梅シロップの研究課題に取り組みました。

梅シロップは、梅にふつうの砂糖をまぶして
溶けるまで待ちます。
梅酒は、先に書いたとおり氷砂糖と
リカーを入れてひたすら待ちます。

梅酒の梅は、10ヶ月たった今でも
みごとにぴんぴんしています。

さて、梅シロップの方の梅はどんな状態だったか。
‥‥なーんと記憶にないんですよね。
梅シロップ自体は
ものすごくおいしかった記憶はしっかりあるのですが。
食べずに捨ててしまった梅の果実の様子が
思い出せません。

ネットで写真のある梅シロップのレシピを
調べてみたのですが
ものによって「しわしわ」だったり
「ぴんぴん」だったり。
作り方にもよるようなのですが。うーむ。

ま、とにかく
食の煩悩に負けて
観察を怠るとは、研究人として失格であります。
今年の梅の季節にはなんとしてでも
追実験をせねばなりませぬ。

煮豆を作るときに氷砂糖を使えば
ゆっくり溶けるので
砂糖を一気に入れても大丈夫?

根っからずぼらな研究員A、
ふとこんな考えが頭をよぎりました。

煮豆を作るときに氷砂糖を使えば
ゆっくり溶けるので
砂糖を一気に入れても大丈夫?

でも、砂糖は温度が高いほど水によく溶ける性質が
あります。
100℃の時は0℃の約3倍量の砂糖を
水に溶かすことができるのです!

ホットコーヒーには砂糖を入れても溶けますが
アイスコーヒーには
砂糖をそのまま入れても溶けないので
ガムシロップを使うのはその理由です。

(ちなみに、塩に関しては
 温度であまり溶けやすさに差がありません)

ですから、室温で放置する梅酒ならばともかく
加熱して作る煮豆ならば氷砂糖でさえも
さっさと溶けてしまい
「砂糖液を少しずつ濃くする」効果は
期待できないみたい。がっくり。

そう簡単に手抜きは
できないんですねええええ。
「手間をかける料理」には
それだけの理由があるってことです。

今回取り上げた
「わざわざゆっくり浸透」を使う料理たち。

速さを追求することが能ではない
遅いことが大事なこともある

研究員Aの分際でなんだかえらそうですが
この教訓的なことを今日の結論にして
今回のお話をおしまいにしたいと思います。



参考サイト
財団法人 塩事業センター

参考文献
「味つけサシスセソ」の科学 別冊宝島編集部 宝島社新書
こつの科学 杉田浩一著 柴田書店
調理とサイエンス 品川弘子他著 学文社

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2005-03-11
-FRI


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