主婦と科学。
家庭科学総合研究所(カソウケン)ほぼ日出張所

研究レポート48
なぜ早く調理できるの?
おいしくできるの?
──圧力鍋の科学。



ほぼにちわ、カソウケンの研究員Aです。

自他共に認める物欲女王(自慢にならなーい)
ことのほかキッチン用品には目がない研究員Aですが
意外にも手に入れていない定番品があります。
それは圧力鍋。

いろいろな方から「とにかく便利」「美味しくできる」
「時間の短縮なのよ」とおすすめされる圧力鍋。
ですがなぜに今まで買おうと思わなかったのでしょう?

それは‥‥「怖い」からなのです、はい。
なんかー、「ぼんっ」って爆発しそうじゃないですか。
キッチンに、金属の破片やらと高温になった食材が
飛び散る様をリアルに想像してしまうのです。ひいいい。

同じように、ミシンも相変わらず怖い研究員Aです。
なんかー、一緒に指まで縫っちゃいそうじゃないですか。
だだだだと上下する針を見ていると
指が吸い込まれて串刺しになる様を
リアルに想像してしまうのです。ひいいい。

もちろん、これは
「圧力鍋」くんや「ミシン」さんにとっては
いわれのない言いがかりであることは
重々承知しております。

というわけで、今回はこの圧力鍋への恐怖を払拭すべく
圧力鍋をテーマに科学してみることにしましょう〜。

「水」を「火」にかけると「湯」になり
「沸騰」して「水蒸気」になるのはなぜ?

まず、普段特に気にかけてもいない
「水を火にかけるとお湯になって沸騰する」
という現象に注目してみましょう。
私たちが小人のような目を持って
水の分子の「つぶつぶ」を意識してみるのです。

水は沸騰すると、水蒸気というものになります。
液体だったものが気体に変化するのですね。

「小人の目」で見てみると
ひとつひとつの水の分子が
ぶんぶんと運動をしていることがわかります。
でも、液体の状態では、勝手気ままに
動き回っているわけではありません。

それは、ひとつひとつの分子の間に
「引力」がはたらいて、「ある程度」繋がっているから。
だから、コップに入った状態では形を保っていられるけど
机の上にざっとこぼすと流れてしまう「液体」になります。

おとなしい運動

行儀よく整列
そこそこ元気

ゆるいつながり


とても元気

自由に動く


この「繋がり具合」は分子の運動のパワーと
引力のバランスによります。
分子の持つ温度が高ければ高いほど
運動するパワーは大きくなります。
氷の場合は動き回る度合いが小さいので
規則正しく「きっちり」繋がっています。
だから、いつも形を保っている「固体」なのです。

さて、自由に勝手気ままに動き回ることのできる
「気体」になるためにはどうしたら良いでしょうか?
これは分子の温度を高くして
運動するパワーが引力を上回ってしまえば良いのです。

鍋を火にかけて水の温度をどんどん上げていくことは
水の分子の運動パワーを増し続けること。
最後には引力の結合を切ることができます。
これが沸騰という現象で
この結果、めでたく水蒸気という
「勝手気ままに動き回れる」気体になれるのです。

水の沸点は圧力によって変わる!
それを応用した調理器具が「圧力鍋」。

さてさて、液体の水の温度は
どこまで上げることができるのでしょうか?
それは、「液体が沸騰を始めるまで」の温度なのです。
水を火にかけるなどして熱のエネルギーを与え続けると
まずは分子の運動のパワーを上げることになります。
これが、水の温度の上昇です。

さて、ある温度に達すると
今度は熱エネルギーは水分子の
「結合を切る」ことに力を注ぐことになります。
その間、水の温度はあがることはありません。
ひたすら結合を切って
液体を気体をすること「だけ」に尽力するのです。

だから、水の温度は
「沸騰し始めるまでは温度が上がるけれども
それ以降はストップする」
ということになります。

その「沸騰し始める温度」は
まわりの気体の圧力によって変わります。
このあたりはイメージしやすいですよね。
まわりの圧力が高ければ、
まわりから強い力で押されているので
水分子が「脱出」するためには
かなりのパワーを必要とします。
だから、それなりの温度が必要になります。

逆に、周りの圧力が小さければ
そこまでの分子の運動のパワーがなくても脱出可能。
だから、低い温度でも沸騰できちゃう。

高山などの空気の薄いところでは
お湯が低い温度で沸くというのはそのせいです。

ここでようやく、ようやく圧力鍋の話に
戻ることができました。
圧力鍋は普通2気圧ほどの圧力をかけることになります。
通常は1気圧ですので、倍!ですね。
わざわざなぜそんな圧力を〜ということですが
これはもうおわかりでしょう〜。
液体状態の水の温度を
100℃よりも高くしたいから!なのです。

鍋の中の圧力(正確には鍋の中の「空気」の圧力)が
2気圧になると、沸騰する温度は120℃になります。
普通の鍋よりも20℃も高くなる!
だから、調理が短時間ですむ、ってことになるのですね〜。

温度が高くなると調理が短時間ですむのは
揚げ物のことを考えてみてもおわかりですよね。
揚げ物は160〜180℃で加熱することになるので
煮物などに比べると「短時間に一丁上がり〜」なのです。

圧力鍋で「プリン」が
じょうずにできるのはなぜ?

この圧力鍋の「120℃になるまで沸騰しない」
という性質を使うと上手に出来るのが
茶碗蒸しやプリンです。
普通の蒸し器で作ると、かなり気を遣わないと
「す」がたった(穴の空いた)茶碗蒸しやプリンに
なっちゃいますよね。
蒸気を逃がすために蓋をずらせ、などなど。
とはいえ研究員Aは毎度毎度「すだらけ」の
みっともないプリンになってしまいます。
とても売り物になりません‥‥
っていうかそれ以前に
「見せるに耐えない」でしょうがっ。

なのですが、圧力鍋を使えば
「す」とは無縁の失敗知らず〜なんですって!
これはどうしてか?といいますと‥‥。
すが立つ、というのは
そもそも沸騰したときの蒸気が作る「穴」が原因。
お湯をわかしたときにもわかりますが
沸騰するとぼこぼこ蒸気が浮き上がってきますね。
あれが失敗の元、なんです。

圧力鍋だと120℃になるまで沸騰しないので
その蒸気の穴はかなり高い温度になるまで現れません。
一方、卵のタンパク質が固まる温度は約80℃。
蒸気がでるよりもずーっと前に
卵が固まってしまうのですから
「す」の入りようがないのです。

普通の蒸し器だと、卵の固まる温度と
蒸気の穴ができはじめる温度がとても近い!
だから卵が固まる前に蒸気の穴ができちゃうと
すがたってしまうことになります。
これを防ぐために、蒸気を逃がして
「低い温度」にして卵液の中の蒸気の穴が
できないようにする工夫が必要になるってわけ、です。

圧力鍋で炊いたごはん、
おいしい? まずい? の賛否両論。
たしかに早いんですけどね。

他にも、圧力鍋の利用法としてよく取り上げられるのが
「ご飯を炊く」こと。
ただ、当研究所が独自に
ネット上でリサーチをしてみたところ
「ご飯の出来」に関しては、賛否両論みたい。

賛成派
「普通の炊飯器よりも『もちもち』して美味しい」
「あっという間に炊きあがる」
反対派
「普通の炊飯器よりも美味しくない気がする」
「色が灰色になるのがイヤ」

うーむ、どういうことでしょう。
というわけでこの辺りを検証してみましょう。

「あっという間に炊きあがる」のは
当たり前といえば当たり前、かもしれません。
ご飯を炊くときは、水を吸わせて加熱‥‥
つまり「デンプンの糊化(α化)」という操作をします。
このデンプンの糊化ですが
これは加熱する温度によっては
糊化にかかる時間が大幅に違うのです。

例えば98℃以上だとその時間は20分。
まあ、普通に炊くとそんなもんです。
これが120℃になると数分でオッケーに。
だから、圧力鍋はあっという間に糊化が終了して
ご飯が炊きあがるのが早い!ことになります。

ついでに、高山ではご飯が美味しく炊けないと聞きます。
試したことのない研究員Aはわからないのですが〜。
それも「加熱の温度と時間の関係」です。
上で申し上げたとおり、高山では気圧が低いので
100℃よりも低い温度で水が沸騰してしまいます。
だから、ご飯を炊こうとしても100℃にならない!
もし、75℃でご飯を糊化しようとすると
必要な加熱時間はなんと8時間に〜!
現実的ではないですねー。
というわけで、普通に炊こうとすると
芯の残ったご飯になってしまうのです。

灰色になってしまうのは、なぜでしょう?
この120℃という高温だと
「急速に糊化が進んで、透明感が増大するため
光の乱反射が少なくなり
黄色っぽく、黒ずんだ様に見える」
ということです。なーるほど。

また人によって「美味しい、美味しくない」という
評価が違うのはどうして?でしょうか。

圧力鍋を使うと、高圧で加熱することによって
米粒の組織の一部が壊れてしまい
デンプン粒が流出してしまいます。
これが起こると、お米の表面と中心の
「膨潤度」「糊化の状態」の差が大きくなるとか。
そして、表面に粘りを
感じることになるということです。

「高圧で表面の組織が壊れたところ」を
「美味しくない」と感じる人もいれば
「もちもちした粘り」を
「美味しい」と感じる人もいるので
圧力鍋の炊飯は評価が
まっぷたつになるのかもしれませんね。

このように高圧をかけることで
「組織を破壊」する圧力鍋の作用は、
高温で調理することともに
圧力鍋調理のもう一つの大事な側面です!

牛のすじ肉がやわらかくなること、も、そのおかげ。
野菜の煮物なども早く煮えるけど
油断すると表面が崩れちゃう‥‥っていうのも
その「高圧で組織を破壊」が原因でしょう。

今 日 の ま と め

圧力鍋は、鍋の中を高圧にして
「約120℃という高温に」
「食材の組織を破壊」
という二つの側面から
調理時間の短縮が可能になる。

(おいしいかどうかは、
 食材との相性と、腕次第)

何はともあれ、圧力鍋が文明の利器であることは
間違いありません。
今回のこのレポートを通して
「圧力鍋」と「炊飯器」と「高山での炊飯」の
食べ比べ実験をしてみたい気が
むくむくと沸いて参りました!
ついに研究員A、この実験欲が
恐怖心を上回る‥‥のでしょうか?
(つまりまだ買う決心つかず。ありゃ?!)




参考サイト
圧力鍋・ワンダーシェフ
中村学園大学栄養科学部栄養科学科
・管理栄養士国家試験問題


参考文献
調理とサイエンス 学文社 品川弘子他著
好きになる理科系科目 講談社 平田雅子著
ファインマン物理学(2) 岩波書店 R.P.ファインマン著

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2004-11-26
-FRI


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