主婦と科学。
家庭科学総合研究所(カソウケン)ほぼ日出張所

研究レポート32
鉄のフライパンとサビの科学。


ほぼにちわ、カソウケンの研究員Aです。
お料理の中でやっかいものの双璧といえば
「焦げ付き」と「サビ」でしょう!
さーて、料理するかと取り出した
鉄のフライパンがサビていたら
それだけでやる気激減‥‥
そんなことを言い訳にするなって?

というわけで、今回は
ただでさえ乏しい研究員Aのやる気を救うべく
「サビ」の話を交えながら
鉄のフライパンを使いこなすことを
目指してみましょう〜。

使い始めにする「空焼き」は
サビを使ったサビ防止の作業なんです!

鉄はサビやすいとは言いますが
プロが使う中華鍋はサビとは無縁のようです。
実は、この「サビ」って単なる「やっかいもの」ではなく
ナベやフライパンの奥深さを作っているのです。

研究員Aのような素人が鉄をサビさせてしまうときは
赤いサビができてしまいます。
これは、酸化鉄(lll)Fe2O3という成分です。
このサビ、粘着性に乏しいのですぐ剥がれてしまいます。
剥がれちゃうから
どんどんサビが進行してしまうという、タチの悪いサビ。

鉄のフライパンや中華鍋は使い始めに
「空焼き」という作業をしますよね。
あれがサビずに使い勝手の良いフライパンを
作る秘訣になります。
あれはなにをしているのかというと
わざわざ「サビ(酸化物)の膜」を作っているのです。

あれあれ、たった今
「鉄のサビはどんどん進行するタチの悪いサビ」
って言ったばかりですよね。
そうなんです、このときのサビは
先に言った赤いサビとは違う成分です。
こちらのサビの成分は四酸化三鉄(Fe3O4
というものになります。

こっちのサビは剥がれない、丈夫なもの。
丈夫なサビだったら、
料理をするにあたって問題ないんです。
そして、このようにもともとサビの膜がついているから
これ以上サビない!
黒いサビのおかげで、赤いサビとは無縁になるわけです。

注)実際は鉄のサビの成分は多種多様で
  簡単には化学式で表せないものです。
  だから、ここであげている成分は
  単純化した代表的なものであると
  心にとめておいてくださいね。


ステンレスもじつは
あらかじめサビの膜があるんです!

実は、このように「サビの膜」がある
ナベやフライパンは鉄だけではありません。
ステンレスもサビにくい素材ですよね。
そもそも「ステンレス」の語源は
「サビなし」という意味ですもの。
ステンレスは鉄とクロムなどの合金。
ステンレスがサビにくいのはクロムがサビたもの
要するにクロムの酸化物が
表面に膜を作っている
からなんです。

注2)酸化=サビ、ではありません。
   物質が酸素と結びつくことを酸化といいます。
   サビは酸化の形態のひとつでしかありません。
   でもこのお話の中でわかりやすくするために
   酸化とサビを同義に使わせて下さいませ。


アルミニウムも本来いろいろなものと
反応しやすい不安定な物質のはずです。
でもアルミの鍋が普通に使っている限りサビにくいのは
これまた表面にうすい酸化膜を作っているから、です。
アルミホイルもサビませんよね。
これもアルミホイルの表面を酸化皮膜が覆っているから。
アルミニウムをさらにサビにくくするために
人工的に酸化物の膜を作ったものを
「アルマイト」といいます。

ちなみにこの酸化したアルミニウム
実はルビーやサファイアの成分でもあります。
詳しくはカソウケン本部の宝石の科学にて。

油をなじませた鉄のフライパンは
洗剤で洗っちゃダメ! というけれど?

さて、鉄のフライパンの話に戻りましょう。
鉄の中華鍋やフライパンはまず使い始める前に
「空焼き」で鉄のサビの膜を作ると書きました。
でも空焼きだけではまだ不十分!
次に、「油をなじませる」作業が必要です。
炭素が含まれた鉄は油馴染みが良い物質です。
クズ野菜を炒めたり、揚げ物をすることで
鍋肌に油の膜を作るのです。

ここで、みなさん
「油をなじませた鉄のフライパンは
 絶対に洗剤で洗っちゃダメ!」
ってことを耳にしたことがありませんか?
洗剤で洗ってしまうと
せっかくできた油の膜がとれてしまうと。

研究員Aもそう思っていたのですが
なんとNHKの「ためしてガッテン」
こんなことを放送していたようです!
「中華鍋の焦げつき」というテーマで、
中国料理の達人が
「洗剤を使って洗い」
「乾かしもせず」
「そのまま朝まで伏せておくだけ」
だというのです!

洗剤を使う? 乾かしもしない?
油を塗って保存しない? なのに焦げない??

と研究員Aにとってはびっくりの嵐です。
なぜプロの中華鍋は洗剤を使って洗っても
油の膜がとれないのかというと。。。
プロのは単なる油の膜ではなく
「油脂が重合した」膜であるからというのです。

ここで「油脂の重合」と言われても
なんのことやらさっぱり? ですよね。
重合というのは、一つ一つの分子が結合して
巨大分子になった状態です。
油の分子一つ一つが繋がって
油とは別物の状態になっているのです。

重合した物をポリマーとも呼びます。
プラスチックなどもこのポリマーのお仲間。
例えば、エチレンは一つ一つのばらばらの
分子の状態ではただの気体です。
野菜が呼吸するときに出て
保存している野菜の傷みを早めてしまうガスです。
そのエチレンが重合して「ポリエチレン」という
ポリマーになると
ビニール袋などに利用することができます。

油が重合した状態でわかりやすいのは
揚げ物の油が悪くなったもの。
油が劣化すると、どろっとなりますよね。
重合して「粘り」が強くなったのです。
このように悪くなった油が
換気扇やレンジ周りに張り付いてしまうと
掃除が大変なことに!

だからこそ、中華鍋に「重合した油」が
張り付いたものであれば
洗剤で洗っても簡単にとれないってことになりますね。
車のワックスは表面に油脂を塗っただけなので
すぐ落ちてしまいます。
でも、車にポリマーコーティングしたものは
長持ちするというのに似ているかもしれませんね。

というわけで、鉄の中華鍋を使い始める前に
(1)黒いサビの膜を作る
(2)重合した油の膜を作る
をしっかりしておけば
洗剤で洗っても・乾かさなくても
油を塗ってメンテナンスしなくても大丈夫な
「便利鍋」になるってこと〜!

重合した油の膜を作るコツは
高温になるまで加熱しておくことだそう。
他にも「単なる油の膜」にならないためのコツ
ご存じの方いらっしゃったら
ぜひぜひ教えてくださいませ!

上手に使い始めの処理をした
鉄のフライパンや中華鍋って
実はパーフェクトかもしれません。
そもそも安い! 焦げ付かない!
メンテナンスもラク! 高温でも大丈夫!
鉄分も補給できる! と良いことずくめ。
研究員Aも我が家の鉄のフライパンを
復活させてあげようという気が
むくむく湧いてきました。



参考文献
「味つけサシスセソ」の科学 宝島新書
料理のわざを科学する P.Barham著 丸善
有機化学(下) モリソン・ボイド著 東京化学同人


参考サイト
NHKためしてガッテン

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2004-04-09-FRI


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