もくじ
第1回先生、味覚ってどう変化してますか? 2017-05-16-Tue
第2回集約の時代から再び独自性・地域性へと 2017-05-16-Tue
第3回米がなくては酒ができない。農業のはなし 2017-05-16-Tue
第4回幸福感。食事とお酒の相乗効果 2017-05-16-Tue
第5回「酒が人間をダメにするんじゃない。人間はもともとダメだということを教えてくれるものだ」 2017-05-16-Tue
第6回<番外編>山田錦の里・吉川にて 2017-05-16-Tue

寒さに弱い北海道出身。経理、飲食業、旅人など様々な職業を経て、いまは日本酒ライターです。「后バー有楽」の女将もやってます。待ってます。
Twitter :@otomi0119

日本酒のこれから

日本酒のこれから

担当・友美

「ほぼ日の塾」前回課題では、
わたしの体験や視点からの、
日本酒の素晴らしさについてお伝えしました。

そして今回、
「別の角度から日本酒を見ている方は、
 どう感じ、どう考えてるのだろう?」
そんな思いで、
日本で唯一の醸造・微生物専門教育学科がある
東京農業大学・教授の穂坂賢先生。
古来より酒造りが栄えていた灘(兵庫県)で、
「剣菱」という酒をつくる剣菱酒造・専務の白樫政孝さん。
2名の方とまず対談をします。

そして、
酒米の王様といわれる山田錦のなかでも、
日本でいちばん良いとされる地域、
”特A地区”に指定されている三木市吉川町。
その取りまとめをされている、
村米部会長・五百尾(いおお)俊宏さんから、
お話をうかがってきました。

プロフィール
穂坂 賢(ホサカ マサル)さんのプロフィール
白樫 政孝(シラカシ マサタカ)さんのプロフィール

第1回 先生、味覚ってどう変化してますか?

ともみ
前回のほぼ日課題で書いたエッセイでわたしは、
いくつかの持論を展開しました。
まずは「味覚」について。
 
『経験したことのない味は、気が付けない。 でも味わって飲むほどに、 味覚は発達して楽しみ続けることができる。 日本酒はそういうお酒だ。』と。
 
先生は、味覚官能の調査をされていますよね。
現代の味覚ってどうなってるんですか?
穂坂
はい。
2015年に日本健康医学会で、レポートを出しましたよ。
「大学生の味覚に関する調査」として、
五味への反応についてデータを取ってみたら。
ともみ
はい。取ってみると…?
穂坂
塩味に対する感覚が、顕著に鈍ってきているんですよ。
それから、甘みが好きで、苦みを嫌う傾向がある。
薄い塩味はわからない。
味全般的に濃くないと、把握ができません。
「これはもう危ないねぇ」というのが調査結果なんですよ。

白樫
やっぱり、感覚が鈍くなっている傾向があるんですね。
穂坂
ありますねぇ。
私の調査と同じころに他大学でやっていた、
埼玉県の小学生200人を対象にした小規模の治験。
この結果が、五味のうち二味しかわからない。
というものでしたよ、たしか。
甘いか、塩辛いしかわからなくて、
辛いと酸っぱいが混同しちゃって、
苦いも旨いもわからなくなってる。
理解や感覚のバランスが崩れているんですね。
濃度を濃くしてやると、もう少しわかるんでしょうけど。
外食が増えて、家での食事…内食が減っている。
その影響でしょうかね。
ともみ
外食は味を濃くする傾向にありますからね。
自宅で同じ味を出そうとして、
やってみたら、必要な調味料の多さに驚くことがあります。
これだけ色々な食べ物が溢れていると、
「薄い」と感じるものを、
わざわざ食べようとは思わないんでしょうね。
穂坂
最初は「おいしい」って思えないかもしれないけど、
すぐにあきらめず、なるだけ薄味の食生活を
習慣づけていくことが大事です。

ともみ
訓練すれば、
誰でも味はわかるようになりますか?
穂坂
うん、それは誰でもなりますよ。
ともみ
おぉ、やっぱりそうなんですね。誰でもですか。
穂坂
ただね、今日明日なんてすぐには変わらないですよ。
ずーっと繰り返しやっていけば、いけますけどね。
一度「旨い」っていうものがわかれば、
マズイものには戻れない。
人間って、水準をそこまで下げられなくなっちゃうから。

ともみ
誰でも訓練すれば味はわかるようになる。と。
でも味に気がついてから、
さらに美味しいか、美味しくないかの判断は、
また次のステップですよね。
それって必ずわかるようになるんですか?
穂坂
ずっとしつこく訓練すれば段々慣れてきますから。
でも、1か月とかそういう話じゃない。
すぐにはなんないですよ。
白樫
どのくらいかかるものですか?
穂坂
作られたものを直すには、
かかった年数以上に、
時間をかけてあげないと変わらない、
と私は思いますよ。
最低でも同じ年数。
10年間かかってそこに来たものを、1年では戻せません。
徐々に徐々に持って行って。
時間をかけてやらないと、身体のバランスがとれないですよ。
ともみ
10年!!うーん…結構かかりますねぇ。
穂坂
「三つ子の魂百まで」じゃないけれど、
3歳までの経験とか教育が、その個体を形成します。
味覚については、15歳までの味覚が、
その人の一生の食生活に影響する、って言われてますから。
ともみ
うーん…15歳。何食べてたかなぁ。
穂坂
15歳までの食生活が、
その人の食生活の基本になってるんですよ。
だからそこにジャンクフードがきたら、それが基本。
自分で「変えよう」って思わない限りは難しいですよ。
ともみ
30歳で気がついて、直そう!と思ったら、
30年以上かかって、60歳になっちゃいます。
味覚って、年齢とともに鈍感になりませんか?
穂坂
それは鈍くなりますよ。
たとえば舌の味覚細胞のなかに、
10個アンテナがあるとすると、2個、3個と減って。
耳も遠くなりますでしょう。同じですよ。
個人差があるけど、
20歳をすぎると、どんどん低下していきますよ。

ともみ
えっ、じゃあ30年以上の時間がかかるかもしれないですね!
でも逆に言えば、訓練せずに、
濃い味のものばかり食べ続けていると、
少しずつ年を重ねて感覚が鈍くなったら、
さらに濃いものを食べる。
年とともに、消化や排出の機能も低下するかもしれないし、
健康への被害も出てくるでしょうね。
そうなると、今だけのグルメうんぬんの問題じゃない。
穂坂
直そうっていう意識になれば、いつでも遅くはないですよ。
ただ意欲がないままなら、それはずっと直らない。
病気になる、肥満になる、血糖値が上がっちゃうとか、
そういうリスクがあるからやめなさいって言って、
ようやく、少し意識が変わるんですよ。
酒に関しては”嗜好品”でいいですけど、
食べ物はそれとは全く違う問題だと思っています。
でも、たまにジャンクフードも欲しくなるでしょう?
まぁ、たまに食べるくらいならいいんですよね。

白樫
とある先生が言ってたんですけど、
糖質と脂とたんぱく質を混ぜて摂ると、
脳内で、常習性のある物質が出てくると。
穂坂
動物性脂肪っていうのは、やめられないんです。
ラットで実験をやると、無くなるまで舐めまくっちゃう。
栄養分はないんですけど。
病みつきですよ。
白樫
で、
その脂の代わりになる物質が、かつお出汁だそうですね。
ともみ
あぁ。出汁は癒しと幸せをくれますね~。
穂坂
そう、出汁はその効果があるんですってね。
食生活や味覚を改善するのには出汁がいい、と。
出汁のうまさがわかると、そこにずっと留まるんですよ。
でもそこまで感覚を持っていくのが大変。
ともみ
行動習慣もあるんでしょうね。
穂坂
それもあるかもしれませんね。
太ってる人が余計太っちゃうのは、
中毒性にひとつの要因があると思っています。
「うま味」が日本人化学者に発見されて、
第五味になりましたけどね。
アミノ酸系や核酸系のうま味※をもう一度ね。
もう一度見直してもらって。

[※アミノ酸系や核酸系のうま味・・・昆布、煮干し、かつお節、干ししいたけなどに多く含まれる成分のこと。]

穂坂
うま味を、もう一度見直してもらって。
で、その次に、酒のうま味の話になります。
 
お酒にも、味覚の傾向は影響していますよ。
これはデータを取ったわけではなくて、
目の前の学生たちを見て、感じていることなんですけどね。
やっぱり、甘いものが好きで苦いものが嫌いなんですよ。
それがビールやチューハイにも表れている。
ビールは飲まなくて、チューハイ系になりますでしょう。

白樫
お酒の分野でも苦みが敬遠されてるんですねぇ。
穂坂
日本酒って苦みとかエグみが、
つくり方によっては出るけど、
とにかく出ないように努めてますよね。
甘いだけのものを好む人が増えていることも、
背景にはあるでしょう。
日本酒も全般的に、甘口に向いている傾向がありますよね。
酒蔵でも、世代交代した若い層がつくっていて、
それが全体の嗜好や傾向になりつつある、
というのも理由のひとつかもしれません。
日本酒自体、段々幅が広くなったなぁ~と思うんです。

・・・・・

ともみ
他のいろんなお酒より、
日本酒に含まれるうま味成分は多い、
と聞きましたが、本当ですか?
穂坂
いや、そんなことないですよ。
”うま味成分”っていう捉え方は難しいけど、
アミノ酸系、酸味だとして、両方量は少ないですよ。
他の醸造酒でもっとすごいのいっぱいあるから。
ビールなんかでもうま味じゃないけど、
苦みとかそういう部分では強いし。
ワインなんて、もっと酸味が強いでしょう?
お隣の中国にいったら、紹興酒があって、
甘いわ酸っぱいわ、甘味もアミノ酸系の量もけた違い。
ともみ
え!そうなんですか!
単体の成分だけなら、他のお酒の方が上をいくんですね。
そっかぁ、
今まで間違ったことを言っていたかもしれません…。
白樫
でも、数値が大きいから良い、
というものでもないですよね。
先ほど話した出汁とか、
食事と合わせるところに日本酒の良さはありますから。
穂坂
そうそうそう。
要するに出汁って、そんなに濃く出るうま味じゃないから。
だから、日本酒みたいな割に低い感知の部分で合って。
ともに、料理も酒も味を壊さないんですよ。
だから和の出汁を使った料理に、ビールまではOKだけど、
ワインの軽めの白だって、酸味が強ければ崩れちゃうしね。
ウイスキー関係も香りが強かったり甘すぎてダメだし、
あとは焼酎くらいかな。崩さないし影響も与えない。

ともみ
では、焼酎と比べたときの、
日本酒の優位性ってなんですか?
穂坂
うま味ですよ。焼酎は添加しないと旨さは出ないもん。
ともみ
なるほど。
出汁とバランスする繊細なうま味が、
日本酒の特徴なんですね。
でも、その出汁を取る人が少なくなったと言いますね。
穂坂
いや、そうなんですよね。
出汁を取るのが面倒だ、とかって言いますけど、
今なんか、パックに入った物もあるしラクじゃないですか。
入れて、煮立つ前に出すだけ。
僕も週末は料理をしますけど、出汁も取るし、煮切りもするし。
確かにね、ひと手間ふた手間はかかるんです。
でも、良いもの作るにはね。少しくらいは仕方ありません。
そう、そこだと思うんです。

ともみ
はい、慣れもありますけどね。わかります。
穂坂
出汁を取るという行為自体が、
宮廷料理とか本格和食を作る、贅沢なことをしている、
高尚なこと、みたいな刷り込みがあるんでしょうかね。
白樫
出汁を取るのって、
時間もお金もあまりかからないですよね。
穂坂
僕らの時代は、親がやってるの見てたから、
それが自然なことであって、特別なことじゃない、
という感覚だけど、今はそうじゃない。
「敷居が高い」とかって言って。
そうそう。
以前同じ講演会でご一緒させてもらった、
「日本料理 つきぢ田村」の三代目・田村隆さんが、
面白いことを言ってましたよ。
「うちは、敷居が高いって言われるんだけど、
そもそもその言葉の使い方から違うんだ。」って。
ともみ
はいはいはい!
それと同じことを、
料理人であるわたしの家族が言っていました。
敷居が高いっていうのは、
なにか不義理があって、その人の家に行きにくいって意味で、
たとえば実家の親と喧嘩をして、
しばらく顔を見せていないから行きにくい、だとか
そういうことを指すもので。
高級そうで、自分に不釣り合いに思い足を踏み入れにくい、
という意味ではないんですよね。
穂坂
言葉の意味が違うことからはじまって、
みなさん違った目で見て判断してしまっているから。
でも、どこかでやらなければ、
違うことでごまかし続けていくしかないですからね。
ともみ
いきなりやれ!って言われても、理解できませんから、
家庭でそういうことをずっと伝えていって、
繋げることが大切なのかもしれませんね。
そうすれば味覚の訓練も、最小限で済む。
身体にも優しいし、食べる幸福を味わえます。
白樫
日本って恵まれた国なので、
美味しいもの作るのに、
高級な食材がなくてもいいんですよね。
穂坂
そう!日本の食卓って、
もともとは、素材を味わうということだったんです。
基本的には、その辺にあるものばっかりですよ。
白樫
ワラビとかつくしとか、魚のアラとか。
ともみ
その食材と、出汁と塩とか醤油さえあれば、
もう出来ちゃいますもんね。
穂坂
もう十分ですよ。
出汁を活かすために、ちょっとの塩、
あるいは味噌だけでも、すごく良いんですよ。
要するにメリハリをつけてやれば、
味ってすごく深みが出るんですよね。
五味をいかに上手に使うかですから。
そうればおのずと、
単調じゃなくて、ボリュームのある味になるんですよ。
それが本来の、日本の料理ですよ。
薄味だけど、味が深いと思うでしょう?
ともみ
そうですね。
穂坂
出汁にちょっとだけ塩を入れてやると、
それだけですごく広がりますでしょう。
ともみ
うんうんうん、ありますね。
お酒を飲むと、ちょっとわかりにくくなるんですけどねえ(笑)
穂坂
いいんです!
それは感覚が麻痺してるから、仕方ないんですよ(笑)。

(つづきます)

第2回 集約の時代から再び独自性・地域性へと