とある日の夕方、iPhoneがぶるっと震えてLINEの通知。
「今日の夜、会いてる?」
さっきまで仕事で煮詰まって、眉間に何本も寄せていたシワも、
その一言で、ふわっと消え去り、途端に頬が嬉しくって熱くなる。
「空いてる!」
即答し、われながらひとが変わったようだと思いつつ、
大急ぎで、残りの仕事を片付けにかかる。
✴︎✴︎✴︎
昔から、「時間割」というのが苦手だった。
朝礼、一限目、10分休憩、二限目、10分休憩、三限目、10分休憩、四限目、お昼休憩、五限目……
数学をする気分じゃなくても計算問題を解かなければいけないし、
いまいち理解しきれていなくても終業チャイムが鳴れば授業は終わる。
前の授業が押しても、次の授業の始業時間は変わらないから、ダッシュで次の教室に向かう。
大学生になってからは、いくぶんか時間の拘束がゆるんだけど、
正直なところ、中学とか高校は、
堅苦しさに耐え忍ぶことの方が多かった。
でも、そんなきゅうくつな学生生活も、「放課後」は最高だった。
帰り道、途中のコンビニでアイスを買って外で食べたり、
友達の家に行ってゲームをしたり、
駅前の喫茶店でだらだらと数時間おしゃべりをしたり。
たまに「お泊りでホラー映画鑑賞会」なんてビッグイベントも催された。
そして、こういう放課後の遊びが素敵なのは、
だいたいいつも、そのときの気分で、突然決まることだ。
終礼が終わると、
「今日このあと暇?」なんて言葉が教室を飛び交う。
(これは、帰宅部とか、
わたしが所属していたような暇な文化部に限る話かもしれないけど)。
退屈できゅうくつな時間割から解放され、
みんな各々に、真っ先に、
放課後一緒に過ごしたい相手のところに飛んでいく。
放課後というのは、素直に「楽しい!」と言える貴重な時間でもあったのだ。
〈ここは、渋谷の「グランドファーザーズ」というお店。先にひとりで飲むときは、だいたいここでレコードを聴きながら待つ。〉
「今日は珍しく残業がなかったの!」
少し早めに店についたので、
ひとり先に飲み始めていると、
誘ってくれた友人が清々しい顔で現れる。
わたしの周りは、仕事が忙しいひとが多い。
出張とか残業とかで、
スケジュールの融通がなかなかつきにくいひとばかりだ。
その友人も、普段はいつも残業ばかりでくたびれている。
ちょうど繁忙期を抜けて、少し楽になったらしい。
仕事が大変だった話を、爽やかな表情で話す友人に、
「そりゃ大変だったね」なんて顔をしかめたりして聞くけど、
内心、「そんな貴重な夜にわたしを選んでくれてありがとう」
と、つい嬉しくて顔がゆるんでしまう。
「今日の夜、空いてる?」が嬉しいのは、そういうとこだ。
自分が誘うときなんかもそうなのだけど、
仕事が早めに終わりそうだな、という日は、
心を無にし、そっと目を閉じて、
頭にふわっと自然に浮かんでくるひとに、
「今日の夜、空いてる?」と連絡する。
もちろん、誰も浮かんでこない日もあって、
そういう日はサクッとひとりで飲んで帰ってしまう。
1日の締めくくりに会いたいひとがいる、という
嘘いつわりのない、素直な気持ち。
気持ちが湧いたその瞬間に、会える喜び。
(もちろん、断られることだってたくさんあるのだけど!)
自分はそういう気持ちで誘うので、
同じように相手に誘われると、嬉しくて仕方なくなってしまうのだ。
社会人になって、スケジュールの都合がつきにくくなると、
どうしても「一ヶ月後のランチ」みたいな約束の方がしやすくなる。
もちろん、それはそれで楽しいのだけど、
当日、純度100%の「会いたい!」という気分で会うのはなかなか難しくて、
やっぱり「約束したから会う」以上に熱が帯びることはなかなかない。
いつだって、
したくないけどしなきゃいけないこと、はある。
大して面白くない授業でも、必修なら単位を取らなきゃならないし、
仕事でも、やりたいことだけやるなんてことは難しい。
でも、
学校が終わったあとの放課後は、
仕事が終わったあとの夜は、
したくないことはしなくてもいい時間だ。
そういうときにこそ、会いたい、
一緒にくつろいで楽しみたいひとがいる。
それ自体が嬉しくて、
そういうひとと過ごす時間が幸せで。
「今日の夜、空いてる?」
社会人になっても、あの放課後のワクワクする感じは、
こういうところに息づいている。
いま、まさに、あなたに会いたい。
きゅうくつなところから解放された1日の最後、
あなたと乾杯して終わりたい。
それって、すごく嬉しくてドキドキする時間だ。
そういう誘う・誘われる夜を、これからもずっと大事にしたいと思いつつ、
ほろ酔い気分、ちょうどいい頃合いで店をあとにする。
「ああ、楽しかった!」と、晴れ晴れとした気分で、
だけど、ちょっとさみしくなりながら、
駅の改札で「またね」と別れる。
気をつけて帰ってね。
貴重な時間を一緒に過ごしてくれてありがとう。
またいつか、会いたい夜に会いましょう。