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今、就職活動をしているみんなは、
社員を育てる会社と能力主義の会社というのが
どっちもあるけど、どっちもピンとこないな、
という気持ちなんじゃないかと、想像するんですよ。
つまり能力主義に決まってんじゃん、
だから切磋琢磨するんだよって中に入ったら、
落ちちゃうなという人、いますよね。
ぼくが若いとき、そうだったと思うんですよ。
かといって、運を天に任せてても、
結局家から一歩も出られなくなちゃうし、
みんな、その間のところで
ふらふらしてるんでしょうね。 |
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よく「理想のわかってる現実主義者」みたいな
言い方あるじゃないですか。
なんだかんだ言って、
今の社会が、グローバルスタンダードに従って
動いてるのは、事実だから、
それは今は否定してもしょうがないと思います。
でも、そしたら自分を成長させるとか
高めるということの軸足を考えると、
「両方わかってる」ことって、
今後、大事になる可能性がありますね。
ぼくも若い頃はそんな気持ち全くなかったけれども。
どっちか片方に軸足をっていうのは、
不幸があるような気がする。
グローバルスタンダードの能力主義に行っても、
自分が幸せだと思っているかといったら、
疑問に思う部分もあるだろうし、
かと言って、そういうのに背を向けてしまったら、
ひょっとしたら社会が見えなくなるということも
あるかもしれないから。 |
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塚越さん、自分に対しても、社会に対しても、
ものすごく斜めの目で見ている人が
目の前に来たら何て言いますか? |
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その人を知ってないとわからないです。
ただその人のことよく知ってたら、
言いようもあるのかなと思います。 |
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わざわざブツブツ言ってる人は、
それが本当の答えだと思いたくないんだと、
思うんですよ。
方法があるんだったら教えてくれよ、
ということだと思うんです。 |
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だったら、
もっと謙虚になった方がいいですよね。
ぼくらが若い頃って、
謙虚にならざるを得なかったんですよ。
師弟制度の中で先輩に
いろんなことを教えてもらおうとか
やってること盗もう、というところだったでしょ。
今はどっちかというと、
「説明してくれないとわからないじゃない」
ということが多い。
でもこっち側も、問うてくれないと教えられない。
年長者とのコミュニケーション、
それが薄くなってるような気がするんですよね。 |
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年齢の開きを利用する仕組みって、
いま、ないですよね。
それは重要ですね。
人と人は、10の距離があったときには、
真ん中の5で会ってもいいし、
7と3のところで、会ってもいいし、
どっちかが会おうとしない限りは
会わないんですよね。
どの辺で会うかというのが、
コミュニケーションのおもしろみで、
ぼくらは表現をするときには、いつでも、
自分は2しか歩かないで、
8歩いて来てもらうという表現もするし、
9まで行って、1のところで、
びっくりさせるというのもやるし、
会おうとしてくれないと、ダメかもね。
両方が、お互いの9のところで
会おうと言ってたら、
すれ違って、離れちゃう。
御社のためにわたしが!
って、走って行ったら、すれ違っちゃう。 |
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前からね、土下座してでも入りたいんです、
みたいな人が土下座するのって
ウソっぽくていやだったんです。
過剰に何かするのって、
モテ話と同じですから。
「君はぼくの太陽だ」って、
言い方あるじゃないですか。 |
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「太陽じゃありません!」って
怒っちゃいますよね。
どこで会おうかというときに、
相手が会うためのイスを用意するほうがいいよ。
恋人同士だったら、
一緒に歩いて行きたいんだから、
どっちが勝つかじゃないですよね。
対決じゃないんだから。
「君はぼくを好きじゃないというかもしれないけど、
ぼくは君が必ずぼくを好きになるように
論破してみせる」なんて‥‥。
論破して勝とうとして、
好きにならせようとするのは無理ですよね。 |
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好きになるということについて、
押井守さんの本で読んだんですけど、
まず誰かに会うとき、犬に会わせるんです。
その犬が、その人を受け入れるかどうか。
動物的な勘があるんじゃないかな、
ということらしいんですよ。
理屈じゃないもの。
説明つかない、相性っていうもの。 |
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好きになるのって、呪いとかと、
表裏一体のものだと思うんです。
愛と、憎しみは、表裏一体ですよね。
その好きには、まちがいもあるんですよ。
つまり、こういう顔が好きだなって
好きになるのは、あるけど、
そういう顔に1回だまされたら変わりますよね。 |
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面接のときに、
入ってきた瞬間のインスピレーションって
信じます? |
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ぼくは、面接って好きでやってないから、
生き生きした自分がそこにいないんですよ。 |
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いやだな、と思いながらやってるから、
ぼくのいいところは、出ないですね。
もっと伸び伸びと、マジックミラーとかで、
「あいついいね」っていう、
審査が本当は必要なんじゃないですかね。 |
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なるほどね。
面接って、あの仕組みは無理がありますけど、
ぼく、いいのか悪いのかわからないですけど、
見た瞬間に思ったイメージと話す内容と
一致してるんですよ、結構。
これ当たってるかどうかわからないですけど、
ウソばっかりついてる人って、
雰囲気出てるような気がするし。 |
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あ、そうですか!
さっきの犬の役を自分でしてるんですね。 |
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結果的に、
そう信じちゃってるのかもしれないですけれどね。 |
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(塚越さんと糸井重里の対談は、
本編は、これでいったんおしまいです。
あすの最終回は、ちょっと長い話になった、
最後の質問とその答えをおとどけします。
大学で就職指導をしている先生の、お話です。) |
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それは、一所懸命調べることじゃないですかね。
結婚相手探すのと同じですから。
顔が好きだでもなんでもいいんだけど、
好きになったら知りたいでしょ。
りんごが好きだっていったら、いろんなりんごの
おいしさがあると知りたいじゃないですか
それを知ってくれる人のことをりんごが好きですよ。
そういうもんだと思いますよね。
どういうのがって決まりはないけど、
あなたが好きになるという理由があるわけだから、
やっぱり、ちがったなって、答えが出てもいいし、
ひとつのところだけ声かけるんじゃないし。 |
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ぼくも、好きになるということが大事だと思います。
いろんな仕事があるというのを
自分が読んだり調べてみた中で、
自分の勘とかそういうの信じたらいいと思うんですよ。 |
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質問者7
「ぼくは、
もっといいのがあるんじゃないかと
思っちゃうんですよ。」 |
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中穴なんか買うでしょ。
中穴は、当たりもしないし、
当たっても大儲けできないんですよ。
ほんとに勝ちたいと思ったら、
そこから考えるべきです。
中穴買ってるヤツのほうが
よっぽど欲深いんですよね。
みんなだいたい大学生は中穴が大好きなのよ。
損はしたくないしとか思うんですよ。
でも、中穴も大穴も
当たらないという意味では同じなんです。
当たんなさがちょっとちがうだけなのよ。
当てたいんだったら、本命を買うべきだし、
もっと言えば競馬なんか
手出さなくったっていいんだよ。 |
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大学生が中穴好きだっていうの、
いつか書きたいんですよね。
本当に仕事してないと、
怖くないのに、怖いんですよ。
概念的に考えてるから。
本命買ってるヤツのこと見ると
せこいヤツだと思うんですよね。
あいつほんとに固いなって、
固いなって悪口でしょ。
大金持ちは本命をいっぱい買うから儲かるんですよね。
大穴買ってる人というのは、
ただのやけっぱちなんですよね。
中穴の人もほんとはやけっぱちなのに、
自分は大穴に比べて
ちょっと考えてるって思えるんですよね。
結局のところは、何も考えてないんですよね。 |
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それだったら、
この馬好きだなって方がいいでしょう? |
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それが、悔いがないね。
この馬好きだな、がいいね。 |
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