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ニューヨークの食がおいしくなった。

ほぼ日
佐久間さん、こんにちは。
今日はいまのニューヨークのジャムや朝食について
いろいろ教えていただけたらと思っています。
よろしくお願いします。
佐久間
こちらこそ、声をかけていただき
ありがとうございました。
今日はよろしくお願いします。
ほぼ日
個人的な話なのですが、ちょっと前に
佐久間さんが記事を書かれている
『BRUTUS』のニューヨーク特集号を持って、
ニューヨークを旅行したんです。
そうしたら、行く店行く店、見事にぜんぶおいしくて。
紹介されているお店を回っただけなのですが、
ニューヨークってなんだかすごいな、と思いました。
そのことがあって、今回ジャムなどのお話を
佐久間さんに聞かせていただけたらと思ったんです。
佐久間
うれしいです。
この号は、編集担当のかたのこだわりが
すばらしかったんですね。
「とにかく納得するまでやる」みたいな感じでした。
実はわたし『BRUTUS』とは、もう10年くらい
一緒にお仕事させてもらっているんですが、
はじめて「こんなにギリギリでも雑誌って出るんだ」
と思いました(笑)。
ほぼ日
(笑)。
一読者としては、厳選された情報ばかりを
教えてもらっている感じで、感激しました。
いろいろまわりながら、
「これ一冊あれば他はいらないかも」と
思ったくらいです。
とくにアンドリュー・ターロウさんのお店の
「マーロウ&サンズ(Marlow & Sons)」の
ジャムとスコーンには、
「なんておいしいんだろう!」と衝撃を受けました。
佐久間
おいしいですよね、もうほんとうにね。
ほぼ日
あのお店、どうしてあんなに
おいしいんでしょうね。
佐久間
それはもう、お店を作っているあの人たちが
食いしん坊だからだと思います。
やっぱり、食いしん坊が作るものが
いちばんおいしいから。
ほぼ日
『BRUTUS』に限らず、ほかの雑誌で
佐久間さんが紹介されるお店にも行ってみて
思ったのですが、
佐久間さん自身も「食いしん坊」じゃないですか?
佐久間
食べること、大好きですね。
わたし自身、食いしん坊ばかりの
家庭で育ったんです。
若いころは家族に対して
「この人たちは本当に食べものの話しかしない」
と思って、そこがちょっと嫌だったくらいです(笑)。
でもいまではわたしも食べることや
食べものの話が大好きになっています。
ほぼ日
では佐久間さん自身もこれまで
ニューヨークでいろんなおいしいものを
食べてこられたんじゃないですか?
佐久間
それがですね‥‥実を言うとわたし、
昔、自分がニューヨークで食べていたものとか、
みんながおいしいと言っていたものって、
ずっとピンときてなかったんです。
ほぼ日
そうなんですか。
佐久間
景気がよかったせいもあって、
いろんな有名なお店に行ったりしたことも
あるんです。
でも、どこもバターや砂糖が大量に使われてるし、
気持ち悪くなるくらいの量が出てくるんですね。
だから、おいしいような気もするけれど、
どうも食べていていつも、
あんまりいい気持ちになれなかったんです。
ほぼ日
基本的に「こってり系」のおいしさ、みたいな?
佐久間
そうですね、それもすごい量の(笑)。
昔のニューヨークで「おいしいもの」というと、
バターやオイルがものすごい量使われた
フレンチやイタリアンばかりだったんです。
だけど、わたしにはそれが合わなくて。
ほぼ日
ええ、ええ。
佐久間
だけど、この何年かで状況が一気に変化して、
ニューヨークの食べものは、
ほんとうにおいしくなったんです。
「マーロウ&サンズ」みたいなお店が出てきたり、
それこそ、おいしいジャムなども
買えるようになったりとか。
だから、いまは日々「おいしいなあ」と思いながら
いろんなものを食べているような感じです。
ほぼ日
食が変わる、なんて、あるんですね。
佐久間
わたしがブルックリンに住んでいるということも
影響していると思うのですが、
いまは、いい店ができると
「あそこ食べた?」と教えてくれる人がいたり、
自分のまわりの飲食業の人が
すてきなお店を開いたりもしていて、
わたし自身「おいしいよ!」と自信を持って
紹介できるお店がすごく増えました。
ほぼ日
佐久間さんが好きなお店や、
雑誌などで紹介しようと思う店って、
どんなお店が多いんですか?
佐久間
雑誌などで紹介するときは、
流行のお店や有名な誰々のお気に入りではなくて、
できるだけ「自分もなんども行きたい店」や
「ちゃんと行きつづけられる場所」を
紹介したいという思いはありますね。
あと、わたし自身の好みとしては
「地元の人たちに愛されてる店」というのが
あるかもしれません。
ほぼ日
そういえば『BRUTUS』では
アンドリュー・ターロウさんが作られた、
バーについても紹介されてましたよね。
佐久間
「アキレス・ヒール(Achilles Heel)」ですね。
“アキレス腱”という名前のバーなのですが、
あのお店もいいですよ。
基本的にはお酒のお店だから、
出てくるものは軽食っぽいけど、
おいしいです、肉とか。
そこはやっぱり、食いしん坊が作ったお店だから。
ほぼ日
実際に訪れてみる前は、
ニューヨークでみんなに人気のレストランって
「おいしさ」よりも「健康志向」のほうが
重視されているのかと思っていました。
佐久間
みんなの意識に「健康志向」は当然あるんですが、
やっぱり「おいしいこと」は前提ですよね。
「健康によければ、味はなんでもいい」
みたいな考えの人は、おそらく減ってきていて、
「おいしくて体にもいい」お店がずいぶん増えました。
昔のニューヨークだったら、
「健康に良いレストラン」というのは
徹底して質素な雰囲気で、
お客さんもハードなヨガとかをやってそうな人ばかりで、
「ストイックな気持ちじゃないと食べられません」
みたいなお店が多かったんです。
それこそ化粧なんてして行ったら怒られそうな(笑)。
でも、いまはもっとカジュアルに食べられる
体に良くておいしいレストランが増えています。
ほぼ日
その状況は、いいですね。
佐久間
そうなんです。
まあもちろん、それは同時に
「ストイックなベジタリアンが行けるお店が、
 すごく減ってきた」
ということでもあるんですけどね。
実際に、いまも真剣にベジタリアンをしている人と
ごはんを食べたりすると、
彼らの食べられるものがほとんどなかったりして
大変だろうな、と思うことがあります。
「マーロウ&サンズ」などのアンドリューのお店も、
完全なベジタリアン用とかではないですし。
ほぼ日
あ、そうなんですか。
佐久間
ええ。そして、おそらくニューヨークではいま、
ベジタリアンの人は減っていると思います。
昔はベジタリアンになる理由って
「アメリカの工場畜産の肉が不味い」とか
「大量生産が気持ち悪い」とか、
そういった理由の人もけっこういたんです。
でも、いまはアンドリューみたいに
「きれいでおいしいもの」を作る人たちが
ずいぶん増えてきた。
だから、そういう理由で
ベジタリアンをやめてしまった人たちが
一定数いる気がします。
ほぼ日
レストランの味の傾向も変わったんですか?
佐久間
そこも変わりました。
いまは「ニュー・アメリカン」と呼ばれる
できるだけシンプルな味つけで
素材の味をいかすような調理法のお店が
人気なんです。
ほぼ日
ということは、もう「こってり」じゃない?
佐久間
主流は「こってり」じゃないですね。
そして、いまニューヨークでは
オリーブオイルと塩の専門店とか、
こだわりの食材屋さんが増えているんです。
塩もすごく種類が増えて、
「これは、どこ産のスモーキーな塩を
 使ってるから、おいしい」
といった話がされるようになったりとか。
ほぼ日
おもしろいです。
佐久間
これは素人考えですけど、
昔のニューヨークのレストランで
化学調味料とかオイルや砂糖とかが
たくさん使われていた理由って、
「使う材料自体がおいしくなかったから」
じゃないかと思うんです。
だけどいまはおそらくどこのお店でも
使う食材の質が高くなっていて、
そういう良い食材を使うと、
とくに砂糖やバターをたっぷり入れなくても
ちゃんとおいしいものができる。
だから、シンプルで薄味のお店が増えてきた。
そういうことのような気がしています。
ほぼ日
なるほど。
材料のレベルが上がって、薄味に変化した。
佐久間
さらに言えば、前は化学調味料がたくさん入った
中華とかしかなかったのに、
最近は、地産地消の野菜を使ったチャイニーズや
インド料理屋さんなんかが
登場しはじめてたりもするんです。

(つづきます)
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アンドリュー・ターロウさんと
その周辺。

ブルックリンの豊かな食文化を象徴するような
おいしいレストランをいくつも経営しているのが
アンドリュー・ターロウさん。
ニューヨークの食がどんどんおいしくなることに
大きな貢献をしているひとりです。
彼が経営するお店はさまざまで
レストランの「ダイナー(DINER)」に
「マーロウ&サンズ」、
精製食料品店「マーロウ&ドーターズ
(Marlow & Daughters)」
パン屋「シー・ウルフ(SHE WOLF BAKERY)」
バー「アキレス・ヒール」など。
アンドリューが開業した
いまのブルックリンを象徴するようなホテル
「ワイスホテル(Wythe Hotel)」も
とても人気があります。
彼の食材へのアプローチはとてもおもしろく、
たとえば牛をまるごと1頭購入し、
無駄がないように各店舗のシェフで肉を切り分け、
残った皮で靴やバッグを作り、販売する、
といったことまでおこなっています。
(肉は食べる、しかしどうせ食べるのであれば
責任をもって無駄なくすべてを利用する、というのが
アンドリューの提唱する食べものとの付き合いかたです)
また、アンドリューはニューヨーク近郊の農家と
密接な関係を築くことで新鮮な食材の調達に成功し、
各店舗のシェフたちはその日入った食材をもとに、
日替わりのメニューを考案します。
アンドリューの厨房で
働いた経験のあるスタッフたちが開いた
サンドイッチ専門店「ソルティ(Saltie)」や
中東のフュージョン料理レストラン
「グラッセリー(Glasserie)」などのお店も、
その、食べ物についての考え方とともに
ニューヨーク・ブルックリンの食文化を
賑わわせています。

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