ITOI
糸井重里の脱線WEB革命

第22回
コンピュータは怖くなかった。

二度ほど臨時の原稿を書いてしまったので、
第18回の続きが唐突に出てくることになってしまった。

前回は、コンピュータのことを、
やや斜めに見ていたぼくの前に、
「HAL研究所」の岩田さんが登場した
というところまでだった。

「MOTHER2」というゲームづくりが
行き詰まっている所に、岩田さんの登場は、
まるでスーパーヒーローのようだった。
いまではしょっちゅう会っている人なので、
いまさら彼をほめたりするのは難しいのだが、
ぼくの「脱線web革命」を語るためにはしかたがないのだ。

「MOTHER2」は、岩田さんの「見積もりどおり」に、
ドタバタしながらも完成した。
期待や不安を、おろおろしながら語り合うよりも、
「いまある現実」を、正確に把握して、
次にやるべきことを、ひとつづつ積み上げていく。
この当たり前のシステムを、
実際に組み上げて確実に実行していくのは、
口で言うほど簡単なことではない。
途中で起こりうる問題を予測し、
その対処法をあらかじめ考えて準備しておくことも必要だ。

いつでも、問題はあるし、いくらでも問題はある。
それを「ありうること」として、
冷静に解決の道を探すことこそが、
リーダーの役割なわけだ。
岩田さんと会ったり、仕事をしていると、
そういうことができる人が、実際にいるんだなぁと、
あらためて思うのだ。

ぼくより、岩田さんは一回り以上も若い。
しかし、ほんとうにぼくはたくさんのことを、
岩田さんから学んできたと思う。
そして、ぼくは、この岩田さんの思考の回路というのが、
彼の「プログラミング」という専門領域に
関係しているように思いはじめた。
そういう部分が、
かなり直感にたよって生きてきたぼくには新鮮だったし、
これからの自分には、岩田さんのように考えることが
とても大切なプラクティスだと思った。

岩田さんは、絶対にぼくらが忘れないような、
すっごいことを言うことがある。
◆「プログラマーは、ノーと言ってはいけないんです」
そのコトバは、こう続く。
「プログラマーができませんと言ったら、
せっかくのアイディアが出しにくくなりますからね。
プログラムしやすいことばっかり考えていたら、
枠を超えたすばらしいアイディアなんて出ませんからね」
このセリフを、よそのゲームデザイナーに話すと、
「なんですか?!それ」と必ず驚く。
そういうプログラマーと仕事をやったら、
どれだけ自分のクリエイティブが発揮できるだろうと、
夢見心地になってしまうらしい。

プログラマーはノーと言えない分だけ、
自分を苦しめることになる。
しかし、そこには「自分がなんとかしたら、うれしい」
というご褒美があるらしい。
そのほうがいいゲームができるし。ということらしい。

◆「コンピュータにできることは、
コンピュータにやってもらえばいいんですよ」
使い慣れている人には当たり前のように
聞こえるかもしれないが、ぼくには新鮮だった。
「人間は、人間にしかできないことをやりたいんですから」
そうだ。その通りだと思った。
コンピュータをあつかえることがエライんじゃなくて、
人間にしかできないことをするのがエライんだ。
だから、岩田さんとの仕事では、
めんどくさい作業をコンピュータにやらせるための
「ツール(道具)ソフト」が、どんどん登場する。
ごく普通の文化系のスタッフが、
ポリゴンで地形のでこぼこを自由に作っているのを見て、
びっくりしたゲームデザイナーがいたが、
それも、それ用のツールを使って、
誰でもできることをしていただけなのだ。

プログラマーとしてとても優秀であるとか、
システム的な考え方をできるとかいうことが、
岩田さんという人の基盤になっているのはわかる。
しかし、この人には、
基盤をさらに支える「土台」が、あるような気がするのだ。
プログラマー的な思考法を持っている人が、
人格的に尊敬できるとはかぎらない。

岩田さんは、いまはHAL研究所の社長だが、
もともとは、ひとりのバイトの学生だったらしい。
どうして社長になったのかといえば、
倒産寸前でニュースにまでとりあげられたこの会社に、
「岩田が社長をやるなら助ける」という、
援助者が現れたからだ。
だから、岩田さんは、10億以上の借金を抱えた会社の、
若すぎる社長になった。
そして、もうじき、その借金も返済し終わるらしい。

とにかく、岩田さんは、一所懸命に考えることはするが、
ずるいことを考えない。
いっしょに仕事をしたことのある人で、
岩田さんのことを悪くいう人に、ぼくは会ったことがない。
外面ばかりいいのかといえば、そんなこともなく、
いまでも80人の社員全員と、年に2度、
何日もかけて個人面接をしている。
マイナス札からスタートした会社だから
当然だろうという人もいるだろうが、
出張のときはビジネスホテルに泊まって、
移動は電車を乗り継ぐことが多い。
毎日徹夜同然だったり、出張が多かったりするけれど、
深夜にはいつでも家族のところに電話を入れている。

こんなふうに言っていると、
いわゆる優等生ね、と
ひねくれた見方をする人もいるだろうが、
ちがうんだよ。ほんとに。
別に不良っぽいところがあるわけでもないし、
おもしろいギャグを飛ばすわけでもないけれど、
「いわゆる優等生」なんかではないのだ。
ま、あえて言えば、落ち着きがない、とか、
目の前にある食い物は、口に入れないと気がすまないとか、
ツッコミを入れられるところもあるんだけどね。

この岩田さんが、ぼくにコンピュータの使い方を
教えてくれるというのなら、
ぼくは、ぜひそのコンピュータってものを
習ってみようと思ったわけだ。

今回は、ここまで。
どうも、よく会う人のことは書きづらいや。
でも、ほんとにこういう人っているんですよ。
お世辞を言ってるわけでもないし、
おおげさに言ってるわけでもありません。
あと、なにかなぁ、欠点は?
思いつかないんだよ、やっぱり。

で、次回は、岩田さんに教えてもらっても、
ぼくは全然、コンピュータをやりませんでした、という話。

1999-01-23-SAT

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