ITOI
糸井重里の脱線WEB革命

第18回
コンピュータってものとの交際歴。

ずっとぼくは、この連載ページで、
コンピュータ初心者として発言してきたわけだが、
それは必ずしも正確ではなかったと思う。

自分がコンピュータを所有したということからすれば、
ぼくのコンピュータ歴は、お若い皆さまに負けない。
はじめて「買った」のは、
PC88とかいうシリーズのヤツだったから、
まぁ、けっこう昔のことって気がするでしょ。
「ゲーム機」として買ったのだが、
『信長の野望』というゲームをやりかけて、
めんどくさくなってやめてしまった。
その後あのハチハチがどうなったのかについては、
まったく知らない。

なーんだ、それはコンピュータ歴のなかから
抹殺するべきつまらない事実だね。
そうそう。そのとおり。
経験としては、まったく意味がないのだから、
これはただ言ってみただけという事実だ。

しかし、ぼくとコンピュータの関わりは、
ぼく自身がコンピュータに触れていない時間
のほうにこそあったと思う。

まず、仕事場の周辺にコンピュータがゴロゴロあった。
その理由のほとんどは、
ぼくがゲーム制作の仕事をしていたということによる。
テレビゲームの制作には、
コンピュータは欠かせないもので、
ぼく以外の人たちはみんなコンピュータを使っていた。
ただ、その使い方というか、
コンピュータとの付き合い方に、
「好き者」ならではのマンガチックなものがあった。
パワーブックが登場したばかりの時などは、
会議室のテーブル上に、数台のマシンが並んだりしていた。
いま考えても笑っちゃうが、
それぞれのパワーブックの持ち主たちが、
自分のマシンの電源を求めて
コンセントの奪い合いをしていた。
みんなが会議をしている間、人の顔を見ないで
キーボードやディスプレイを見つめているという姿は、
かなり馬鹿馬鹿しいものだ。

これからの時代に、
コンピュータがおおきな役割を果たすとしても、
なんかさー、こういうことじゃねぇだろ?と思った。
ぼくが思っただけでなく、コンセントの奪い合いをしていた
本人たちも、そのことにはすぐに気づいたようだった。

こんなことをいくら数えあげていてもきりがない。
ま、なんだかコンピュータってものは、
便利なものだとしても「まだまだなんだろうな」、と。
こんな感想を持ち続けていたわけだ。
過渡期にある「可能性のかたまり」というようなものが、
コンピュータなんだろうけれど、
つらいのは、その「過渡期なやつ」に、
ぼくらの仕事の
かなりの部分をまかせなければならないことだった。
横浜高校の松坂投手に30勝を期待するようなことか?
ちがうかな、ちょっと。

その頃ぼくの作っていたゲームは、
「MOTHER 2」というロールプレイングゲームだった。
過渡期なコンピュータと、それをあやつる過渡期な人々は、
懸命に完成をめざして努力をするのだが、
横浜高校の松坂投手がコンピュータを使って、
日本の総理大臣をやるようなものだろうか・・・
ぜんぜんちがうな。ちがってもいいや。
ぼくらの作っているゲームは、
何度も暗礁やら岩礁やらに乗り上げて、
しょっちゅう難破していた。
松坂総理大臣も、「マザー2丸」も、
へとへとのぼろぼろの状態で、
望遠鏡も壊れていて陸地も見えないようなありさまだった。
「陸地って、あったっけ?」
「あったんじゃなかったかなぁ、ウワサは聞いたもん」
「そうかぁ、じゃ、がんばって帆をあげよう」
「帆ってなんだっけ?」
「わかった!努力をすればいいんだ」
「そうだそうだ。努力ってなんだ」
「徹夜のことじゃなかったっけ?」
「そうだそうだ。徹夜をしたりカップ麺を食うことだ」
「よし!徹夜とカップ麺を買ってこい」
というような状態になるのです。
(当然、脚色はしてますからね!)

「樹の上の秘密基地」を読んでいる人は、
「ゼルダの伝説 時のオカリナ」も、
こういう地獄のような馬鹿らしさと紙一重のところで、
作られていたのだということを意識するといいと思います。

ま、とにかく「このままじゃ永遠に陸地は見えない」
というところに、船が突っ込んじゃった時に、
あるスーパー・スケットがやって来たわけだ。
彼こそが、過渡期の海の測量士?!
コンピュータという不完全な宇宙船の操縦士?!
どういう比喩で語ればいいのか、
いまでもよくわからないままなんだけれど、
「岩田さん」が紹介されてきたのである。

岩田さんとは、現在の「ほぼ日」の電脳部長でもあり、
HAL研究所の社長であるところの岩田聡さんだ。

いつになるか完成のめどの立たなくなった
ぼくらの「マザー2」のプログラムを調べて、
彼は言った。
「いまから、いままでのプログラムをいかして、
ワタシができるだけのお手伝いをしたとして、
6ヶ月あればできるとは思います」
ワーーーッジャンジャンジャンジャン!!!
陸地って、やっぱりあったんだ。
よろこびを隠して難破船の乗組員たちが聞く。
「あ、そうですか!
発売予定は、のばしにのばしてきて3ヶ月後なんですが」
「はい。存じあげています。
その体制を6ヶ月後に組み替えないと、
つぎはぎになって、また先が見えにくくなりますから、
そうしましょう」
岩田さんは、平気で続ける。
「ここまで来たら、よけいに何ヶ月かのびることなんか、
大した問題じゃないと思います。
それよりも、これまでやってきたことが、
まったく無駄になることのほうを回避したいですよね」
その通りです。難破船乗組員たちは、うつむいた。
「もうひとつ。これは、ワタシのほうのスケジュールの
調整をしてみなくては何とも言えないんですが、
プログラムをゼロから組みあげるという方法ですね。
これも、制作期間はおなじくらいだと思いますが。
せっかくの前からあったプログラムを
いかしたいという意志が強いとすれば、
そうでないほうがいいんで・・・」
ははぁ・・・?
「期間はおなじ?!
岩田さんは、どっちを勧めるんでしょうか?」
「あくまでも、ワタシのスケジュールがある
という前提ですが、
前のプログラムに接ぎ木をして作っていった時には、
不具合が出たときのチェックが複雑になるので、
それが怖いということだけですね、ワタシとしては」

なんと無駄のない、なんと的確な発言。
「こ、この人についていこう」
ぼくら難破船の乗組員たちは、即答こそしなかったが、
こころは決めていた。

ここでこの回を終わりにすると、
岩田さんが「謎のクールガイ」みたいに見えちゃうけど、
もうくたびれたので、
続きを次回に必ずネってことで、ここまでにしときます。
おやすみなさい・・・。

1998-12-06-SUN

BACK
戻る