ITOI
糸井重里の脱線WEB革命

ぼくが引っ越しをした理由。
ドゥニーム探して90分。(その2)

「ドゥニーム」まで歩いていくのを決めたのはいいけれど、
ある程度は地図で場所の見当をつけておいたほうがいい。
クルマについているカーナビで場所を調べて、
それから歩けばいいと思った。
歩くと決めているのにクルマのキーを探すというのも、
ちょっとヘンだけど、いい感じだ。

クルマのキーをオンにして、
カーナビのスイッチをいれて、
「ドゥニーム」のあたりを検索した。
雑誌から書き写してきたメモによれば、
渋谷区千駄ヶ谷2−7−9。
カーナビが古いタイプだったせいか、
どのあたりなのかよくわからなかった。
ぼくの、ちょっといい考えというものは、
このようにつまらない結果になることが多い。
千駄ヶ谷にはちがいないのだから、
だいたいの見当をつけていけば、
近くに行ったらわかるだろうくらいの軽い感じで、
とにかく千駄ヶ谷駅のほうに向かって歩きはじめた。

もともと土地勘には自信がないので、
どうせ間違ってるだろうと思いながらも、
昔、村上春樹さんが
店をやっていたあたりだろうと
勝手に決めて、そっちへ進んだ。
店がある場所なんてものは、
だいたい決まっているものだ。
人にわかりにくいところにわざわざ
店舗をつくる経営者はいない。
だから、駅からそう離れていない場所に
ショップはあるはずだ。
たしか、あのへんにハンバーガー屋があったし、
あの近くだろう・・・あ、ちがったのね?

やっぱり。うっすら想像していた場所に、
運命のジーンズショップは存在してなかった。
だから、自分をあてにしちゃいけないんだ。
な、やっぱりはずれてたろう?
でも、大丈夫。ちゃんと住所は控えてきたんだから、
まず2丁目を探せばいいわけで・・・。
もう、家を出てから30分は経っていたろう。
近いぞと思うと、遠ざかり、
遠いと思ったとたんに近そうな数字が記された
看板が現れてくる。
そのうちだんだん暗くなってきた。
ぼくは、千駄ヶ谷という場所を
くまなく歩き回ってしまった。
歩いても歩いても、目的地は見つからない。
カミさんがいっしょにいたら、
もうとっくに電話をかけて
道順をたずねていたのだろうが、なにせ、ぼくは、
そういうことが気恥ずかしいというか、
面倒くさがりだし、
それにもうこれだけ歩いてしまったのだから
「当たり」をひくまで
がんばってやろうという、はまり道にはいりこんでいた。

計っていたわけでもないが、90分後、
とうとう「ドゥニーム」が発見できた。
歩くのをやめたとたんに、
どっと汗が吹きだした。
このショップを知っている人にとっては、
もう見なれた
景色なのだろうが、
黄色をベースにした店内に、まず目立つのは
いかにも輸入製品というデザインの電気洗濯機と乾燥機。
これは、なによりのメッセージだ。

買い物したばかりのジーンズは、
防縮加工をほどこしてないので
確実に驚くほど縮む。
だから、ふつうジーンズを買うときには
持ち帰って何度か洗濯した状態でショップに持っていって、
(もう縮まなくなった状態のものを)
裾上げしてもらうものなのだが、
この「ドゥニーム」では、たぶんアメリカ製の洗濯機で
暴力的なまでに洗って、
いかにも工業製品という外見の乾燥機で
過酷なまでの熱風をくぐらせることで、
「売場」で縮ませる過程を済ませてしまうのだ。

しかも、店の人は自分のところのブランドの布地が、
どれくらいの収縮率であるかを熟知しているので、
客は買いたての「ごわごわの更のジーンズ」を試着し、
そのままの状態で裾上げの長さを決定し、
料金を支払ってその日は帰ることになる。
残されたお買いあげジーンズは、
店員の手でまず裾上げのミシンをかけられ
(ユニオン社製の古いミシンによる
チェーンステッチでないと
いけないんだな、これが。
ああ、おれもうるさいなぁ)、
洗濯され乾燥機にかけられ、
ごわごわでくしゃくしゃになった状態で、
持ち主が取りに来るのを待つ。

洗濯の解説している場合じゃないのに、
つい指が動いてしまった。
ま、そういうふうな店に、
やっとたどりついたということだ。

店をきりもりしているのは若い店長で、
どんなに忙しい日でも、2人か3人でやってるらしい。
店員の商品知識は、
絶対的に必要なのだが、商品の種類が
たくさんあるわけではないので、
個別の商品についての知識よりも
「ジーンズ全体」についての
教養みたいなものが大事になる。
しかし、これについては、
もともとジーンズ好きな人を
雇っているのだろうから、
そう難しい問題でもなさそうだ。

ぼくは、じぶんのジーンズを買いに
来たつもりだったのだが、
店の人との会話のなかで、
「じぶんが求めている種類のものは、
いま品切れであるので、
入荷したら連絡をもらう」ということになった。
店員も、なければ他の似たようなものを売ればいい、
とは考えていないらしい。

便利で買いやすいということを、
商店の繁盛の条件であると
考えるならば、「ドゥニーム」は、
決定的に失格である。
店の所在地はわかりにくい。
買い物した商品は、その時に持って帰れない。
さらに、言わなかったけれど
値段だって安いわけではない。
店頭に商品の在庫が少なく、品切れも多い。
しかし、ぼくは、
このショップすっかり好意を持ってしまったのだ。

商店として、商品として、
いままでの「よい」の基準を
満たしていなくても、
この店には「なにがしたいか」
という動機がある。誰にでもたくさん売って、
いっぱい儲けるのが、
いわゆるビジネスの目的であるとすれば、
この店はビジネス的には
失格なのだということになるのだろう。
しかし、いままでの「よい」とちがうタイプの「よい」が
あってもいいじゃないかというメッセージが、
迷い道の先に見つけた
ジーンズショップにはあったのだ。

ぼくは、よろこんだ。ジーンズは買えなかったけれど、
ここにたどりついてよかったという気持ちを
大切にしたくて、
子どもの誕生日にプレゼントする
デニムのシャツを買った。

帰り道は、いいコンサートから帰るときのように、
いまあったことを思い出しながら歩いた。
特別に強烈な印象が残ったのが、
「ドゥニーム・千駄ヶ谷店」
というショップの、地理的な不利さだった。
ぼくのような方向オンチが
1時間以上も探したことについてはともかく、
あの場所では、
「どうしてもドゥニームで買い物したい」という
はっきりした動機のない人は来てくれないだろう。
いや、しかし、ぼく自身は、
そのことを少しもいやがっていない。
あんな場所じゃ商売にならないよ、と思うのは、
「客以外の人たち」だけなのではないだろうか。

このことに気づいたとき、
「すっごくまずい俺」が発見された。
時代が変化していることを、
ちゃんと感じとれていなかったのだ。
「丸井はみんな駅のそば」は、
ある時代の新鮮なキーワードではあったけれど、
土地代の高い駅のそばに出店して、
高い家賃を回収しようと思えば、
なんらかのコストを下げなければならない。

不特定の多数が群がる駅の近くに
店を出して成功するタイプの

ジーンズ
そのころ買った
ドゥニームのジーンズ。
毎日はきつづけて今にいたる。

ビジネスと、
そうでないビジネスがあるはずなのに、
いまだに駅前に代表される繁華街に拠点を置きたがる
考え方が、 吟味されないまま古い人間のアタマのなかに
残っているとしたら、これはかなりヤバイ。

地下鉄「表参道」の駅から、
歩いて5秒みたいなところに、
ぼくの事務所はあったのだ。
世間話のときに、「ここは便利ですよねぇ」
なんて言ったり言われたりするのは、
悪い気はしなかったが、
そのために広告制作会社が駅のそばにあるってのは、
ちょっと馬鹿馬鹿しいんでないかい?
いや、バカなことをするのは
好きなのだが、「駅のそばで便利」という
古くさい考え方をそのまま放置して
長いこと生きてきたというダサさが、いやだった。

「ドゥニーム」に、負けた。
ぼくは、ドゥニームというジーンズショップの
たぶん若い経営者に、戦わずして負けていたのだ。
時代の変化にマッチした
新しい方法を考えようともしないで
「駅のそば」に事務所を持っていたような広告屋が、
ドゥニームの宣伝戦略なんて提案できるはずがない。
ま、そんな仕事があるわけではないんだけれど、
時代はそっちの方向に向いているのだから、
そのくらいに思っていた方がいい。

ぼくが、
変化しつつある時代と、
進化している「野球というゲーム」について
考えようともしないで、
パワーや才能を金で買ってきては
「泥縄野球」を毎年くりかえしているように見える
「長嶋監督の巨人というチーム」に
いらだちを感じているのは、
「自分の近過去のダサさ」への
怒りが原因になっているのだ。

一挙にまとめにはいるけれど、
そんなわけで、ぼくは引っ越しを心に決めた。
駅のそばを捨てることで、
なにが失われてなにが得られるか、
バランスシートがあるわけではなかった。
でも、次の試合は、草むしりや石拾いからはじめるような、
広くてワイルドなグラウンドからだ!と想像すると
なんだか胸がわくわくした。

っと。なんだか矢沢永吉「成りあがり」
みたいな文体になってしまいましたが、
これでやっと引っ越しの説明が完了いたしました。
この話が1997年の10月のことでしたから、
まだ1年も経ってないわけだーね。

次回は、なにを書くかまだ決めてない。
このページは、読者がひとりもいなくても、
いろんなことを忘れないようにするために
書き続けます。

1998-08-27-THU

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