HOBO NIKKAN ITOI SHINBUN

いまは走れば、
いいんじゃない?
<対談> 水野良樹(いきものがかり)× 糸井重里
7.球場を出るとき。
糸井
だけどいま、音楽家は大変ですよね。
選挙に例えるならば、
投票率が低くなっているなかで
やっているわけで。
水野
そうですね。いまはそれこそ
球場がなくなるかもしれない状況なので。

音楽界って、たとえばこれまでは
あるルールのなかでの
勝った負けたで喜べていたわけです。
野球でいえばどっちが2本打った、
3本打ったかみたいなことでよかった。

だけど、いまは
「そもそも球場がなくなりそうだ」とか、
「お客さんを集めるために塁をふやそう」
みたいな方向になったりしてる。

それでぼくもいま自分が何をすべきか考えていて、
自分がやるべきかもと思っているのが、
すごくおそろしいことなんですが、
「球場を出ることかもな」と思ってて。
糸井
ああ。
水野
自分はもう、これまでの球場を出て、
まったく違う新しいタイプの球場を
作らなければならないんじゃないか。
そんなふうに感じているんです。

具体的に何ができればいいかは
ハッキリと考えついてはないんですけど。

いまはインターネットがあって、
どんどん音源や映像を公開して、
というのが当たり前のなかで、
ぼくらの「いきものがかり」は
ずっと旧来勢力側でいるというか、
いまだに「CDを売る」ことがメインで
やってきているグループなんです。

そして、球場を出ないことには
ずっといまのルールでやるしかない。
だからこそ、いまの球場を出たほうが
いい気がしているんです。
糸井
なるほどね。
水野
糸井さんが、広告業界から出て
「ほぼ日」をはじめるときの
心境ってどうだったんでしょう?
糸井
「放課後でいいから、自分がいま
いちばんおもしろいと思うことをやってみよう」
あたりでしょうか。

ぜんぶ投げ出して一気に行ったわけではないです。
ぼくは「ほぼ日」を作ったときには
まだ広告の仕事をしていましたから。

親鳥とヒナとの関係というか、
ほぼ日というヒナがありつつ、
親鳥として、広告の仕事もしてたし、
ゲームの印税もあったから。
水野
ちゃんと稼ぐお父さんがいたという。
糸井
そうですね。
ただ、成長真っ盛りのヒナのほうが、
圧倒的におもしろいわけです。
だから「どうすればいいんだろう?」
と思いつつ、
お父さん側の自分は
「ヒナは潰れても仕方ないのかな。
でも俺は潰さないぞ」
と腹を決めて、稼ぎに行っていました。
水野
そうなんですね。
糸井
で、食べていく方法を思いつかないまま
やっていた時期がしばらくあって、
そこから「ぜんぶほぼ日にしてしまえ」
という時期がくるんですよ。
そこから必死さが変わりますよね。
自分がサボったら、すべてが倒れるわけで。

そのときもまだ、どう稼ぐかは
ほんとに思いついてなかったけど、
どこかで「もう前のところにいるのは嫌だ」と
本気で思ったんですよね。
だから、そっちに行ったんです。
水野
やっぱり、思ったんですか。
糸井
思ったんですよ。
広告の世界でみんなアイデアがないまま
きゅうきゅうしてるのが見えて、
ここにはこれ以上いたくないな、と。

あと「ほぼ日」をはじめたときは、
「誰々が悪口を言ってますよ」
みたいなことを言いにくる人がいたり‥‥。
だけどそれ、余計な御世話だよ(笑)。
水野
そこは強気ですね。
糸井
強気かもしれないね。
そこはやっぱり言ってくる人たちより
自分のほうが本気で考えてたから。

たとえば
「やりはじめるとギャラがいらない人としか
付き合えないから、
家賃の安いところに引っ越そう。
そして、その人たちにお金が払えない代わりに
ごはんの用意だけしよう」とか、
そういう具体的なことからひとつひとつ、
一所懸命考えていたんです。
水野
ただ、そうやって、自分の気持ちに
正直になって動きはじめたら、
悲しむ人が出てきませんか?

というのが、ぼくにもいま、
そのヒヨコにあたるものがあって、
そっちに行くとえらい目にあうのもわかりつつ、
ぜったい楽しいんです。 
ただ、同時に悲しむ人や傷つける人が
いるよなと思う気持ちもあって。
糸井
誰も傷つけずにその道を進むのは、
できないですよね。
水野
そうなんです。
誰も傷つけないで生きていくことは
難しいよなと思ってて。
糸井
とはいえ、その思いが自分の進む道を
ねじ曲げないほうがいいですよね。
「この人たちを傷つけるから、
ぼくは動けなかったんです」
というのは、大人として失格だと思います。
水野
そうですね、相手にも失礼ですし。
糸井
うん。だからそこは、
「そんなふうに悲しませてしまうなら、
じゃあ、そのとき何をできるか」
を考えたほうがいいんじゃないかな。

そういうどっちに行っても傷つける状況のとき、
ぼくがいまのところ
「自分ならこうしよう」と思っている答えは、
「傷つけたほうに、米俵を抱えて持っていく」
というものなんですけど。
水野
米俵を(笑)‥‥深いなあ。
糸井
米俵と野菜のセットを、みたいな(笑)。
なんとも言えないんだけど、
そういうことだと思ってますね。
いろんな整理の仕方があるけど、
なんにしても整理は本人にしかできない。
そのときぼくは、
誠意の限りの米俵を持っていこうと。
水野
なるほど‥‥。
そういえばぼくは結婚前に
人と接するときに、
「傷つけたくない」という都合の良い思いから、
あいまいな態度をとったりする、
いい加減さがすごくあったんです。

‥‥なんだこの反省会みたいな感じは(笑)。
糸井
ちょっとおもしろいけどね(笑)。
水野
そのとき、うちの妻が
ちゃんと怒ってくれたんです。
「私はそういうことはいやです」と。
彼女は正直に主張してくれた。
そのときぼくは、
「正直に主張してくれることって、
すごく尊いな」
と思ったんです。

それまで、ぼくがいろんなひとに
言われてきたことばって、
「何を考えているかわからない」
だったんですよ。
糸井
ああ。
水野
極端に言えばぼくには
「お互いに主張すると相手を傷つけるから、
主張はしちゃいけないんじゃないか」
みたいな気持ちがあったんです。

だけどそんなふうに、
「思いやり」だと思って言ってなかったことで、
いつもダメになってて。

「言ってくれることで関係が前に進むんだ」
そのことが自分には大きな気づきになって。
糸井
いい先生だね。
水野
ほんとに。

でも、ひとと付き合うことに限らず、
作ることにしても、
「自分が楽しいことややりたいことを、
ちゃんと言わなくちゃ、ダメじゃないか。
実はそれがいちばんみんなに
誠実なんじゃないか」
そう思いはじめて、
ぼくはいま途上にいるんです。
糸井
それは言ってもらって、よかったですね。
水野
はい、ぼくは彼女がそんなふうに
主張してくれたことで幸せになったので。
糸井
あと、自分のエゴを味方に
つけられないことって、続かないですよね。

自分の「これが好きなんだ」とか
「俺はこう気持ちいいんだ」を
まったく無視をしたままだと、
いろいろ続けていくことはできない。
それが1番ではなくても、
すくなくとも3番目くらいのところでは
大事にできていないと。

自分のそういう気持ちをまったく無視して
我慢を続けられる人もいないことはないけど、
それはやっぱり、その我慢のなかに、
快楽があるんだと思うんです。
水野
わかります。
その快楽がゼロだという嘘は
つきたくないですね。
(つづきます)
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2016-10-31-MON