楽しきこともなき人生に、 いかがですか、ご馳走は。  堺雅人さんと、満腹ごはん。
第7回 ぼくはタバコ屋の看板娘。
糸井 役者みんなが『南極料理人』を経験したら、
観客席に対する敬意みたいなもの、
ポップコーンつまんでる人たちに対して、
「お前、ちゃんと見ろよ」じゃなくて、
「いや、ありがとね。おいしい?」みたいな、
その関係がもう1回生まれるような気がして。
最近、そういうことがよくわかるようになってきたの。
へ〜え、おもしろいな。そうか!
糸井さん、昔一緒に京都行った時に、
釣りを始めた云々のときの話で、
「このままだと、
 なんか嫌なジジイに
 なっちゃいそうだったんだよ」
っておっしゃったのを、俺、すごい覚えてて。
糸井 ああ〜。
ぼくもまだ35で、全然35なんですけど、
このままずっともし行ってったら、
あるふとした弾みで、自分で自分のこと、
「あれ? 嫌なジジイかも」って
思うかもしれないなって、ちょっと思ってて。
糸井 うーん、それはね、
人にも何回も質問したことあるんだけど、
そう思う人は、ならないみたいね。
そうですか。
糸井 そういうことが気になる人はならないみたい。
堺くん、大丈夫だよ。
全然大丈夫だと思うよ。
ありがとうございます。
糸井 で、嫌なジジイもね、
思えば俺も心配したけど、大丈夫かもしれない。
自分の本当の力を発揮できるっていう場所が
減っていくんです、年取ると。
今日も、さっき会ってた人は
「65を過ぎると、人はばったり
 仕事頼んでこなくなるぞ」って
山口瞳さんに言われたって言ってたんです(笑)。
(笑)へ〜え。
糸井 「60はあるんだけど、65を過ぎると、
 人はばったり頼まなくなるぞ」って言われたって。
で、山口瞳さんは
「俺のことだけだと思うかもしれないけど、
 吉行淳之介だってそうだ」って言ったらしいですよ。
仕事って知らず知らずに、
相手との関係で決まるから、
偉い人の所に訪ねてくる
20歳の子なんかいないんですよね。
「堺雅人、俺、20歳の時から知ってるんだよ」
って、その20歳の子に
紹介してくれるおじさんがいたとしても、
その人も引退すると、
「堺さんって偉すぎて、ぼくはちょっとね」
ってなるんです。
うんうんうん。
糸井 そうすると、もう仕事ないんですよ、きっと。
ですね。
糸井 で、あらゆる世界でそういうことがあるわけで。
まあ、景気も関係するし、
年取った時に自分の仕事する場所っていうのは、
自然に減っていくんだと思うんですよね。
で、減っていってない振りをしなきゃならない、
っていう見栄の張り方があるわけで。
うんうん。
糸井 みんなそういう顔してるんですよ。
本当はなくなりますよ、自然に。
老衰のように。
ただ大事にしてくれる人っていうのは
混じってるから、
どこかの顧問をしたり、
先生って呼ばれながら、
「一応見るだけ見てください」
っていう仕事はあるかもしれない。
でも、その人は、
偉いっていう印をあちこちに残すための仕事を
しないといけないんですよね。
うんうんうん。
糸井 で、それ、俺は嫌だなあ、と。
現役感があって、若い人と平気で、
「よーい、どん」って競争できたり、
「俺はかなわない」って言ってみたりっていうのを
正直に言うには、もう俺の場はなくなるな
っていうのを先のことで考えたんですよ。
で、偉ぶって、
「なんでハイヤー来ないんだ」
っていうような形で
自分の顧問料を下げさせないみたいにする
テクニックは俺にはないから。
ないし、嫌だから。
うんうんうん。
糸井 そっちに行かないようにするには、
どうしたらいいだろうっていうことを、
もう心配しとこうと思ったんですよ。
その時、40?
糸井 43、4で。
で、さあ、大変だと思って、釣りを始めたの。
始めたら、何もかも準備全部自分でしなきゃならない。
釣りの現場では誰も俺を大事になんかしてくれない。
(笑)うん。
糸井 で、大会なんか出ると、
本当によく語ることだけど、
朝早くから待ってて、順番にゼッケン貰って、
俺の前にいるのも学生だし、
その前にいるのは高校生かもしれないし、
じいさんいるし、みたいな所でゼッケンして、
「はい、1,500円ね」って払って、
「よーい、どん」って言って出ていって。
で、勝ったり負けたり、
釣れたり釣れなかったり、
全くみんな同じですよね。
そうですね。
糸井 で、釣れなかった時には、本当に悔しい。
釣りで、大学生の兄ちゃんと一緒に
悔しがったり泣いたりしてるっていうのが、
なんか、戻してくれたんです。自分をね。
あ、ここからできるじゃんって思ったの。
で、運転もぼくは自分ですから、
陽に灼けた目玉とかって、
涙が出てしょうがないんですよ。
へ〜え。
糸井 1日中釣りしてて、
帰りはもう泣きながら帰ってくるんです。
(笑)。
糸井 疲れてて眠いし、渋滞だしって、
もう40いくつの人がやってるわけだから。
で、友達連れて行く時には、
道具の手配とかするわけじゃない?
全部自分でやってるっていうのは、
趣味だからできたんですけど、
「俺、できる」って思って。
で、仕事でも、地面から1個ずつやっていくことが
できるなと思って、インターネットを始めたんですよ。
つながってるんですね。
糸井 釣りを本気でやったおかげで
平気で若い子に「バカ」とか言い合える関係を
もう1回持てるようになって。
あれやってなかったら、俺の年だと
もう本当に顧問ですよね。
よくまあ、先達が、
「山は登るのは簡単だけど降りるのは難しい」
って言うけど、本当にそう。
落下傘つかって一気におりでもしない限り。
ほぉー。
糸井 みんな難しがってますよ。
それは役者でもそうですよ。
だって、人気者になるし、
偉くなるに決まってるもん。
そうですね。
糸井 「こんにちは」って言うと、
「キャーッ」とか言われるわけですね。
戻れないんだもん、それ。
で、「キャーッ」って言った人に
怒ってもしょうがないし。
(笑)ねえ。映画の舞台挨拶なんて
「キャーッ」って言ってよろこんでもらうために
挨拶してるわけですから。
糸井 そうそうそう。そうなんですよ。
で、そう、諍いとか起こってたりね。
「私は何の時代からファンでした」とかね。
「まあ、まあ」なんて言って。見苦しいよね。
そうですね。そういう人たちの期待で、
やらなくてもいいダイエットとかしたり、
「俺はいいけど、俺のファンが許さねえ」
なんて言うようになったりしたら‥‥
糸井 下手したらなりますよね。
でも、それはそれで、
本職の外側にある仕事ですから、
それは仕事ですよね。
でも「そこは降りる」っていう仕事は、
ないんですよ。
ふ〜ん。
糸井 例えば作家が本を書かずに講演を始めた、
なんていう時は、
それは降りてるんだろうか、
降りてないんだろうか、わからないですよね。
降りながらの講演会もあるかもしれないですよね。
降りながら講演、そうかもしれないですね。
純喫茶が焼きうどん始めた、
みたいなもんですよね。
糸井 見事だなと思うのは、谷川俊太郎さんが、
息子さんの谷川賢作さんと一緒に
詩を読んでピアノ弾くっていうのを、
楽しんでやり始めた。
「ぼくはタバコ屋の看板娘の役だ」って言って。
もう見事ですよね。
詩集も出してるし、
『LIFE』にも原稿書いてくれたりするし、
本気でやれることばっかり探してるんですよね。
そういう例を見てると、やっぱりいいなあ、と。
うーん!
糸井 先達の中にはやっぱりそういう
キラッと輝くものがありますよね。
現役感というかね。それはそうですよね。
糸井 役者はもう上がるに決まってるタイプの職業だから、
変ですよね。
誰かの言うことを実現するっていう商売ですからね。
この話は、堺くんに、
追跡調査で聞いてみたいですよね。
あの頃こう言ってたけど、
今こう思ってます、とかね。
(笑)そうですね。
糸井 日記とかつけておいて欲しいですよ、本当に。
だんだん年取るに連れて、
文体がしっかりしてくるんだろうな。
志賀直哉みたいな文章に
なってくるんだろうな、きっと。


(つづきます)

2009-08-25-TUE


(C) HOBO NIKKAN ITOI SHINBUN