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2017-09-22

おしらせ

糸井重里が毎日書くエッセイのようなもの今日のダーリン

・じぶんの「ほぼ日手帳」に「スケジュール」がない、
 というさみしさを訴える人がいる。
 「じぶんが、だれからも求められていない」
 ということを、感じてしまうのだという。
 「スケジュール」がいっぱいであると、
 誇らしげに言う人もいる。
 「わたしは、たくさんの人に求められている」
 ということを自慢に思うのかもしれない。

 ぼくも、ある時期、そういう気持ちがあった。
 さみしさを感じた経験もあったし、
 誇らしげな気持ちを持ったおぼえもある。
 「超売れっこですもんね」「いやいや、それほどでも」
 なんて会話を、たしかにしていたようにも思う。

 しかし、いまになって、気づいてしまった。
 「スケジュール」がないということも、
 「スケジュール」がいっぱいあるということも、
 実はどちらも同じ意味を持っている。
 じぶんが「求められている」ということの主人は、
 実はじぶんじゃなくて、求めている側の人なのである。
 さみしくなるのも、自慢に思うのもじぶんだけれど、
 それはどちらも他人しだいで決まるものなのだ。
 「スケジュール」とは、基本的に受け身なのである。

 「スケジュール」というのは、
 他人との約束を書きとめたものである。
 ひどい言い方のようだけれども、
 「あなたをその時間にしばりつける約束」だとも言える。
 だから、仕事の「スケジュール」がいっぱいだとしたら、
 それは、「求められている=命令されている」
 ということでもあるのだ。
 「3時から何某さんに会って3時20分に誰それと会議だぞ」
 と、「スケジュール」は、あなたに命令をしている。
 それによく応えられるじぶんは、たしかにエライけど、
 それでさみしがったり自慢したりすることじゃないよね。

 じぶんで、「こうしたい」ということを思いつくか。
 じぶんを主人にした「たのしみや思い出」を、
 のびのびと描けることが、大切なことなんだろうなぁ。

今日も、「ほぼ日」に来てくれてありがとうございます。
「売れっこ」とは、走り回らされる着ぐるみのアイドル。


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