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2017-08-22

おしらせ

糸井重里が毎日書くエッセイのようなもの今日のダーリン

・「ほぼ日」は、乗組員たちが、よく雑談をしている。
 そういうことが、だんだん知られてきています。
 ただ事実だから、乗組員たちも外の人にそう言ってます。
 でも、「さぁ、雑談をしなさい」とかはありません。
 ごく当たり前の世の中のように、社内がそうなんです。
 どこの世界でも、人間と人間とが話をするとなったら、
 「用件のみ」だけで、それ以外のことはしゃべらない
 なんてことはないでしょう。
 ミーティングだとかの場面でも同じだと思うのです。
 「こんど超深海の番組があるんだって?」とか、
 おなじみ「髪、切った」とか、ちょっと話してますよね。

 この、雑談をする、ということに功と罪があるとしたら、
 「罪」のほうは「話すべき本題のじゃまになる」ですね。
 でもねぇ、まじめくさって本題に関わることばかりを、
 いくら話しあっていたって、どんよりするばかり
 ‥‥というようなことだってよくあるわけです。
 いいじゃんねぇ、少しくらい横道にそれていたって。
 そして、功罪の「功」は、話しあうべきテーマに、
 雑談が混じることでたくさんの補助線が引かれたり、
 予想とは別の関係が見つかって豊かな解決につながる。
 また、別の問題が語られるときへの、ヒントが生まれる。
 なんてことが、言われているようです。
 それも、おおいにあるだろうとは思います。

 ぼくが、そういうこと以上に大事だと思っているのは、
 「雑談は正直だ」ということなんですよね。
 話す「べき」テーマでもないのに、ついつい話す内容は、
 「ほんとに思っていることばかり」なんです。
 じぶんの思いや考えを、じぶんの口から、
 じぶんのことばで発していて、損も得もなく、
 しゃべっていることそのものがたのしい、これが雑談。
 話す主体が「正直なじぶん」であるような流れで、
 ミーティングが進むのが、なによりだと思うのです。
 さまざまなコンテンツや、しくみのことについても、
 「雑談」をするときの正直さで、
 じぶんのことばで話すのは、とてもいいことなんです。

 「じぶんらしくある」というと難しそうに聞こえますが、
 雑談をしているときのあなたは、じぶんらしいですよ。

今日も、「ほぼ日」に来てくれてありがとうございます。
それはそうと、夏休みの終りそうな子どもみたいな日々よ。


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