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2018-02-20

おしらせ

糸井重里が毎日書くエッセイのようなもの今日のダーリン

・じぶんが若いときに、
 年上の方々から助言をいただいたことで、
 「そうかもしれない、言うとおりにしてみよう」
 と思えたことばは、「消極的に見える」方法が多かった。

 いまでも憶えていることばをあげてみよう。
 ひとつは、前にも書いたはずだけれど、もう一度。
 コピーライターの学校の講師の先生が、
 どうしても出られない授業があるので、
 「代打でイトイくんやってくれ」と頼んできた。
 ぼくには先生役の経験なんかないし、
 どうしていいのかわからない、
 「行き詰まってしまったらどうすればいいんですか」と、
 困惑したまま質問したら、
 「黙っててもいいし、寝ちまったっていいからさ、
 なんとか終わるまでしのげばいいんだよ」と言われた。
 「しのげ」、わけわからないけれど、
 このことばのおかげで、すっかり楽になった。

 もうひとつは、状況を細かくは憶えていないのだが、
 答えだけくっきり憶えているケース。
 「どんなに朝日が見たいと努力しても、
 夜のうちは太陽は出てきてくれないんです」というもの。
 あまりにもその通り過ぎて、がーんとなった。
 いまも、もちろん、よく思い出す。

 まだある、若いときに先輩から、お叱りを受けたとき。
 ぼくのことばの使い方がまちがっている、という。
 雑誌に書かれてしまったのだけれど、
 よくよく調べたらその指摘のほうがまちがっていた。
 「どうやってやっつけてやろうか」と思っていたが、
 嵐山光三郎さんに「おまえが謝るんだよ」と言われた。
 その上で、正しいと思ったことを言えばいい、と。
 顛末は省略するけれど、叱った先輩とは、
 その後、ちゃんとしたいい関係になった。
 あんな高等テクニックは、ひとりでは考えつかない。

 若い人で、これを読んでいる人がどう思うか知らない。
 しかし、若い人だったぼくが若くなくなって、
 こんなことを記しているのは小さな親切のつもりかな。

今日も、「ほぼ日」に来てくれてありがとうございます。
父親は、「どうしょうもないときには寝る」と言いました。


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