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ほぼ日刊イトイ新聞

2024-04-17

糸井重里が毎日書くエッセイのようなもの今日のダーリン

・近々、夏井いつきさんにお会いするので、
 下ごしらえのような「べんきょう」をしている。
 前に、夏井さんの本は一冊読んでいて、
 とてもおもしろかったのだけれど、
 いま読んでいる本もまたおもしろいから
 「べんきょう」とか言っても、実はたのしんでいるだけだ。
 「俳句を学ぶということについて、学ぶ対談」
 というつもりだが、その予習がすでに「学ぶ」である。
 先日もここで、「学ぶ」には「あそぶ」と、
 「遊ぶ」には「まなぶ」とルビを振りたいと書いたが、
 そんな気持ちは、日に日に強くなっている。

 スポーツをやっている小学生が、まだ力が足りなくて
 補欠をやっているとしたら、正選手になれるようにと、
 いろんなことを学んでいることだろう。
 正選手になったら、もっとおもしろいことを学べる。
 さらにすごい選手になると、さらに見たことのないことを
 学べるようになるから、きりがないのだが、
 そのきりのなさを味わうのは、とてもたのしいことだ。
 アイドルになりたくて、歌や踊りを学んでいる人だって、
 学んで見えてくるものがどんどんクリアになっていくのを、
 きっと苦しんだりもしながら、たのしんでいるのだろう。
 ゲームに夢中になっている子だって、それは学びの連続だ。
 帰宅部の生徒にしても、なにか学べることがあるなら、
 きっと家でそれをやりたいにちがいない。

 生まれてすぐから、いろんなことを学びはじめた人間は、
 死ぬまで学べることがあるので、人生がおもしろいのだ。

 ぼくは、いままでずっと「俳句は苦手です」と言ってきた。
 短い文を扱うことは職業としてもやってきたはずなのに、
 じぶんではほんとうにできないし書けないのだ。
 昨日、夏井いつきさんの本で知ったこんな句がある。
 教科書にも載っている有名な俳句だということも知った。

 じゃんけんで負けて蛍に生まれたの (池田澄子)

 ほんとにいろんなことを思う、かわいくてしょうがない。
 これをつくれる人と、その句に共感する人がいる。
 こういう世界って、なんだかとてもいいなぁと思っている。

今日も、「ほぼ日」に来てくれてありがとうございます。
「じゃんけんで勝って蛍に生まれたの」と思って、笑う。


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