HOLAND
オランダは未来か?

「ホ〜!ラント」第18回目
【トム・ホフマンインタビュー】その2
その1を読んでいない方は、そちらからどうぞ。

オランダの名優トム・ホフマンのインタビューの
続きをお送りします。
このインタビューは4回に分けて掲載します。
長いご無沙汰をしてしまったので、
この連載についてちょっと説明します。
この連載は「オランダという国はなんか変なところが
多くて気になる。ひとつ色々な人に聞いてまわってみよう」
という動機から始まっています。
私はヨダと申しますが、
いわゆる一般ぴーぷるで中年で少しでぶ、
「ほぼ日」の花園に咲く一輪のイヌノフグリです。
私はイヌノフグリだけどこの連載は面白い、
インタビューする人たちが魅力的だからです。
お縄パフォーマーのツバキさん、
イアン・ケルコフ監督に続いて、
トム・ホフマンのインタビューを掲載しています。
この人たちの語る言葉を聞いてほしいと思います。

トム・ホフマンの印象は、彼の主演する
『シャボン玉エレジー』(今年11月、日本公開予定)の
監督イアン・ケルコフとは対照的です。
ぎらぎらした抜き身のダンビラのような
イアン・ケルコフに対して、トム・ホフマンは
穏やかで知的で女子大生が夢中になる若手の
教授のようです。
イアン・ケルコフが宮本武蔵だとすると、
トム・ホフマンは吉岡清十郎。
(参考文献:井上雄彦作画「バガボンド」)
しかしこの対照的なふたりは、映画について
人生について深い相互理解で結びついている
盟友のように思えました。
そのホフマンさんに今回はオランダの社会について
聞いています。ではどうぞ。

この映画のテーマが、オランダ社会とはあまり
関係がないことはわかりました。
けれど私は今オランダの社会に興味を持っているんです。
私を含めて日本人は、おっしゃる通り400年の
長い関係をオランダと持っているんですが、
現在のオランダ人がどういうことを考え
何を感じているかについて何も知らないに等しいんです。
この機会に、オランダ人であり
国際的な俳優でいらっしゃるトム・ホフマンさんに、
現代のオランダ人やオランダ社会について
質問させていただきたいのですが。
Hoffman オーケー。質問してください。
ありがとうございます。ではお聞きしますけど、
ホフマンさんは『アムステルダム・ウェイステッド』で
DJカウボーイの役を演じられましたが、
あの映画にはヨーヨーとDDという女の子達が
出てきますね。とてもドライな若い世代の女性達です。
最初は優位に立っているようにみえたDJカウボーイは
結局彼女たちに尻の毛まで抜かれるような羽目に
陥りますね。そのシーンに現代のアムステルダムの
世代間の感覚の違いが感じられて面白かったんです。
ホフマンさんは現在のオランダの若い世代を
どういうふうに見ていますか?
DJカウボーイはホフマンさんより
年上の設定だとは思うんですけど。
Hoffman 私は41歳ですから、DJカウボーイと
ほぼ同世代と言えますね。私たちはビートルズや
ローリングストーンズに影響を受けた世代です。
私の世代の青春時代は1960年代なんですが、
その時代は自由についての様々なマニュフェストが
行なわれた時代でした。
今の1990年代の若者たちも一見似ているようですが、
実際はとてもエゴイスティックになっているように
思えます。また彼らを取り巻く文化にも、
本物が少なくなって多くのニセモノに
囲まれているような気がします。
もうひとつの大きな世代間の違いは
社会状況の違いでしょう。
1960年代は経済的な成長期でした。
今はその成長が全部止まってしまって
下降し始めています。
ですから今の若者たちはそういう社会状況に失望して、
今日を楽しく生きればいいというように
刹那的になっています。
日本では若い世代の人たちは
小さい頃から豊富な商品に取り囲まれて育っていて、
その結果退屈するというか、無気力を感じてしまう
という状況があると思います。
オランダでも似たようなことがあるんでしょうか?
Hoffman オランダの若者達には精神的な問題や
政治的な問題への関心もなくなってきています。
国家や社会の一員であるという意識も希薄です。
ですから今はドラッグが若者たちの
唯一のつながりになっているのでしょう。
若い人たちは自分のことにしか
興味がなくなっているんです。
私の個人的な感想を言うと、日本の若者の方が
オランダの若者より好きです。
なぜなら他人に対する信頼とか尊敬というものが、
まだ日本の若者の方に残っていると思うからです。
ドラッグの問題もまだ少ないし、
自分を破滅させていく者も少ない。
日本のほうが良いところがあります。
東京の町を歩いていると、
アムステルダムに比べてもっと精神的に
希望がある感じがします。
これはけしてお世辞で言っているわけではないのです。
それがイアン・ケルコフと私が、
東京で一緒に仕事をしようとした
理由でもあると思います。
日本人の私の方から見ると、
日本人は歴史的に「お上」に対して黙って
されるがままになっていたのに対して、
オランダ人は市民が集まって様々な決定を
行なってきた歴史があると思うんです。
オランダの人たちは、社会的な問題に対して
みんなで参加しよう、とか解決しようという
意識が日本より高いと思うんですけど。
Hoffman それはそうだと思います。
でも今のオランダの若い世代では、
そういう社会意識も崩れ始めているんですか?
Hoffman 政治的な事柄には、たぶんあまり
関心がないと思います。
日本とオランダの違いで感じたのは、
日本の方が男と女の関係がうまくいっているという
印象があることです。
えっ! そうなんですか?
Hoffman これは聞いた話なんですけど、
日本の男性にとっては結婚の対象として考える女性が
料理が上手かどうか、ということが
とても重要な事柄だそうですね。でももし
そういう話題がオランダの女性との間でのぼったら、
相手の女性にひっぱたかれてしまうでしょう。
私には過去10年くらいつきあっていた
ガールフレンドがいたんですが、
彼女はその10年の間一度も、
自分の部屋で手料理で私をもてなしてくれたことは
ありませんでした(笑)。女性がみんな
ビジネスマンになってしまっているんです。
デートをしても最初に男がお金を払ったら、
次は女性が払います。
はー。対等というのはいいことですけどね。
Hoffman オランダでは男女がいろいろな意味で対等で、
サラリーとか権利とかにおいても全部平等です。
それが日本ととても違うような気がします。
例えば日本ではどういう映画監督が好きか? という
アンケートがあったとすると、
たいてい男の監督があげられますね。
オランダではもう半分くらいの映画監督が
女性になっています。
今、私には日本人のガールフレンドがいます。
日蘭の400年の友好の歴史が私達の中で
続いているわけです(笑)。
そしてそのガールフレンドは、
私が彼女を対等に扱っていることに
とても感謝してくれています。
日本でも色々な意味で男女が対等になりつつあります。
それはいいことだと思います。
ただ、問題が生じてくると思われるのは家庭の中です。
日本は外国に比べると、母と子の結びつきが
非常に強い母子密着型の親子関係が続いてきたんです。
従って密着した母親のイメージが
日本の文化の中に隠れた形であると思うんですよ。
Hoffman おっかあ?
そうそう! おっかあ、です。
さすがによくご存知ですねえ。
それが今急激に崩れ始めていると思います。
その崖崩れみたいな中で育っていく若い世代の抱える
心の問題が、日本の中で大きな問題に
なってきているという気がするんです。
Hoffman その点についても、オランダのほうが
良い状況にあるようには思えないですね。
私は今のオランダの若者達の多くは
心が損なわれていると思います。
両親の離婚を経験している者も多いです。
そしてセックスのモラルもとても低い。
みな基本的に寂しくて不幸です。
生活の中にしっかりとした規範が
なくなってしまいました。
あったかい家庭の一体感みたいなものが
日本では壊れ始めているけど、オランダではもっと
崩壊が進んでしまっているんでしょうか?
Hoffman 家庭生活も、都市生活もですね。
さまざまなものが崩れて、みんなひとりひとりに
なってしまっています。
ニューヨーク、バルセロナ、パリ、みな同じでしょう。
その状況を忘れるために
テクノパーティーなどに参加して、みんなと一体だという
感情を感じようとしているんでしょう。
ホフマンさんはそういう現状は、
これからどうなっていくと思いますか?
どんどん砂漠のようになっていっちゃうんでしょうか。
Hoffman 東京砂漠(Tokyo Desert)?
私は将来についてあまり楽観的な展望を持っていません。
しかし若者というのは時代に適応するのも
とても早いですからね。そういう意味では、
20代の人たちは40代の人たちよりタフだと思います。
私たち40代は今世紀に属していますけど、
20代というのは次の世紀に生きていくわけですから、
彼らのほうがタフなんです。
機械や技術についてもどんどん新しいことを吸収して、
それに適応した生き方ができるようになっていきます。
実は私は携帯電話を使うのは始めてなんです。
日本のプロダクションの人からプレゼントされて
日本で初めてこれを手に入れたんです。
オランダでは昔ながらの電話機を使っています。

けれども私は、時代がどんどん速く速く進んでいくので、
重要なことも自分の手の中から
流れ去っていく気がしています。
そういう感情というのは私の個人的なものなのか、
みんなが感じているものなのかは
ちょっと分からないですけどね。
もう私達40代の世代というのは
古い世代になってしまったんでしょうね。
メディアでもショップでも、
対象にしているのは主に20代の人たちですから。

(つづく)

トム・ホフマンはとても誠実に答えてくれています。
彼の現代のオランダ社会を見る目には
深い疲れのようなものが感じられました。
その疲れの感じは、トム・ホフマンの
オランダを見る目の中に彼自身の体験が
込められていることから来ていると思います。
この疲れの感じは貴重なもので、
公式のオランダ紹介の中では
めったに触れられないものではないでしょうか。
次回も読んでくれますよね?

1999-09-19-SUN

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