北斎先生!
第八回
最高の『赤富士』はスイスにあります。


ほぼ日 今回の展覧会では
海外でも『グレートウエーブ』と呼ばれる
有名な『神奈川沖浪裏』の中でも最高のもの、
『グレーテストウエーブ』が
出品されるとききました。
永田 北斎作品については
海外でもいくつも見てますが
今回、メトロポリタン美術館から
出品される『浪裏』は、
現在、存在が知られてる中で
一番刷りが早くていい。


『浪裏』
冨嶽三十六景 神奈川沖浪裏 メトロポリタン美術館蔵
The Metropolitan Museum of Art, The Howard Mansfield Collection,Purchase,Rogers Fund,
1936 (JP2569) Photograph (c)1994 The Metropolitan Museum of Art

(画像下部のナビゲーションボタンで、
 図版を拡大して、細部をご覧ください。)

ほぼ日 初刷の200枚に限りなく近いということですか?
永田 何枚目に刷ったかっていうのは、
この時代書いてないので
それはわかりません。
だからいくつもの『浪裏』を見て
その中の最高のものを絞っていくわけです。
民間の方が持っているものは
見てないからわかりませんが、
ほとんどの美術館の博物館のもの見てますし
個人コレクターでも有名なとこは見てますからね。
これはもう最高のものですよ。
『赤富士』に関しては
最高なのは、スイスに一点、
個人コレクターのものが最高なんですけど。
ほぼ日 『赤富士』はスイスが最高だと。
永田 ええ。もーっと薄いんです。
これよりまだ薄いんですけどね。
それ見たらすぐわかります。
あ、光が動いてるんだなというのが。
ほぼ日 今回のメトロポリタン美術館のものが
『グレーテストウェーブ』である
理由はどういうところなんですか。
永田 もちろん、これ以上の
いいものがあるかもしれないということが
前提にはありますけど
版のシャープさとか、
どの部分が欠けてるとか
欠けてないとかをチェックするんですね。

ある時期になるとこう欠けちゃう、
欠けるより前の方が早いわけですよね。
さらに木版ですから、
刷ると段々太くなってきたりします。
そういった要素をふまえて
色んなこと想像して
できるだけ客観的に見ていった中で
どれが一番二番っていうのを決めるわけです。
ほぼ日 その作業というのは
永田さんにとっては、
すごく楽しい作業なんですか?
永田 いやあ、全然楽しくない(笑)。
やっぱりぼくらの仕事は
あんまり長くやっちゃいけない仕事なんですよ。
子供の頃に北斎ってすごいなあと思って
この世界に入ったでしょ?
これ商売になっちゃうと、
すごいなって感激しちゃいけないわけですよ。
まず本物かいな?とか、
何番目かいな?って
見ることが仕事でしょ。
本来、何にもなく感激するのが
この人にとっての最上の接し方なんですよ。
だから、そういう目で見れなくなることは
やっぱり北斎にとってはいい対象者じゃないんです。
だから、ほんとに好きなら
この仕事は長くやってはいけないんです。
だから、ある程度の年齢で
こういう研究者という仕事は
リタイヤしなきゃだめ。
そうしないと本当のこの良さは
だんだんわからなくなってくると思うんです。
専門家と呼ばれて
専門的分野に踏み込めば踏み込むほど
ただ単純に、ああ素敵だって見れなくなっちゃう。
それが一番悲しいとこですけどね。
ほぼ日 ああー。
永田 だから、先程の竜巻だって
みなさん、すごいなって
驚いていたじゃないですか。
それが判子はどうだろうとかね、
そういう風になっちゃうんですよ。
すごいなって言うのが本当なんですよ。
そう思わせるために北斎は描いてるんですから。
ほぼ日 じゃあ、これも嫌な仕事…(笑)。
永田 うん。嫌な仕事。
緊張して実物見れるのはいいですけど、
本当はね、どれがいいかとか、
どれが一番とか言わないで見たいですよね。
やっぱり。
ほぼ日 (笑)。それはもう、
先生は今回の展覧会では
北斎を知らないみんなのために、
敢えて嫌な役を
俺が引き受けたよってことですよね。
永田 そう。そうです。
だってやっぱり、
北斎はあの真っ赤な富士山を
書こうとは思ってないですから、
真っ赤じゃないものを
見せてあげたいじゃないですか。
今回はこれと、この次の刷りと、
真っ赤のと3つ並べますからね。
版のシャープさとか、
細さとか見てもらえるとわかりますよ。
なるほど、これだけ違うんだなと。

昔ね、ピーター・モースさんという
大森貝塚発見した人の子孫がいましてね、
その人はアメリカで一番の版画の鑑定家なんだけど
日本人は北斎という人が日本に生まれたことを
感謝しなくちゃいけないと言ってましたよ。
そういう世界に通ずる人がいたことを
認識してもらいたいですね。
ほぼ日 話を伺えば伺うほど、
ぼくらの北斎認識とのずれに
過小評価されていた印象があります。
永田 みなさん、『ライフ』誌の話で、
「えーっ!」と驚きますけど
一介の浮世絵師が
どうしてそんなになっちゃうの?ということでしょう。
僕は一介の浮世絵師って見てませんからね。
ほぼ日 ちょっと聞き方としておかしいですが
先生から見た北斎っていうのは、
やっぱりどれくらい偉いんですかね?
永田 偉いっていうより、
自分の爺ちゃんみたいな感じなんです。
ちっちゃい頃からずっと
この人の絵ばっかり見てきてると、
そうなりますよね。
できるだけちゃんとした北斎を
普通の人に分かってもらいたいんです。
身内ならそうじゃないですか。

私は本当に幸せもんです。
子供の頃にこづかいをもらって、
そのこづかいで北斎を買えたことが
僕の一生の幸せですよ。
好きな人のことをやって、
飯が食えるってことが
もう幸せなことです。

(終わり)

永田生慈(ながたせいじ):
1951年島根県生まれ。
太田記念美術館副館長兼学芸部長、
葛飾北斎美術館館長。
著作に『北斎漫画』『葛飾北斎歴史文化ライブラリー』
『北斎の世界―Hokusai』『物語絵北斎美術館』他多数。
2005-11-02-WED
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