北斎先生!
第六回
『赤富士』は赤くないんです。


永田 今、ここに『赤富士』がありますが
赤くないでしょ。
実はこれが本当なんですよ。
本当はもっと赤くないんだけど。
これはみなさんが思い描く
『赤富士』のイメージとは違うと思います。
北斎がイメージした『赤富士』は
実物をぜひ、見てもらいたいんですね。


冨嶽三十六景 凱風快晴 ギメ美術館蔵
(c) Photo RMN / Thierry Ollivier / distributed by Sekai Bunka Photo

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浮世絵の世界では
最初に200枚刷ったものを
初刷りといいます。
初刷りの段階では
版元と絵描きと刷り師が立ちあって、
みんなでわいわい言うんですよ。
絵描きが、もっと薄くとか濃くとか。
ほぼ日 色校みたいなものですね。
永田 次に、その200枚のうちの1枚を
刷り師の手元に置いといて
刷り師が刷っていくわけです。
刷り師の格もありますし、
絵描きの関係ないところで
版元がこの絵よりも
赤い方が売れるよって言えば、
赤くしちゃうわけです。

写真じゃよくわかんないですけど
この絵の実物を見るとね、
「はあ」
と思うことあるんですよ。
赤い富士山見ると
ただ赤く見えるんですけど、
どうしてここが黒くて、
ここがオレンジ色で、
ここがこんな色してるかっているのはね、
じっと見てるとわかるんです。
日が昇る前に空が白白としてくると、
山の山肌を光がこうやって動くんですよ。
ほぼ日 ああっ!
そうかもしれない!
永田 北斎っていう人はね、
絵に描けないもの描きたい人なんですよ。
この作品では
北斎は富士山を使って
動く光を描きたいんですよ。
ほぼ日 ああ!そう思えてきた!
永田 同じ富士山を描いたものでも
この作品では
山頂は快晴で、
中腹は夏雲が湧いて、
稲妻が光って真っ黒になって
タイトルが「白雨」ってあるわけです。

つまり、雷が鳴って地上では
大雨が降ってるわけですよ。
晴れても雲っても稲妻が鳴っても大雨になっても、
富士山はびくともしない
すごい山なんだっていうことを
表現してるんですね。

例えば広重の名所絵では
風景画というものは、
東海道にしろ木曽海道にしろ
名所江戸八景にしても
どこで描いたかが
わかっているんですね。
しかし、北斎の作品は
どこから描いたのかさっぱりわからない。
『赤富士』もどこから描いたのかわかんないし、
名所絵どころか
海上からも描いてるわけですよ。
ほぼ日 『浪裏』なんかはまさに
そうですよね(笑)。


冨嶽三十六景 神奈川沖浪裏 メトロポリタン美術館蔵
The Metropolitan Museum of Art, The Howard Mansfield Collection,Purchase,Rogers Fund,
1936 (JP2569) Photograph (c)1994 The Metropolitan Museum of Art

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永田 『冨嶽三十六景』は、
富士山ていうものを置いて、
時間だとか、
季節だとか、
気候によって
どう変わっていくか、
あるいはどれほど富士山が
雄大なのかっていうことを
徹底して突き詰めたシリーズなんですね。
だから、この人の風景画というのは
ただの名所っていうか、
どこどこの宿場の風景とか、
そういうものではないんですよ。
永田 そこが大きな違いなんですね。
ほぼ日 ああ!すごい!
すごいですねえ!
永田 ええ、私もすごいと思うんですけど(笑)。
とにかくこの人は
ふつうの絵描きが
絵に描けないものを
描きたいと思っていたようなんです。
例えば、大きな竜巻の中から
真上を見上げた画なんかも
描いてるんですよ。
これは肉筆画で
竜巻だけを描いてるんですよ。
ほぼ日 へえーっ!
永田 描かれてるのは気流なんですよ。
周りには何も描いてない。
竜巻を遠くから見ている画はありますけど、
中に入っちゃって
真上を見てる絵なんてないですよ。

ただ気流が回ってて、
竜巻の中って稲妻が走りますから
上の方で、その稲妻が
ぴゅっと走ってるんですけども、
すぽっと抜けた上は、
非常にこう穏やかな空なんですよ。
そういうの描いてます。
ちょっと普通の人ではないですよ。
北斎は版画も素敵ですし、
肉筆画もほんと素敵ですよ。ええ。
ほぼ日 ああ。竜巻伺えば伺うほど。
永田 見たい?
ほぼ日 見たいですねえ。
永田 どっか図版ないかな。ちょっと…。
(永田先生が図版を探す)
竜巻がね。これ。

ほぼ日 うおーっ!すごい!
永田 これが稲妻ですよ。
これ全部気流なんだから。
こんなもん描く人、
普通いるわけないじゃないですか。
ほぼ日 そうですよね(笑)。

(続きます)

永田生慈(ながたせいじ):
1951年島根県生まれ。
太田記念美術館副館長兼学芸部長、
葛飾北斎美術館館長。
著作に『北斎漫画』『葛飾北斎歴史文化ライブラリー』
『北斎の世界―Hokusai』『物語絵北斎美術館』他多数。
2005-10-28-FRI
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