北斎先生!
第三回
人生50年と言われた時期の70歳ですよ。


永田 『赤富士』とか『浪裏』っていうのは、
70歳から74歳の頃にかけて描いたものなんですね。
江戸時代は人生50年の時代です。
今だって70歳といえば、
もうみんな勤めが終わって、
リタイヤして隠居する歳です。
70歳からこれほどの作品を発表して、
それ以降もまだ発表し続けて、
75歳の時には
自分は百何十歳まで生きて、
絵の道を改革したいんだってことを
北斎は言ってるわけです(*)。

*己六才より物の形状を写の癖ありて
半百の比より数々画図を顕すといへども
七十年前画く処は実に取に足ものなし
七十三才にして
稍禽獣虫魚の骨格草木の出生を悟し得たり
故に八十六才にしては益々進み
九十才にして猶其奥意を極め
一百歳にして正に神妙ならんか
百有十歳にしては一点一格にして
生るがごとくならん
願はくは長寿の君子
予が言の妄ならざるを見たまふべし
(画狂老人卍述)
永田生慈著『葛飾北斎』
188-189ページより。

ひとつのことを一心にやれば、
世界の人を感動させることが
できるということを
証明した人なんですよね。

すごいお金持ちの息子でもないし、
政治的に力のあるバックがあったわけでもない。
一介の人だったわけです。

その人が、今や世界に行けば
「日本の代表的な画家って誰?」
って言えば、
みんな北斎と答えるわけです。
一介の人でも
それだけのことができるということを
今の若い人たちにも見てもらいたいし、
絵も見てもらいたいけど
この人の生き方は
今まさに日本人に知ってもらいたいと思います。
「人生五十年」の時代の70歳なんですから。
90で死んだっていうのは、
今で言うと百何十歳ですよ。
ほぼ日 やっぱりとんでもない爺さんですね。
永田 そうです。
例えば歌麿は美人画だし、
広重は風景画ですけども、
北斎はそんな金太郎飴みたいにいかないんですよ。
切ると全部、見えるものが違うんです。

ある時期はこういうことを一生懸命やった、
ある時期はこういうことをやった、
一生懸命やって、自分が納得すると、
もうそれはぽいと名前も捨てちゃうし、
画風も変えちゃうし、
違う分野に行っちゃうんですよね。

だけども、どの時代も
いい加減なことはやってないわけですよ。
素晴らしいことをやってるわけですよね。
そこが、非常に不思議な面白い人ですよ。
ほぼ日 今、聞いただけで鳥肌が立ってきました。
永田 だから、やっぱり見てもらいたいのは、
この人のやった仕事と、
この人の生き方ってのを感じてもらうことですね。
そこまでわかれば、感じてくれる人が出れば、
展覧会をやる側の人間としては大成功ですよね。
ほぼ日 北斎は版画の人だと思ってる人、
たぶんすごく多いですよね。
ぼくもその一人でした。
永田 いますね。いますね。
とにかく、この人は何でもやっちゃった人です。
例えば今回も出ますけど、
一番亡くなる寸前に出した
『画本彩色通』ってのがあるんですね。
そこでは油絵の具の作り方とか、
油絵の描き方とか、
銅版画の薬品の作り方とか、
銅版画のやり方とか、
当時秘伝だったような知識を
全部披露しているんです。


西洋画の技法を使った図
阿蘭陀画鏡 江戸八景 観音ボストン美術館蔵
Museum of Fine Arts, Boston William Sturgis Bigelow Collection

(画像下部のナビゲーションボタンで、
 図版を拡大して、細部をご覧ください。)


例えば日本と中国とでは技法が異ります。
明暗の、つまり影のつけ方が違うんですね。
同じようにヨーロッパの技法も知ってるし
もちろん中国のことも知ってる、
日本のことも知ってる。
非常にすごい知識を持った人なんです。
だから、この人の周りに集まった人の中には、
日本で一番最初に国営の株式会社を作ろうとした人とか、
そういう人たちが弟子入りしてたんですよ。
教養がかなり備わってた人なんですね。
ほぼ日 江戸時代は鎖国をしてたこともあって
絵の技法とはいえども
当時、西洋の情報については
かなり限られていたのではないでしょうか?
永田 ええ。そうです。
ですけど若い頃なんか
オランダの商館長が長崎から
江戸へ何年か一度出てきて
北斎に絵を注文したりしてるんですよ(*)。

既にその当時の外国人から見ても、
北斎っていう人の名前は
聞こえてたんだと思いますよ。
シーボルトなんか
たくさんの北斎漫画を
オランダに持ち帰ってますからね。


伝神開手 北斎漫画 十編
浦上満蔵

(画像下部のナビゲーションボタンで、
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(続きます)

永田生慈(ながたせいじ):
1951年島根県生まれ。
太田記念美術館副館長兼学芸部長、
葛飾北斎美術館館長。
著作に『北斎漫画』『葛飾北斎歴史文化ライブラリー』
『北斎の世界―Hokusai』『物語絵北斎美術館』他多数。
2005-10-21-FRI
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