北斎先生!
第一回 北斎が50円で買えた時代

ほぼ日 今日、永田先生に
葛飾北斎のことをうかがうにあたって
先生が監修された
「もっと知りたい葛飾北斎(*)」を読んで
予習してきたんです。

*
もっと知りたい葛飾北斎
―生涯と作品

著者 : 永田生慈
価格 : ¥1,575
出版社 : 東京美術
ISBN : 4808707853
永田 そうですか。
わざわざ買っていただいたんですか。
ありがとうございます。
ほぼ日 いえ、どういたしまして(笑)。
北斎について詳しく教えていただく前に
この本の前書きに書かれたいた
北斎と先生の出会いから
うかがいたいと思います。
永田 ・・・今日はそんなことまでしゃべるの?
ほぼ日 ええ。前書き読んで
びっくりしたので、
そのことをぜひ。
永田 そうですか。
僕が葛飾北斎に初めて出会ったのは
小学校の低学年のころなんです。
ちょうどお袋から
「それ、ひとつき分のおこづかいよ」と
100円だったかな。
そのお金を手に握って、
近所の古本屋行ったらば、
ゾッキ本っていってね、
一番安い本が前の棚に
よく置いてあるでしょう。
ほぼ日 はい。
永田 そしたら、他の本と全然体裁の違う、
糸で綴じてある和綴じ本が一冊あったから、
それ引っこ抜いて見たんです。
そしたら、これが非常に面白い本なんですよ。

いろは48文字で、
色んな絵柄が引き出せる本なんです。
これが墨一色でいろんな人物が
書き込まれているんですよ。
これはすごいもんだと思って、
値段をみると50円くらいだったから
それを買って、
それから毎日毎日、
学校から帰るとその本を眺めていたんです。

それは一つの絵が小さくてね、
あんまり小さいから
表情は木版画では
彫れなかったんでしょうねえ
顔なんか、のっぺらぼうになってんですけど、
どれもなんか、動いて見えるんですよ。

これはすごいもんだなと思って
大事にしていると
中学の歴史の授業で
その本を描いたのが北斎って人だ
そうか、この人はあの富士山描いてる人か
ということがわかったんです。
それから、どんどん調べていったんですよ。
きっとすごいものだと思うんですけど、
調べてもこの本の名前なんか出てこない。
どうやら北斎の作品の中では、
大して評価されてなかったんですよね。
だから、これだけすごい本なのに、
何故出てこないんだろうっていうのが
北斎研究の始まりでした。
まだその頃は北斎は
100円くらいで買えましたからね。
そういう時代がずーっとありました。
ほぼ日 本当に北斎が
小学生のおこづかいで買えたんですか!
永田 そうです。買えましたよ。
今じゃまったく信じられないでしょうけども、
そういう時代が結構長くありましたよ。
だいたい、北斎の研究をやるっていうのは
いかがわしいって言われてた時代があるんですから。
ほぼ日 北斎がいかがわしい?
永田 日本人は、花鳥風月の世界で
美しく余韻のある絵が好きなんです。
つまり狩野派(*)だとかね。
浮世絵自体卑しいものだと思われていたし、
その中でも北斎は
最も下品だって言われてたんですよ。
春信とか、広重のように情緒的でないし
だから、ぼくが研究を始めた頃は
非常に北斎評価っていうのは
低かったですよ。ええ。

*狩野派:
室町時代後期の絵師、狩野正信を祖とする
日本美術史上最大の派閥。
多数の門人を抱え、幕府や各藩の
お抱えの絵師を始め、町絵師としても隆盛を極める。
ほぼ日 それは意外なお話です。
永田 そうですよ。
今みたいになるとは思わなかったですよ。
だからずっと闘い続けてきたみたいなもんで。
ここまでの評価が出るとは思わなかったですけどね。
ほぼ日 いつくらいからこう、
風向きが変わったみたいな
感じがあったんですか。
永田 そうねえ。少なくとも
昭和40年代くらいは、
あんまりいい評価じゃなかったですよね。
ほぼ日 最近の話じゃないですか。
これまた意外なお話です。
北斎のこと嫌いって人はあまりいないでしょうし。
ぼくらは狩野派の絵が
どういう絵なのかは説明できませんが
北斎の絵なら
「こういう富士山の絵がさあ」
と説明できるくらいは知ってます。


冨嶽三十六景 凱風快晴 ギメ美術館蔵
(c) Photo RMN / Thierry Ollivier / distributed by Sekai Bunka Photo

(画像下部のナビゲーションボタンで、
 図版を拡大して、細部をご覧ください。)
永田 それがアメリカとかヨーロッパ行くでしょ。
美術館行って見てくれって言われて、
作品を見るでしょう。
「これ北斎だ」
って言ったら、
みんなすごい喜ぶんですよ。
ほぼ日 へえ。
永田 やっぱり、海外の人も北斎が好きなんですよ。
アメリカの「ライフ」誌がおこなった
「この1000年で
 もっとも偉大な業績を残した世界の100人」
という企画では葛飾北斎が
日本人でただ一人選ばれてますし、
おととしだったかな、
イギリスのBBCってテレビ局が来て、
北斎の番組に出演したんです。
それはね、10人の偉大なアーティストを
一人1時間半特集するという企画なんですけど
東洋からは北斎しか出てないんですよね。
ほぼ日 はあ!
永田 だから、北斎がいかに重きを
置かれてるかっていうのは、
我々日本人が想像する以上ですよ。
例えばオランダだと、
レンブラント・北斎展とかね。
そのくらいのレベルでやってますからね。
ほぼ日 そ、そうなんですか!
糸井さん、北斎もってるらしいんですよ。
今までは「へえ。そうなんですか」くらいにしか
思ってなかったんですけど
すごく羨ましく思えてきました。
永田 北斎は国際商品ですからね。
糸井さんは何をお持ちなんでしょうねえ。
気になりますねえ。

(続きます)

永田生慈(ながたせいじ):
1951年島根県生まれ。
太田記念美術館副館長兼学芸部長、
葛飾北斎美術館館長。
著作に『北斎漫画』『葛飾北斎歴史文化ライブラリー』
『北斎の世界―Hokusai』『物語絵北斎美術館』他多数。
2005-10-17-MON
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