SHIRASU

<若い人を育てなさい>

このコンテンツをお読み下さっている方は、
私が自分自身を『してあげる側』サイドに置いていることに
既にお気づきかと思います。

前に「白洲正子s」の片方に
「なんでみんな、してあげようと思わないのかねぇ。」
と言った時、彼女からもらった答えは
「それは、みんなが『される側』の方々に
 出会っていないからでしょう。
 出会ったら、応援したいと思うもの。」

事実、彼女には彼女の具体的な対象が、
私にも、応援したい陶芸家がおります。
彼女が言うように、もしもこの彼に出会っていなかったら
自分がおそらく『してあげる側』の人間だと
気づくことさえなかった、
そのぐらい大きなきっかけであったことに
間違いはありません。

きっかけが、まだ空気を吹き込んでいない
ペチャンコのゴムだとすると、
大きくふくらませてくれる空気があってこそ、
はじめて風船になるのです。
今日お話しすることは、その空気にあたるところです。

持って生まれた才能には差がありますので、
『される側』にみんなが立てるわけではありません。
どちらかが上で、どちらかが下ではないことも、
『される側』の人になれなくても
その人の価値が下がるものではないことも、
決して忘れてはならないことだと思います。

しかし、時流が万人に『される側』でなければ、
生きている価値が、
生まれてきた価値がないと、
非常に強いる気がするのも確かです。

その流れに逆行するかのような
一人の女性がいらっしゃいました。
当時の彼女には、
なんとか世に出したいと思わせるほど才能を見込んだ
先の陶芸家を加えた計四人の芸術家がいらしたようでした。
他の方のことは全く存じあげませんが、
ロンドンのギャラリーに紹介するため
40センチ四方のコンポートを含めた
複数の作品を持参下さったり、
たくさんのお知り合いの方に紹介なさるなど、
陶芸家に対して一生懸命だったことに偽りはありませんでした。

ところが、彼のロンドンでの個展が決まって間もなく、
彼女は急に永逝なさいました。

「あなたが約束だった。」
約半年後、個展のために渡英した彼を
イギリス人の奥様の、この一言が待っていて下さいました。

だんだん土に埋もれていく
『してあげる側』の彼女との最期のお別れの時、
「約束は守ります」と心の中で何度も何度もつぶやきつつ、
奥様は顔も知らない日本人のことを思って下さったのだそうです。

『Daiwa Foundation』ギャラリーという場所と日程以外、
何もわからない状態から手をつけなければならないこと。
作品の売却に係わりなくかかってくる関税や諸々の経費を
負担しなければならないことへの了承。
それでも彼が個展を成し遂げたかったのは、
それが彼女との約束だと思ったからなのです。

自分以外の彼女との約束を果たそうとする方々が、
着いた所で待っていて下さったことに、
彼は泣いてしまったと言っていました。

ずいぶんふくらんだ風船になっていたその頃の私は、
急に彼女に去られたことで、
ひとりぼっちで取り残された思いがしました。
時流通り『される側』サイドでなければ、
意味をなさないのだろうかの自問を
繰り返す日々を送り続けることにもなりました。
空気が抜けてしおしおにしぼんでしまう前、
白洲さんという存在をやっと見つけたのです。
そして、ようやく生き方を肯定された思いがしたのです。

ところで、話はここで終わりません。

私が白洲さんを見つけたちょうど同じ頃、
渡英していた彼は、
先のイギリス人のご夫婦に招かれ、
ご自宅に伺ったそうです。
お宅には、ほとんど全ての白洲さんのご本がありました。
それを疑問に思って尋ねると、
このご夫婦の仲人が白洲さんご夫妻だったことや
「若い人を育てなさい。」
と、生前、白洲さんに言われたことを
お話し下さったのだそうです。
後日、この話を聞いた私は、
その先に白洲さんがいらっしゃると思いました。

今ここでお読み下さったことを
私の口からお話しするのは、初めてのことです。
「ほぼ日」で、このタイトルでお誘い頂いた時は、
こういうものをひょいと軽々飛び越えてしまわれる
糸井さんの力に驚きつつも、
不思議といえば不思議な、当然といえば当然と
受けとめたことを覚えております。

「いつかどこかで、笑って会いましょうね。」
これは『してあげる側』の彼女が
私に向けておっしゃった最後の言葉です。

白洲さんの一言がずっと生きていたのと同じように、
彼女の言葉は、私の中でずっと生きています。
不思議か当然かはわかりようがありませんが、
ここでお話しすることこそが
彼女の最後の言葉に沿うことだと思いましたので、
ずいぶん迷いましたが、お話しさせて頂きました。

読んで下さって、本当にどうもありがとう。
それでは、今日はここまで、です。

2000-08-09-WED
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