ほぼ日刊イトイ新聞
アイヌを撮り続けて発見したのは、「自分」と「写真」だった。
撮影:池田宏

写真家・池田宏さんに聞く、アイヌのこと。

10年以上にわたって、
アイヌの人たちのところへ通っては、
写真を撮り続けている、池田宏さん。
縁もゆかりもない土地、
見ず知らずの人たちのあいだに、
なんにも知らないままに飛び込んで、
いろいろ失敗し、ときに拒まれながら、
やがて、受け容れられていった、池田さん。
アイヌの人たちと仲良くなるうちに、
「アイヌってなんだろう?」という疑問は
じょじょに薄れゆき、
アイヌの人たちを撮影していく過程で、
自分自身を「発見」する。
その営みに生まれた写真を見ながら、
これまでのことを、話してもらいました。
担当は「ほぼ日」奥野です。どうぞ。

第3回
自分って誰かを、考えた。

──
見ず知らずのいち観光客だったころから、
一対一でアイヌの人に向き合って、
写真を撮れるようになるまでには、
けっこう時間が、かかったのでしょうか。
池田
やっぱり、人との繋がりができてくると、
そのぶん自由にはなっていきました。

といっても、
勝手にパシパシ写真撮っていいわけでは
もちろんないんですけど、
らくな気持ちで撮れるようになったのは、
たぶん‥‥4、5年かなあ。
──
それくらいは、かかるものですか。
池田
まあ、何を撮りたいかにもよります。

たとえば「伝統舞踊を撮りたい」のなら、
すぐにでも撮れると思いますよ。
もちろん、敬意を払いつつ、
最低限の礼儀をわきまえつつ、ですけど。
──
なるほど、人前で見せるための舞踊でも
あるわけですものね。
池田
実際、自分も、初期のころに、
伝統衣装を着た舞踊を撮ってたんですが、
そういう写真を、
東京の写真の先輩に見てもらったときに、
「おまえは、
 こういう写真を撮りたくて行ったのか」
「おまえが見てきたアイヌの人たちって、
 これだけじゃないだろう」
みたいなことを、口々に言われたんです。
──
それは、踏み込んでない‥‥という意味?
池田
そう、誰でも撮れるような写真のように、
見えたんだろうと思います。
で、そう言われたら、そうだよなあって。

伝統衣装を着た人だって当然アイヌだし、
その人と心が通っていれば、
伝統衣装を着ていようが、着ていまいが、
自分の写真になったかもしれないけど、
いろんな意味で表面的だったんでしょう。
──
なるほど。
池田
そこから、コミュニケーションをとりながら、
アイヌの人の「日常」の場面に
おじゃまさせてもらうようになって‥‥
ポートレイトを撮らせてもらうようになって。
──
ええ。
池田
アイヌって情報自体が多くないから、
「アイヌと言えば伝統の着物でしょ」とか、
ちょっと知ってる人なら
「ムックリでしょ」とか‥‥わかります?
──
はい、ムックリ。わかります。
口に当てて、弾いて音を出す楽器ですよね。

口琴、でしたっけ。
池田
そういう「いわゆる」なアイテムって、
公に活動していないアイヌの人にしてみたら、
日常生活の1割にも満たないわけです。

むしろ、アイヌなんだけど、
アイヌの儀式に参加したりはしない人たち、
たとえば、
シャクシャイン法要祭には来ないけど、
地元のお祭りには
顔出すようなあんちゃんも、たくさんいて。
──
ええ。
池田
で、自分は、そういう人たちのことを
「かっこいいな、撮りたいな」
って思うことも多くなったりしてきました。
──
何度か口にされてますけど、
撮る動機としては「かっこいい」がある?
池田
はい。女性に対しては「美しいな」です。
──
それって‥‥何ですか。雰囲気ですか?
池田
何なんですかね。んー、何なんだろう‥‥。

とにかく、人として魅力があるんです。
ひと目で「ああ、アイヌの人だ」とわかる、
そういう顔つきやムードの人もいて、
そのこと自体に、惹かれてしまうというか。
──
知らないながら、でも、わかります。
池田
それに、きついこともありましたけど、
やっぱり、よくしてくれる人が大概なんで。

「泊まってけ」とか「メシ食ってけ」とか。
どこの誰だかわからない人間を、
家に上がらせて、食べさせて、泊まらせて。
──
よく考えると、すごいことですよね。それ。
池田
何だったら
「来ると思ったから、毛ガニとっといたぞ」
とか言ってくれたり。
──
なんだか、こう言ったらアレなんですけど、
ただの、ふつうの、いい友だち。
池田
そうそう、そう言っちゃそうなんです。

だから、
「アイヌって、何なんだろう?」と思って、
「答え」を見い出そうとして、
アイヌの人たちのところに通い出したけど、
その最初の問題意識って、
結局、それほど重要じゃなかったんですよ。
──
そのことに、通ってみて、わかった。
池田
はい、自分の勝手な「答え」を見つけて、
勝手に「解釈」して、
勝手に満足するなんて到底できないし、
っていうか、そんなことは、
どうでもよくなっちゃってんです、もう。
──
今の池田さんのスタンスも、
構えてる感じとか、しないですもんね。
池田
自分は、アイヌの人たちといると、
「アイヌではない、何者か」になるんです。

つまり「マイノリティ」になる。
そういう経験って、それまであまりなくて。
──
アイヌの人たちが知りたくて通ってたのに、
逆に「自分って、誰なんだ」と?
池田
そうなんです。
そういうことを考えざるを得なくなります。

で、思ったのは、
自分は「アイヌを知りたい」という意識で
ここへ来たけど、
何か書いて伝えたいわけでもないし、
人道的な支援をしたいってわけでもないし、
世を正したいって人間でも、なかった。
──
そういう自分を、見つけた。
アイヌの人たちの写真を撮っていく過程で。
池田
もちろん、写真は撮ります。
自分には、それくらいのことしかないから。

でも、どうしてここにいるのかについては、
何だろう、アイヌの友だちとは、
自然な‥‥
というか、他愛のない話ばっかりなんです。
──
ええ。
池田
アイヌを撮ろう、撮りたい、
アイヌってどういう人たちなんだろうって、
写真を撮りながら、
ずっと、強く考えてきたわけですけど、
じょじょに、じょじょに、そういうことが、
いちばんのことでは、なくなってきた。
──
はい。
池田
今じゃ、だから、
「今度、東京に行くから飲もうよ」
「来週、帯広に行くから飲もうよ」
とか、なんか、そういう‥‥。
──
飲み友だち(笑)。
池田
そう(笑)、ただ会いたいから行ってるし、
もう、自分にとっては、
はじめのころのような「特別なこと」では、
ぜんぜん、なくなってきているんです。

撮影:池田宏

<つづきます>

2018-04-19-THU

© HOBO NIKKAN ITOI SHINBUN