練馬で捨てたはずのステージ衣装がなぜか船便でパリに届き白塗りの人と何度も共演するはめになった件。
パリ捨てパリ捨てパリパリ捨て
── パリで次々「ひどい目。」に見舞われ
もう日本へ帰りたいと
打ちひしがれていた若きTOBIさんのもとへ
過去の自分から「運命の船便」が届く。

中身は、いったい‥‥。
TOBI スパンコールのジャケット、
ベルベットのマント、
金や蛍光緑など色とりどりのカツラや羽根飾り、
純白の手袋、ピンク色の厚底ブーツ‥‥
ようするに「ロマネスク石飛」の変身キットが
一式まるまるフルセットで。
── え、それらは練馬区の分別ルールにのっとって
きれいサッパリ捨ててきたはずでは?
TOBI それ以外にも、
古本屋に引き取ってもらえなかった
『ガラスの仮面』の1巻から41巻までの全冊、
ものすごい量の筆ペンと輪ゴム、
緑色の台座に載った中国の玉みたいな置き物、
カロリーメイトの袋など本当にただのゴミ‥‥。

練馬でサヨナラしたはずのみんなが、
ゴッソリ船に乗ってパリまでやってきたんです。
「来ちゃった‥‥」って感じで。
── ‥‥何でですか。
TOBI 当時のすさみきった精神状態を表すように、
練馬のぼくの部屋には
ものすごい量の必要品と不要品とが
ミルフィーユ状に、地層をなしていました。

旅立ちにあたり、部屋を引き払うためには
それらの品々を、じっくり考える間もなく
高速で分別しなければならなかったんです。
── ははあ。
TOBI 「パリ」「捨て」「パリ」「捨て」
「パリ」「パリ」「捨て」‥‥のようにして。
── つまり、その分別作業のときに
「捨て」が「パリ」にまぎれ込んだ‥‥と?
TOBI そう、パリへ持っていくものは
「愛媛みかん」「熊本すいか」の段ボールへ
練馬で捨てていくものは
「東京都指定の半透明のゴミ袋」へ
はやてのように放り込んでいったのですが
どこかで
「パリ」と「捨て」がこんがらがったんでしょう。
── じゃあ、必要なのに捨ててしまったものも。
TOBI あったかもしれません。もはやわかりません。

ともあれ、パリに来てから数カ月後、
ごていねいに「天地無用」のシールを貼り付けた
「大量のゴミ」が、届けられたんです。
── 「パリもういいわ」というタイミングで。
TOBI そう、半分くらいはゴミの入った段ボール6箱と
大きな衣装ケースひとつが‥‥ね。
── 数ヶ月の時間と、安くない船賃をかけて。
TOBI フランスでは
宅配便が自宅に届くことは滅多にないので
郵便局まで引き取りに行きました。バスで。
── バス‥‥で行ったら、
バスで帰ってこなければならないのでは?
TOBI 相変わらず冴えてますね。そのとおりです。

予想をはるかに越える量の荷物だったので
タクシーも頼めなかったんです。
郵便局からバス停まで、7往復しました。
バス停でバスに載せるのも、大変でした。
── なにせ「6箱+衣装ケース」ですもんね。
TOBI 季節は夏の暑い盛りで、汗だくになりながら、
下車したバス停から
アパルトマンのエントランスへも7往復。

そしてエントランスから5階の自室まで、
トドメの階段7往復‥‥。
── そのうち「3.5往復ぶん」は「ゴミ」ですからね。
TOBI 郵便局からアパルトマンまでの道すがら、
白髪で品の良いおばあさんと、
どういうわけだか、ずうっと一緒だったんです。
── ほう。
TOBI おばあさんは歩くスピードが遅いので
何度も追い抜いては、何度もすれ違うんですよ。

はじめは怪訝そうな顔をするだけでしたが
だんだん、すれ違いざまに
「ため息」や「舌打ち」が聞こえ出し、
最終的に
同じアパルトマンの住人だとわかった瞬間に、
「アンタ何してんの!?」と激怒されました。

玄関に積み上げられた、7つの荷物を前にね。
── わからなくもない、その気持ち‥‥。
TOBI 部屋にたどり着いたころには
心も身体もゲッソリしていたのですが
しぶしぶ荷解きをはじめました。

すると、驚いたことに、
6箱の段ボールと大きな衣装ケースの中身を
部屋に広げた瞬間‥‥。
── ええ。
TOBI そこに「練馬の1K」が出現したんです。
── なんと!
TOBI 夢かと思いました。悪いほうの。
── 「麗しのパリのアパルトマン」が
「懐かしの練馬の1K」に早変わりかよ、と。

ギンギラギンの衣装をはじめ
相当パンチの効いた中身だったんでしょうね。
「パリを練馬に変えてしまう」ほどですから。
TOBI 練馬時代へタイム・スリップしたショックから
立ち直れないまま
フリーペーパーに三行広告を打ち込むバイトへ
向かいました。

すると――
ここは、以前にお話したことがある箇所なので
流れを端折りますが――
「急募:歌を歌ってくれる人」
「急募:ちょっとステージに立ってくれる人」
という広告を出した人から電話があり
集金の件などを話していると
「まだ応募がないのよ、あなた歌えない?」と。
── おかしな展開ですよね。
TOBI ええ、相当おかしな展開なんですけど、
ちょうど衣装が届いたタイミングだったので
運命的なものを感じている自分がいました。
── ‥‥ええ。
TOBI 受話器をおき、誘われるがまま、
そのオオタニさんという女性の元へ向かうと、
そこは日本語学校だったんです。
── 日本語や日本の文化を教える場に、レ・ロマネスク。
いいぞ、オオタニさん!
TOBI なんでも毎年秋にフェスティバルをやっていて、
「今年のオープニングを飾るような
 フレッシュなアーティストを探している」と。

気づくとぼくは、打ち明けていました。

「じつは今朝、
 捨てたはずの衣装が送られてきたんです」と。
── そしたら‥‥?
TOBI 「え、本当? 今朝? 信じられない!
 ただの偶然だとは思えないわ。
 もう、あなたに絶対出てほしい!」と。
── ハートに着火。
TOBI 最終的にオオタニさんは
「出なさいよ! 意気地なし!」くらいの
勢いになって来たので、
仕方なく話を聞くと
フェスのオープニンアクト3組の一発目で
持ち時間は30分、
チケットのノルマもなし、とのこと。
── ははあ。
TOBI お願いされたら、こちらも気が弱いですから、
「出てもいいかな」という気持ちに
傾いてきたんですけど、その人、
「いまここで即答してくれ」って言うんです。
── そのパターン、まさか。
TOBI そう、あとから聞いたんですけど
その日が、パンフレットの印刷の締め切りで
どうしても
あと1人ねじ込む必要があったらしいんです。
── パリでもやっぱり、ハメコミ・キャラ‥‥。
TOBI 届いたパンフレットには
「歌って踊れるソロパフォーマー・
 イシティービー」と
ぼやけた顔写真入りで紹介されていました。

でも、それより何より
他の出演者に、度肝を抜かれたんです。

白塗りで、よだれを垂らした舞踏の男性とか
乳首の透けたネグリジェ姿で
カッと目を見開き、
手には呪いの人形のようなものを持った
モダンダンスの女性‥‥。
── どんなフェスですか。それ。
TOBI 正式名称は
「Extreme Oriental Dance Festival」。
── 極東ダンスフェスティバル?
TOBI まったく場違いなんです。すごく浮いてて。
共通点がひとつもないじゃないですか。
全員が日本人であること以外に、何ひとつ。
── まあ。
TOBI そもそも、世界観がバラバラでしょ?

全身を白く塗って、よだれを垂らし、
プルプル震えながら
舞台の端から端まで30分かけて移動する人と、
フランス貴族の末裔ですと言いながら
金のカツラに王冠を載せて
ニッコリ微笑んでいるぼくとでは、ぜんぜん。
── いま、全国の読者の声を代弁するなら
「TOBIさんが言うほど、違和感あるかな?」
じゃないかと思います。
TOBI えっ。
── 通りすがりの人にしてみたら
「半裸や、薄い生地のネグリジェや
 白やピンク色の人がいて、
 全体的に<Extreme>な感じのする、
 バラエティ豊かな出演陣」
と思うんじゃないでしょうか、正直。
TOBI そうか‥‥たしかに、そうかもしれない。
自分だって顔、白塗りだったし‥‥。
── ちなみにTOBIさん、ソロ出演だったんですか?
TOBI いえ、たったひとりは心細すぎたので
知り合いのMIYAさんにお願いし、
何にも喋らなくていいし、
突っ立ってるだけの簡単なお仕事ですと言って
メイドさんの格好で
ぼくの後ろに立ってもらったんです。
── のちに「レ・ロマネスク」となるふたりは
そうして出会ったんですか。
MIYA セ・ラ・ヴィ(人生って、そんなもの)。
TOBI 会場は、満席でした。

「こんなにもたくさんの人たちが
 ぼくらのライブを見に来てくれたのか!」
と思うと、
涙が出るほど感動したのですが
じつは、その大半は
会場で振る舞われる「にぎり寿司」目当てだと
あとからわかりました。
── ステージでは、どのようなパフォーマンスを?
TOBI ロマネスク石飛の練馬時代の曲、5~6曲を
演奏したはずですが
無我夢中だったので
正直、内容についてはあまり覚えていません。

ただ、
最後の曲を歌い終え深々とお辞儀をしたとき
「ワーッ」という歓声に包まれたので
まずまず成功だったのかなと思い、
気分よく、揚々と楽屋へと引き上げたんです。
── ええ。
TOBI すると、次の出番のモダンダンスの若い女が
「仏頂面」と「鬼瓦面」とを
パトランプみたいにくるくる高速変化させながら
めちゃくちゃ激怒していたんです。
── え?
TOBI なんでも
「私はこれから舞台の床を転がるんですけど、
 ハウスダストのアレルギー体質なので
 あなたたちの衣装の
 スパンコールや羽根が落ちていたら
 思う存分転がれないじゃない。
 いますぐ、きれいに掃除してきて!」と。
── そんな、気分よく帰ってきた人に対して。
TOBI そんな体質なら床など転がらないほうがいいと
アドバイスしかけたのですが
パトランプの回転がものすごかったので
ホウキとチリトリを手に持って
ぼくは、すごすごと、舞台に舞い戻ったんです。
── 王子の格好のままで。
TOBI 当初、会場は「何だ何だ?」という反応で
ザワザワしていたんですが
ぼくが片膝をついて舞台の清掃をはじめると
なぜか、ジワジワとウケはじめました。

そして、最後のチリをチリトリに収めたあと、
もういちどご挨拶をと
「メルシ・ボクー」と深くお辞儀をした途端、
係員が照明をパッと消したんです。
── おお。
TOBI その瞬間、会場に
割れんばかりの歓声が沸き起こったんです。

暗闇の中、ホウキとチリトリを手にして
ぽかーんとしているぼくを
本番以上の猛烈な拍手喝采が包んだんです。
── つまり‥‥。
TOBI そこまで含めて「作品」と思われたんですよ。

日本人の演じるフランス貴族が
最後は落ちぶれて舞台を清掃するだなんて
なんたる皮肉、なんたるユーモア、
こんなアートパフォーマンスは初めてだ‥‥と
過大評価されたんです。
── 思えばそれが、
レ・ロマネスクの記念すべき第1回パリ公演。
TOBI そうなんです。
<つづきます>
2015-01-06-TUE

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