ジブリの仕事のやりかた。
宮崎駿・高畑勲・大塚康生の好奇心。


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 チームワークには準備が要る。

 
(※ジブリ作品は、世界各地で、たのしまれています)

ほぼ日 アニメーション映画を演出するときは、
たくさんの人と組んで
ひとつの作品に向かわなければ
いけないのだと思います。
チームの力を充分に発揮するためには、
高畑さんは、
どのような方法を取っているのですか?
高畑 人をまとめるとか、
まとめなければならないとか、ぼくには
そういう発想がそもそもなかったんです。
そういう、カリスマ的な力もなかったし。

ですから、
「どんな場合でも
 人をまとめなければならない」
という考えはありません。

少なくとも、人を「まとめること」が
優先されるのではないとぼくは思っています。
スタッフたちに、やることに対して
関心や興味を持ってもらえさえすれば、
「一緒にやろう」
という気になってもらえるわけですから、
「興味を持ってもらうこと」
のほうが、ずっと大事なんだと考えています。

だから、チームの結束が
ゆるんでしまったときには、ぼくは
「こちらの出したものがまずかったのだから、
 残念だけど仕方のないことだ」
と、運命を甘受するほうだと思います。

ぼくは
「おもしろいことができそうだ」
というのが好きなんです。
自分がいまいる会社をなんとかしたいとか、
団結をしたいとかいうことよりは、
「おもしろい作品を作りたい」
という気持ちの方が先にきています。

東映動画という会社を辞めるときも、
当時、その会社で
ぼくは仕事をやらせてもらえそうもないことが
目に見えていたからこそ、
「作品をできなくなったら、
 自分としては動きが取れないから、
 アニメーションを作ることのできる
 状態を確保するために、
 会社を移ることを選択せざるをえない」
という行動を取りました。

たまたま「この作品を手がけてみないか?」と
言われたから会社を移ったのでした。
「この会社をどうにかしたい」
というような気持ちがなかったのですが、
同時に、
「よそに行けば、
 もうちょっと道が開けるのではないか?」
というような曖昧な希望も、なかったんです。

ですから、ぼくはいつも
「何ができるか」
という具体的な決断をくりかえして、
さまざまな人とアンサンブルを組んで
仕事をやってきたような気がします。

ただ、東映動画を辞めるときは、それまで
「いっしょにおもしろいことをやろうよ」
と言ってきた仲間を裏切ることになったので、
つらかったですけど。

「チームワークが発揮されている実体」
というのは、どうにも説明がしづらいんです。
要するに、いざ、自分たちが、
ほんとにアンサンブルを組んで
どんどん仕事をしているときというのは、
もう仕事にかかりきりで忙しくて、
ごく具体的な打ち合わせ以外、
ほとんど、話し合いらしい話し合いは
おこなえないんですね。

議論なんかしていたら
進まないという状況の中で、
黙々とおたがいの仕事を進めていく……
というのが、実際にやっていることなのです。
そうすると、
チームワークの礎として大事なことは、
仕事の最中というよりは、むしろ、
仕事が佳境に入る以前のことでしょう。

要するに、ひとつの仕事が
本格的になる前に、すでに
「いざ修羅場だというときにも、
 おたがいに詳しく話しあわなくても
 仕事を進めていけて、
 それが悪い結果にならないだろう」

  ということが、ある程度、
信じられなければいけないわけです。

おたがいの信頼関係を、
それまでにどうやって作るのか、
ということなのです。
だから、チームの仕事に入る前のやりとり、
これはとても重要だと思います。

別に同じ現場で
仕事をしていなかったとしても、
なにかの合間に話しあうなかで、
「この人とは、目指している道そのものが
 違うということはないな」
ということがわかるはずです。

ぼくはもともと、
宮崎駿さんをはじめ、
多くのアニメーション仲間とは、
仕事ではない場面で話すことで
仲良くなっていきました。

読んだ本のことであれ、
アニメーションについてのことであれ、
世の中のことであれ、さまざまなことを
折に触れて話しあっているなかで、
それぞれの人の考えというのは、
ちゃんと伝わってきますから。

おたがいの目指していることを
確認できているからこそ、
仕事のアンサンブルも
組むことができると思います。

肝心なときに大きな不安や不信を持たずに、
黙ってやっていけるというのは、
信頼があってのことですし、
そういう信頼関係が、いざ仕事が忙しくなると、
すごく大切なような気がしています。

同じところで育った
宮さん(宮崎駿さん)や
小田部(羊一)さんのように、
すでに何度も組んだ相手と
やるのではなくて、
アンサンブルを組みなおして、
新しい人と一緒にやるというときには、
やはり、おたがい信頼できるだけの時間を
けっこう費やしています。

さきほど話をした
近藤喜文という人と組むときには、
遠まわりのようですが、そのために、
毎日毎日、ぼくの家に来てもらって、
メシを食べてもらいまして……。

彼に才能があるということは、
すでに非常にはっきりしていたのですが、
彼と『赤毛のアン』という作品で
はじめてアンサンブルを組むときには、
まずなんと言っても、
ぼくや宮崎さんたちに比べて、
彼は若かったんですね。
だから、そういうプロセスが必要でした。

ただ、彼はぼくの家でも、
緊張してメシを食べないんですね。
そういうことって、やっぱりよくないんですよ。
やっぱりそういうときに、
平気でガツガツ食ってくれるような
状態になればいいのですが……
そういう状態でも、
『赤毛のアン』のアンという人物を
ぼくがどう考えているかについて、
彼には共感してもらわなければならないわけです。

キャラクターひとつを作るにしても、
あらかじめ意志疎通を
しておくことが大事なのだから、
やっぱりはじめて組む相手の場合には、
ぼくは、そこに
かなりの時間をかけているほうだと思います。

『赤毛のアン』の場合には、
もちろん、近藤さんは近藤さんで、
自分のイメージを持ってやってきてるわけです。

それがうまくぼくの意見と
合っていればいいけど、
最初は合ってなかったから……
そのときにどうしていくかということについては、
それはそれなりに時間がかかるわけです。

そういう手順抜きには、
アンサンブルというものは
組むことができないんですよ。
「彼には才能があるから、
 もうすべてを任せよう」
とかいうのもおかしな態度だし、
相手が納得がいっていないのに
強引にねじふせるというのもよくないですし……。

特に、ぼくの場合には、
絵を描かないわけだから、
ねじふせようがないんです。
才能のある人に、
その才能を発揮してもらって、
描いてもらわなければならない。

宮崎駿さんのように絵のうまい人だったら、
強引にねじふせて
「俺のこの絵でやってください!」
と主張することもできるんです。
むしろ、宮さんの場合は、
「こういうふうにやってください」
というよりは、もう
描いてきたものを自分で直してしまって
「こうです」
ということが言っちゃえるんですけど、
ぼくは、そういうことはできないですから。

まぁ、宮さんの場合には、
それをやれたことが、むしろ結果として
作品をすごくよくしたんですよね。
あれだけ高い水準で、
統一の取れた作品ができた理由というのは、
もう明らかに
「彼があれだけ描けるから」であり、
「彼が実際に描く労働量が多いから」
ということが大きいわけですからね。
つまり彼の場合はそれでいいけれども、
ぼくの場合には、
そうはいかないということです。

ぼくはなにも理想論で
「時間をかけて意志疎通をすることが
 いいことだからやっているんだ」
というつもりはありません。
そういうことをしないと
前へ進めないからそうやっている、
ということに過ぎません。

やっぱり、一緒に話をしているうちに、
向こうが乗ってきてくれないと、
いいものはできないですから。

ぼくは
「あの人が素晴らしそうだから、
 あの人に絵を頼んで、
 頼むところで仕事が終わる。
 あとはまかせる」
っていうやりかたではなくて、
「その作品にとって
 必要なものを
 いっしょになって見つけだす」
という努力をしたいのです。


マンガの原作がある場合には、
できるだけ、原作の持っているいいものが
うまく伝わるようにしたいんですね。

例えば『じゃりン子チエ』という
作品で言うと、これは原作の
はるき悦巳さんの絵というものが、
非常に説得力があるんです。

そうしたら、その絵を使わないで
どうするかという発想になります。
すると、人物に動きを与えて、
なおかつそれで、もとの
『じゃりン子チエ』の持っているものが
伝わるような工夫を探すんです。

たとえば『じゃりン子チエ』に、
ヒラメちゃんというキャラクターがいますが、
正面から見ると、ものすごい
横広顔に目が離れてついていて、
鼻はあるかないかのチョンです。
そして原作には正面か横顔しかない。

こういう平面的な顔はナナメから見て描くと
おかしなことになりますが、ちゃんと
動きのあるアニメーションにする以上、
顔をまわす必要があります。

こういうとき、アニメーション用に
キャラクターを直すことも可能ですが、
せっかくおもしろいキャラクターなんだから、
その原作の感じを生かしたい、
とぼくは思うのです。

だから、絵コンテを作るときに、
ナナメの印象を残さないことを意識して、
顔をまわすにしてもすばやくまわすとか、
とにかくナナメの顔で止まるようなことは
絶対にないように設計します。
そういうところで
職人的にちゃんとやっていくことが、
ぼくはおもしろいと思っているんです。

要するに、自分が原作を
気に入ってやろうとしている場合には、
スタッフにもそれを伝えて、
充分に敬意を払うようにしてもらおうと思います。

そしてアニメーションにするのですから、
いろいろ改変は必要ですが、
原作のいちばんいいところは
存分に生かそう、ということを、
スタッフたちの間の、共通の課題にするんです。
  (明日に、つづきます)

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2004-08-05-THU


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