ジブリの仕事のやりかた。
宮崎駿・高畑勲・大塚康生の好奇心。


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 さまざまな才能と組む方法。
―高畑勲監督

 

こちらが、高畑勲さんが監督をつとめた
『火垂るの墓』(1988)
『おもひでぽろぽろ』(1991)
『平成狸合戦ぽんぽこ』(1994)
『ホーホケキョ となりの山田くん』(1999)

という、4つのスタジオジブリ映画作品です。

前回までの、
鈴木敏夫さんと糸井重里の対談で、さんざん、
宮崎駿さんと高畑勲さんのすごさが語られたところで、
今日からは、ご本人に直接、「仕事のやりかた」を、
正面から尋ねたインタビューを、おとどけいたします。

企画力、チームワーク力を磨きたいという人に最適の、
どこにもない熱い熱いの言葉を、うかがってきました。

昨日までの
「ジブリの仕事のやりかたが立体的に伝わる
 DVD4作品特別セット」へのたくさんのご注文を、
ほんとうにありがとうございました。
今日からは、「ほぼ日」紙上での仕事論がつづきます。

ほぼ日 高畑さんは、いつも、
これまでにない映画に挑戦するというか、
アニメーションの表現の枠を
開拓する仕事をなさっているように思います。

どういう映画を作りたいと考えて、
これまで仕事をやってきたのか……
それぞれの作品をはじめるときの動機から、
詳しくうかがってもよろしいでしょうか?
高畑 ぼくが、
東映動画というアニメーション制作会社の
入社試験を受けたときには、
まだ、『白蛇伝』もできていませんでした。

(『白蛇伝』とは、東映動画がはじめて作った
 作品で、当時受験生だった宮崎駿さんが見て、
 アニメの道に入るきっかけになった漫画映画)

当時、漫画映画といえば、
ディズニーやアメリカの
アニメイテッド・カートゥーンですが、
ぼくはそのファンでもなかったし、
ああいう人物の動かし方に
惹かれていたわけでもなかったんです。

アニメーションの道に入るきっかけは、
ポール・グリモオという監督の
長編アニメーション作品
『やぶにらみの暴君』(フランス・一九五二年)
を見たことでした。

「アニメーションでこんなことができるのか?」
と、びっくりしちゃいまして……
結局、今になっても
「アニメーションという手段は、
 すごい可能性をもったジャンルだ」
と考えているのだから、
『やぶにらみの暴君』という作品は、ぼくに、
出発点から今に至るまで影響を与えているのでしょう。

アニメーションという表現形態は、
もちろん、スラップスティックな笑いを
提供することもできるけれど、
ファンタジーも可能だし、深刻なテーマだって
扱うことができるわけですよね。
アニメーションは、
さまざまなものを扱える媒体なのです。

ただ、つくるときは、
「アニメーションでなければ出せないものを、
 ちゃんと作品の中で出せるだろうか?
 それができなければ、
 アニメーションでやる意味が
 ないのではないだろうか?」

そういった問題意識が、
大切なのだと思っています。

「ある素材を、どう扱えば
 おもしろいアニメーションになるだろうか?」
という問いは、正確に言いなおすとすれば、
「この素材は、アニメーションとして
 表現するに値するものになるのだろうか?」
ということになると思っています。

たとえば、ぼくが人から何かを
「やらないか?」と言われているのに
お断りをするときには、多くの場合には、この
「アニメーションでなければ出せないことを、
 作品の中で出せるだろうか?」
というところで、ひっかかるからなのですね。

「すでに子どもに非常に人気のある絵本」を、
アニメーション作品にしてほしいという依頼は、
少なくありませんでした。
かつてぼくは、そうしたある依頼に対して、
次のようにお答えしたことがあります。

「この絵本を、
 アニメなんかにしてしまったら、
 そちらの方に
 人気を取られてしまうかもしれません。
 せっかく、多くの子どもたちが
 想像力をはたらかせてこれを
 たのしんでいるのに、もったいないですよ。
 アニメにするべきではないのではないでしょうか。
 子どもにとっては、
 この作品を絵本のかたちで直に親しむ方が、
 ずっと意味があると思います」

かつての『ハイジ』にしても、
『母をたずねて三千里』や『赤毛のアン』にしても、
ぼくは、はじめは、なんでこんなものを
アニメーションにしようとするんだろう、
する必要はないんじゃないか、
というところから出発しました。

そしてそのあたりのことを、自分なりに
かなり深刻に考えたあげくに取りかかった、
という経験がありましたから。

「アニメーションという表現手段を取ること」
の意味が出るものにしたいという気持ちは、
いつもありますし、そこのところがつかめないと、
ぼくは作品に対して手が出せないと言いますか……。

特に原作がある場合には、最初から
「この原作をどう脚本化するか」
なんていうことを考えはじめるのではなくて、
それ以前のところで、まずは
「独立したアニメーション作品として、
 意味のあるものになるだろうか?」
というところを、
ちゃんと考えてゆくことが必要だと思っています。

ぼくたちの仕事はなにかと言うと、
やはり「アニメーション」なのです。

だから、原作が
ふつうの意味でたとえすぐれたものだとしても、
それに触発されて
「アニメーション作品としての新鮮なイメージ」
が自分の中に生まれてこなかったら、
取りかかれないのです。

そして、こんな感じの作品になったら
おもしろいだろうなあ、
とわくわくしはじめたら、
やっと取りかかりたくなるわけです。
ほんとうにそれが
うまく実現できるかどうかなど、
この段階ではまったくわかりません。
でも、こういうものが
実現したらおもしろいにちがいない、
という「イメージ」が
生まれないことにはどうにもならない。


そこが、とても大事なんです。

少なくとも、その
「アニメーション作品としてのイメージ」
を持てるようになってから、
作品をやりはじめるべきなのではないだろうか
ということは、ぼくはやっぱり、
自分だけではなく、
人の作品でも言えることだと思います。

ぼくらはセル・アニメーションという
技術の範囲内で、その制約を
制約としてだけとらえるのではなく、
むしろそれを特性や利点として
生かそうとしていたような気がするのですが、
CGの発達など、
技術的に表現手段が増えれば増えたで、
かえって、「アニメーションとはなにか」が
問われることになるからです。

ぼくの場合は、絵描きでもないのに
アニメーションの演出をしていますから、
アニメーションを作るということになると、
「絵を描く才能のあるスタッフに
 一緒に仕事をしてもらうこと」
が非常に大切です。

だから、やっぱりさっき言ったような
「こういうことがアニメーションで
 実現できたら、おもしろいんじゃないか」
ということを一生懸命伝えなければなりません。

才能のあるスタッフたちに、
自分がわくわくしているイメージや
その可能性を話し、
ある程度それを思い描いてもらえないと、
新しい試みや、特に困難な挑戦に
いどんでくれるはずはないですから。


たとえば、『火垂るの墓』の場合には、
そもそも、作る前から
「主人公が死んでしまうような話を誰が見るの?」
とか、
「そんなもの
 アニメーションでつくってどうするの?」
と言われるわけです。

そういう時に
「それはそうだろうけど、こういう感じは
 アニメーションでしか出せないんじゃいないか」
というだけでなく、もっと積極的に
「この作品で、アニメーションなら
 こういうおもしろい表現ができるんじゃないか」
とか、
「こういうひとつのあたらしい世界が
 成り立つんじゃないか」
などと主張しなければならないでしょう。

正確なことは思いだせませんが、
そのときにぼくは、作画の中心になってくれた
近藤喜文さんはじめ、
スタッフになにがおもしろくなるのか、
そのイメージを伝えたはずです。

場合によっては必死に説得しなければなりません。

近藤さんや山本二三さんや百瀬義行さんも
「それは、おもしろいかもしれない」と思ってくれた。
だからできたことって、たくさんあるんです。
むろん、この段階では
まだ明確ではないですし、手探りで、ですが。

こういう話をしていると、
「あなたは、絵を描かないのに、
 なぜアニメーション監督をやっているのか?」
というような疑問を持つ人がいるかもしれません。

ぼくは最近いつも、そう聞かれたときには、
「ディズニーという人もそうなんです」
と答えています。

比較の対象としては非常におこがましいし、
もちろんディズニーは、
もともとマンガを描く人で、ミッキーマウスなどを
創造した人物ではありますけれども、やはり
「絵を描かないで、アニメーション映画を作った人」
なのです。

もともとは絵描きだったのかもしれないけど、
一緒に仕事をしていた
アブ・アイワークスという人のほうが、
自分よりもずっと絵がうまいということになると、
彼はあっというまに、絵を描かなくなるんです。

ディズニーは、
すでに無声映画時代から絵を描いていません。
あとの半生は、優れた才能を集めてイメージを伝え、
しかもその人たちの能力を、
過酷なまでに、実に見事に引き出したわけで……
そういうアンサンブルを作り出すことに徹していました。

彼が「絵を描かない」と決めた判断力は
すごかった、とぼくは思います。
なぜならそのことによって、ディズニー自身が
「自分で描いていることの狭さ」
から脱出できたのですから。

もちろん、
ぼくの場合などは、ディズニーと同じような次元で
話ができるわけもありませんが、
「自分で描く狭さから脱出する」
ということについては、自分なりに、
実感で理解することができるのです。

自分が絵描きで、
その絵を生かそうと思った場合には、
それを生かす作品しかできないわけです。

しかし、絵描きではないにしても、
絵への感覚を研ぎ澄ませて
「絵がわかる」という状態を持っていれば……
「さまざまな才能と組むことができる」
のですね。

しかも、自分で描かないという立場であれば、
才能を持っている人を
自分の色にねじふせて
絵を描かせるのではなくて、
「その人の絵の才能を発揮してもらう」
という方向に
もっていけるのではないでしょうか。
いや、もっていくしかないんです。

組んで
いっしょに作品づくりをしてくれる人は、
ときには描きもしないのにえらそうに、
と腹が立つこともあるでしょうし、
宮崎駿はぼくのことを、
「生き血を吸う『日本住血吸虫』」
なんて言っていたこともありましたが、
たしかにそのとおりで、
才能を発揮してくれたスタッフへの
感謝の気持ちや申し訳なかった気持ちは
つねにあります。

しかし、それはこちらがいじめた、
というのではなく、その人たちにとっても、
自分のあたらしい可能性を開発できた機会だった、
ととらえてくれているのではないかと、
思いたいんです。

こちらがその機会をつくらなければ、
その人のなかにあった、
あたらしい才能は、陽の目を見ないままに
なったかもしれないのですから。

そういうことで言うと、図々しいですが、
ぼくは、自分が絵を描かないで
アニメーションの演出をやっていることは、
決して弱点とは
言えないのではないかと思っていますし、
実際にそういう立場で作品を作ってきました。

ただし、絵を描かないかわりに、
できるだけ的確な判断力が
必要とされるのでしょうけれど。
  (明日に、つづきます)



※販売は終了しました。
 ありがとうございました!
  (7/29)


スタジオジブリの仕事の現場に映像で入りこみ、
「ソフトを生みだす方法」や、
「ソフトを仕入れる方法」をつかみとるための、
総計12時間のドキュメンタリーセットを特別販売!


スタジオジブリの仕事のやりかたの連載を読んで、
「……実際に、ジブリの仕事の風景を見学してみたい!」
と思ったあなたに、「ほぼ日」が、自信を持って
オススメできるドキュメンタリーが、4作品あるんです。

鈴木敏夫さんと糸井重里による
ここでしか読めないような創作の内情を語る対談に続き、
高畑勲さんや大塚康生さんへのインタビューも掲載予定。
この連載と一緒にたのしむと、立体的に、
仕事上の「ジブリ・メソッド」を学べてしまうような、
そんなDVD4作品を、「ほぼ日」は期間限定で
特別セット発売をいたします!

糸井重里が、何年も前から、くりかえしたのしんでいる
6時間40分・全3巻の大長編ドキュメンタリー
『もののけ姫はこうして生まれた。』の中には、
宮崎駿さんの仕事への執念が、浮き彫りになっていますし、
他の3作品と併せて、総計12時間の映像を見終わった後には
身のまわりを眺める視点さえも、変化するかもしれません!

職人的な仕事をやっている人が、何度もくりかえし見ると、
仕事への活力と志と方法論が磨かれてしまうかもしれない、
そんな、スタジオジブリ特別ドキュメンタリーセットを、
「ほぼ日」は、期間限定販売で、おすそわけいたしますね。

このページでは、糸井重里による推薦文で、
それぞれのドキュメンタリーを、ご紹介しましょう。



宮崎駿の、命を削る創作法。

詳しくはこちらへ

全3巻にわたる
このドキュメンタリーを見ると、
長編アニメーションをつくる仕事というのは、
実に、文字通り、
命を削っているというふうに思います。

自分より年上の
宮崎駿さんがここまでやっているのだから、と、
ぼくは、このドキュメンタリーを思い出しては、
よく自分の尻にムチを入れてきたのですが、
やっぱり、とてもかなわないですねぇ。(糸井重里)

DVD3枚組:6時間40分
出演:宮崎駿・高畑勲・鈴木敏夫・糸井重里
   スタジオジブリのみなさん




スタジオジブリの栄養の摂り方とは?

詳しくはこちらへ


「あなたは、あなたの食べたものである」
という言葉があります。
自分の食べてきたもので、
自分はつくられているというわけだ。
高畑勲さんは、フレデリック・バック氏に、
手紙を出したところから
交流をスタートさせていました。
宮崎駿は、無条件に大きな影響を受けた人物として
迷いなく、サン=テグジュペリの名をあげています。
ジブリのふたりの巨匠の裸が見えるようだ。(糸井重里)

DVD2枚組:1時間30分
出演:宮崎駿・高畑勲




日本のアニメの「苗床」だ。

詳しくはこちらへ


巨匠と呼ばれるふたりの監督、
高畑勲さんと宮崎駿さんが、
共通して「先生」と呼ぶ人がいます。
もともと、アニメーションという言葉は、
「命を吹き込むこと」を意味していますが、
絵が動いて、物語を紡いでいく原点の喜びを、
若いアニメーターたちに教え続けてきたのが、
大塚康生さんなのです。
大塚康生さんのいる場所は、
日本のアニメの「苗床」だと思う。 (糸井重里)

DVD作品:1時間47分
出演:大塚康生・高畑勲・宮崎駿・鈴木敏夫




好きが価値を生む時代に。

詳しくはこちらへ


スタジオ・ジブリという夢の工房の
仕事のやりかたが、ここから覗けます。

とにかく、まずは動機ありき、なのだ。
やりたくてしかたないことを、やる。
同じ思いの仲間を集める。
そして、恐れることなく、本気を出す。
おとなたちだからこそ、必死に遊ぶことができるのだ。
常識やマーケティングを
超えることが、新しい価値を生みだす!(糸井重里)

DVD作品:2時間18分
出演:宮崎駿・鈴木敏夫・糸井重里




4作品のほとんどすべてに
宮崎駿さんと高畑勲さんと鈴木敏夫さんが登場、
2作品には「ほぼ日」糸井重里も、登場しています。
おとなの本気の仕事論をぶつけたドキュメンタリーを、
「ジブリの仕事のやりかた」連載と一緒にたのしんでね。
今回お買い求めいただいた方の中から抽選で
ポストカードや「日本漫画映画の全貌」の入場券が
当たります。詳しくはこちらでご確認ください。

「ジブリDVDほぼ日セット」
ご注文はこちらへどうぞ!
※販売は終了しました。
 ありがとうございました!

  (7/29)

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2004-07-29-THU


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