村口和孝さんは、
新しく事業をはじめようという人と
その会社に資金を投じて、
生まれたての企業の成長を後押しする、
独立系ベンチャーキャピタリストです。

そして、大学の経済学部に籍をおいていたころ、
授業よりも熱心にシェイクスピア劇を演出していた
大のシェイクスピア好きでもあります。

そんな村口さんにとって『ヴェニスの商人』は、
数あるシェイクスピア作品のなかでも、
特別な作品のひとつです。なぜなら、
ベンチャーとは何か、投資とは何か、だけでなく、
友情やものごとの本質についても教えてくれるから。

ただ、村口さんの読み方はちょっと変わっています。

なぜなら、かの有名な「人肉裁判」よりも、
「アントーニオの船が戻ってきた」ことに
心を揺り動かされるから。

そんな村口さんと、
2人のシェイクスピア研究者がめぐりあいました。

松岡和子さんと河合祥一郎さん。

ともにシェイクスピア全作品の新訳に挑んでいます。

3人の会話はどんな盛り上がりをみせたのでしょう。

3.
シェイクスピア作品の中の
「試す」系

松岡
『ヴェニスの商人』を投資家の視点から読む、
アントーニオを軸にして読むというのは、
すごく新鮮です。
村口
ほんとに、
「選ぶ」というのは投資の出発点なんです。

選んで堪え忍ぶ。

だいたい投資したときは、
みんなに「え?」と言われる。

それで5年くらいたったら
全部戻ってくる。
河合
アントーニオは、
村口さんなんですね!
村口
アントーニオから学んだんですよ。

学生時代に『ヴェニスの商人』を
演出したことがあるんです。
河合
どうして、
『ヴェニスの商人』だったんですか?
村口
『テンペスト』もやったんですけどね。

『ヴェニスの商人』をやったときは、
投資家になろうというのは決めていましたね。

この戯曲には本当に
「選ぶ」ことがたくさんでてくる。

ランスロットも主人を選ぶ。

ジェシカはキリスト教を選ぶ。

バサーニオは箱を選ぶ。

友だちだって、勉強相手だって、
みんな選び方で
人生はちがってきますよね。
松岡
作品と自分の将来が
完全に重なっていたんですね。

おもしろい! 
村口さんにとってのキーワードが「選ぶ」なら、
私もここでちょっと。

実はこの作品、
わたしはうっすら苦手でした。
河合、村口
へぇ〜〜〜〜〜。

愛を試す芝居

松岡
つきあってくると、
嫌いな作品というのはなくなります。

手がかかる子ほどかわいいというけど、
愛着がわいてくる。

でも『ヴェニスの商人』は
なんとなく苦手だった。

でもあるとき、
パンフレットに解説を書けといわれて、
「よし考えよう」と思って
改めて向き合ったんです。

それでわかったのは、
私が苦手なのは、「試す」から。
河合・村口
ほぉ。

松岡
この芝居は人を試すんです。

バサーニオはアントーニオに
金を貸してくれといって愛を試す。

いちばん試すのが最後の指輪。

自分が贈った指輪を、
身分を偽って差し出せという。

あのポーシャが大嫌い(笑)!
あんな風に男を試すな、と思う。
河合・村口
(笑)
松岡
この芝居は、
大きいところから小さいところまで、
人を試す。

しかもいちばん試しちゃいけないもの、
愛を試す芝居なんです。

告白しちゃうと、
私は試されるとはまっちゃうタイプ。

だまされやすい人間だから、
余計に苦手なんです。
河合・村口
ほぉ、ほぉ。
松岡
シェイクスピアはけっこう
人を試す芝居を書いていて、
最たるものが『リア王』。

リア王も愛を、言葉で試す。

アントニーとクレオパトラもそう。

大間違いのもとですよ。

シェイクスピア作品には、
一連の「試す」系作品があることに気づきました。

ぜったいにやってはいけないことを、
人間の最も深い倫理的な罪として
描いている。

それが盛りだくさんなのが
『ヴェニスの商人』だと思うんです。

「選ぶ」と「試す」は表裏一体

河合
村口さんの読みは、積極的に選ぶ。

松岡さんの読みは「どう選ぶの?」と言われる側で
試されている。
松岡
試すと選ぶは、ひとつの表裏。

あわせ鏡なんですね。

選ぶ力があるかないかが試されている。
村口
選びそこねる人もでてくるわけで、
人生は残酷ということですね。

選びようもなく、
受け入れざるを得ない運命もあるけれど、
選ぶ未来もある。

それを何万回と繰り返しながら
人生は悲劇になったり喜劇になったりする。

そういうミニ社会をヴェニスに構築したのが、
『ヴェニスの商人』ですかね。
松岡
村口さんが舞台をいまに変えて、
もういちど演出したら
おもしろいでしょうね。
村口
いろんな経験をしてきたから、
いまならもっと生々しくできるかもしれませんね。

戯曲を書いてもいいかも。

『東京の投資家』、
あるいは『六本木の投資家』?
松岡
ボンドも証文じゃなくて、債券証書で?
河合
いやぁ、ほんとにおもしろかったですね。

シェイクスピアは、村口さんの話を聞いて
この本を書いたんじゃないかと思えるくらいでした。

もっとも、村口さんがはじめてではなくて、
マルクスを読んで書いたんじゃないかとか、
心理学を学んで書いたんじゃないかと、
よく言われます。時代はまったく違うのに。

そのくらい「そう読めるよね」というのが
幅広くシェイクスピアには入っています。

村口さんの話を聞くと、
「アントーニオの視点からみると、そうだよね」
と思えますね。
松岡
本当におもしろかったです。
村口
ありがとうございました。

(以上で座談会は終わりです)

2018-03-04-SUN