須賀川対小高工

あと、ふたつ勝てば、甲子園。
どういう気持ちだろうと思う。

準決勝の二試合目、雨で仕切り直しとなった、
須賀川高校対小高工業高校。
どちらもノーシード校である。

昨日の湿り気がまだ少し残る郡山開成山球場。
朝9時に試合ははじまった。

前回、ちらっと書いたように、この試合、
ぼくはどちらの高校にも偏った知識がなかった。
それゆえ、すごくフラットに、
さぁ、どっちもがんばれという気分でスタンドにいた。

実力からいっても両校は拮抗する。
エースを中心に固い守りで接戦をものにするという
チームのタイプも似ているように思う。
どちらが勝っても、聖光学院と戦うことになる。
そしてその向こうには、甲子園が見える。
さぁ、どっちもがんばれという気分で
ぼくはスタンドにいた。

どちらを応援するでもなく観はじめて、
いつの間にか手に汗握りながら展開を追う。
そんなたのしみかたができるのが、
高校野球というスポーツのよいところだと思う。

ためしに、みなさんも、
なんとなく観はじめてみてはどうでしょう。

先攻は須賀川高校。
学校創立明治40年、野球部創立昭和23年という伝統校。
しかし、甲子園出場はまだない。
去年開催された秋の大会ベスト8。
この大会では準々決勝で
シード校の学法福島を破って準決勝進出。

後攻、小高工業高校。
福島第一原発から20キロ圏内に校舎があるため、
現在はサテライト校に分かれて練習している。
去年、夏の大会ベスト4。
この大会では準々決勝で
シード校の日大東北を破って準決勝進出。

よし! どっちもがんばれ!
そういう気分で観はじめていいのが
高校野球だと思いますよ。

小高工の先発は、野原くん。
準々決勝では日大東北を3点に抑えて完投勝利。


いちばん熊倉くん、
いきなりフォアボールを選んで一塁へ。


それを二番渡辺くんがきっちり送る。
この「きっちり送る」ができるのが
ベスト4に残るチームなんですよね。
いや、ほんと、「きっちり送る」は重要。
さぁ、ワンアウト二塁。


三番、榊枝くん、
流し打って、一二塁間を破る!
二塁ランナー、三塁を蹴る!

が、ストップ、ストップ。
サードコーチャーの林くんが止めました。
ちなみに林くんは須賀川のキャプテン。
背番号4番をつけていますが、
セカンドは、いまランナーの
2年生熊倉くんが守っています。

さぁ、ワンアウト一三塁、先制のチャンス。
バッターは四番、佐藤元紀くん。

打った! セカンドへ!

ダブルプレー!
須賀川高校、先制ならず!

須賀川高校の先発は、須藤くん。
低い重心から投げ込まれるストレートが身上。

一番打者ながら長打力のある草野くん。
ストレートを振り抜くと、
キン! という甲高い音が朝の球場に響き‥‥。

センターの頭上へ。

そのままバックスクリーンへ飛び込む!
ホームラン! 先頭打者、ホームラン!

右手を挙げてベンチにアピールする、草野くん。
小高工業高校、1点先制!


両チーム、いや、観客席も含めて
ちょっと固かった球場の雰囲気が、一気にはじける。
そう、1点取るごとに、甲子園が近づく。
もう準決勝なのだから。

須賀川内野陣、早くもマウンドに。
そう、切り替えていこう。

須藤くん、落ち着いて後続を絶つ。

1回を終わって1対0。
小高工業高校、リード。



追いかける須賀川高校。
しかし、野原くんの制球がよく、
2回、3回と三者凡退。



一方の須藤くんも大きく崩れることなく、
ランナーを背負いながらも、
2回、3回と無得点に抑える。



須賀川高校、4回表の攻撃。
先頭の渡辺くんがフォアボールで出塁。

ここで、先ほどヒットを打ってる
三番の榊枝くんなんですが、
そうそう、榊枝くんについて、
ぜひお伝えしたいことがありましてね‥‥。

この榊枝くん、
ネクストバッターズサークルに入るとき、
かならず‥‥。

腕立て伏せをするんです。
10回くらい。

腕立て伏せを終えた榊枝くんが
ゆっくりといまバッターボックスへ。
「オレにまかせておけよ‥‥
 かっとばしてやるぜ!」

と見せかけて(見せかけてないけど)、
バントだーーー。

しかもけっこう、いいバント!

しかも、それを取りにいった
ピッチャー野原くんが転倒!
ノーアウト、一二塁とチャンスが広がった。

ここで四番佐藤くんがあらためて送りバント。
そう、「きっちり送る」。



ワンアウト二三塁。



バッター矢吹くん。
スクイズも十分考えられる場面。
さあ、どうする。

強攻!!

ライトの前へ!
三塁ランナー、返って、同点!!
二塁ランナーは?

ストップ、ストップ!
アグレッシブな三塁コーチャー、
キャプテン林くんが止めました。
さらに、チャンスは続きます。
ワンアウト一三塁。

続く清水くん、打った! レフトへ!
これは、犠牲フライになるか?
三塁ランナー、榊枝くん、どうする?

行った! スタートをきった!



クロスプレイ!

アウト!! 
須賀川高校、勝ち越しならず!

しかし、4回表、
須賀川高校、同点に追いつきました。

しかし、そう簡単に流れを渡すわけにはいかない。
その裏、小高工、四番高野くんが
センター前ヒットでノーアウトから出塁!

五番、斎藤くんが「きっちり送る」。
いや、ほんとにね、両チーム「きっちり送る」のよ。
もう、なんていうか、ほれぼれする。

ほれぼれしているあいだに、ワンアウト2塁。
勝ち越しのチャンス。

バッター野原くん、打った!



サードゴロ、一塁経送球してアウト。
その間にランナーは三塁へ。

ツーアウトながら、勝ち越しのランナーが三塁。
打席に、丹伊田くん。

ピッチャー、須藤くん、踏ん張れるか。



空振り三振! 小高工業高校、無得点!

試合開始当初は曇り空で、
吹く風が涼しいくらいだったんですが、
中盤に入るころには、ご覧の青空。
気温もぐんぐん上がってきました。



5回は両チーム無得点。
6回の表、須賀川高校の攻撃は、
一番、熊倉くんからの好打順。



熊倉くん、フォアボールで一塁へ。
ノーアウト一塁で、つぎが二番の渡辺くん。
ということは‥‥?

送りバント! 渡辺くん「きっちり送る」。



ヒットが1本出ると1点入る可能性がある、
ということで、攻撃側にとっての「二塁」を
「スコアリングポジション」と言ったりしますが、
スコアリングポジションにランナーを進めて、
打席には、腕立て伏せを終えたばかりの榊枝くん。

腕立て伏せで鍛えた自慢の上腕二頭筋にものをいわせ、
強引に引っ張る、ということをせず、
ライトへ押っつけた。
打球は、ライトの前にぽとりと落ちる。



熊倉くんが三塁を回って、ホームイン!
須賀川高校、1点勝ち越し!



先頭打者ホームランで先制されてから、
ようやく主導権をにぎった須賀川高校。

なおもランナー2塁。
そう、スコアリングポジション。
ヒット1本でもう1点入るところにランナーがいる。

佐藤くん、打った! 打球はライトの前へ!
またしてもふらふらと上がり‥‥。

ぽとりと落ち‥‥落ちない!
セカンド居村くん、ナイスキャッチ!
いや、これはほんとうに難しいところ。
よくぞ捕った。すばらしい。泣けてくる。



そしてこれに対応して、二塁ランナーが
きっちりタッチアップして三塁を陥れるあたりが
さすが準決勝だよ。両校、すばらしいよ。
このへんで泣けてくるぼくはへんですか。

そしてつぎの打球も
センターとセカンドとショートのあいだに上がる、
たいへん難しい打球だった。
しかも、午前中の太陽は、三塁側の低い場所から
打球の見極めをジャマするように照っている。
ところがセカンドの居村くん、
写真がきっちり撮れてなくて申し訳ないんだけど、
なんと、咄嗟に右手で帽子を脱いで、
それを「日除け」にしてかざしながらバック、
センターの前で打球をキャッチ。
いや、びっくりした。泣けてきた。





6回表、須賀川高校、1点止まり。
ハイタッチで居村くんを迎える小高工ナイン。
いや、ぼくもそこのタッチに加わりたいくらいだ。



はじめてリードされた小高工業高校。
円陣を組んで気合いを入れる。
そう、もう6回裏だ。
ちょっと気を抜いた回が続くと、試合は終わってしまう。

このあたりからは両校、声援がずっとやまない。
こみあげくる、福島大会準決勝。
どちらにとっても、あとふたつ勝てば甲子園。



三番鶴島くんの当たりはセカンドへ。
これがエラーをさそって、ランナー一塁!

マウンドへ集まる須賀川内野陣。
そう、点を取った直後の回だ。大事に守りたい。
ああ、試合の流れが、両チームのあいだを行き来する。

高野くん、この試合2本目となるセンター前ヒット!
ノーアウト、一二塁!

そして、ここで投球がワンバウンド。
小針くん、後ろへそらしてしまう。



さぁ、たいへんだ。
二塁、三塁。しかも、ばりばりノーアウト。

続く斎藤くん、フォアボール!
満塁! ノーアウト満塁!

小針くん、すかさずピッチャー須藤くんのところへ。
このふたりのバッテリー、漫画的な視点でいうなら、
ピッチャーとキャッチャーの体型が逆です。
でも、いいバッテリーなんだ。

バッターは野原くん。打った!
ああ、打ち上げた!

キャッチャー小針くんへのファールフライ。
ワンアウト満塁。

準決勝、6回裏、ワンアウト満塁。
いや、ピッチャーって、ほんとすごいなぁと思う。

スクイズーーーーーー!

しかし、ファール、ファール。

打って、詰まったあたりが一二塁間へ。



セカンドがさばくが、ファーストのカバーが遅れた!
内野安打!

同点! 6回裏、試合は振りだしに戻る!
なおもワンアウト満塁。

再び、スクイズーーー!
しかし、須賀川バッテリー、これを読んで外した!



三塁ランナー、懸命に戻るも、タッチアウト!



続く吉田くんはピッチャーゴロ。
スリーアウトチェンジ! 同点どまり。
しかし、なんていうんだろう。
6回裏、小高工業高校が追いついたともいえるし、
須賀川高校が1点でしのいだともいえる。

7回表、ワンアウトのあと、
小林くんのあたりは三塁線へ!



フェア! 小林くんは一塁を回ったところでストップ。
須賀川高校、ワンアウト1塁。



試合は7回。当然、1点もやりたくない。
野原くん、踏ん張れるか。
小針くんが1塁側へ打ち上げる。

スタンドへ入りそうな当たりを、
ファースト、高野くん、ナイスキャッチ!
傾きかけた流れを、ぐっと引き戻す。

ここで打席には、九番打者、ピッチャーの須藤くん。
ここまで、まったくいいところがなく、2打席連続三振。
高校野球のピッチャーは
打撃でも中軸を担うことが多いんだけど、
この須藤くんは、どうも、そうじゃないみたい。
ていうか、バッターボックスに入ると、
マウンドでの迫力がまったくなくなるからおかしい。

須藤くん、この日、3つ目の三振!
7回表、須賀川高校、無得点。

2対2、同点のまま。



7回裏、小高工業高校の攻撃は、九番志田くんから。
そしてそのあとは、一番草野くん。
草野くんは初回の先頭打者ホームランのあと、
ツーベースも打っている。
小高工としては、ランナーを出して草野くんに回したい。



志田くん打った! しかしレフトフライ。

さあ、怖い草野くんが打席に。
ひょろひょろキャッチャー小針くん、
外野を、ぐーっと後ろへ下げる。



レフトとセンターがずいぶん深くまで下がった。

さあ、草野くんと勝負。

甲高い快音、開成山球場に響く。

深く守っているセンターの‥‥。

その頭上を越えていく!



ツーベース!
草野くん、この日3本目の長打!

毎回、ランナーを背負う須藤くん。
ワンアウト2塁。

居村くん、打った! レフト線!

切れるか? レフト線、きわどい!

フェアーーー!!
草野くん、当然、三塁を回る!





小高工業高校、1点勝ち越し!





歓喜の小高工ベンチ!





ああ、すごい試合だ。さすが準決勝。
須賀川高校にとっては、
重い重い1点がスコアボードに。





ここで、つぎの鶴島くんに、
ワンボールとなったところで、
キャッチャーの小針くんがマウンドにすっ飛んでいく。
サイン違いだったのかな、と思うくらいに、
びゅっと走って行った。
そして、ちょっとぼんやりしてる須藤くんに、
何度も何度も話しかけて、戻る。





小針くんのアドバイスが効いたのか、
須藤くん、後続をおさえてスリーアウトチェンジ。

小高工業高校、3対2とふたたび勝ち越す。
そして試合は8回表。終盤。



打席に一番、熊倉くん。
打った! しかし、レフトフライでワンアウト。



二番渡辺くんはショートゴロでツーアウト!
ここで、打席に入るのは、この男‥‥。

腕立て伏せが、おいらの大事なルーティン。



そして、打席に入ったら、
バッターボックスを、ならす、ならす。

そんな、ルーティンを大事にする男、榊枝。
打った!

センター前ヒット! さすが!
ていうか、この日、4本目のヒット!



続いて、打席には、四番の佐藤くん。
打った!



しかし、センターフライ。
スリーアウトチェンジ!



小高工業高校、守りきった!

いよいよ大詰め。準決勝。

まずはこの回を抑えて、
最終回の攻撃にかけたい須賀川高校。

しかし、先頭の斎藤くんがレフト前ヒット!



続く野原くんが、「きっちり送る」。
ほんとうに、よく鍛えられている。



8回裏、ワンアウト2塁。
追加点がほしい小高工業高校。
1点もやれない須賀川高校。

打った! 痛烈!

ピッチャーライナー!
須藤くん、捕って振り向きざま、二塁へ!
二塁ランナー、戻れない! ダブルプレー!





踏ん張った須藤くんをねぎらう須賀川ナイン。

さぁ、9回表。差は1点。

応援は、ずっと続いている。





高まる気持ちと、静める気持ち。
張り詰める、9回表。

須賀川高校、先頭は矢吹くん。
塁に出たい。ファールで粘る。





ファール! またしてもファール!
粘る矢吹くんに球場がどよめく。



そして、ついに、フォアボール!
先頭打者が出た。

祈る須賀川高校応援席。

続く清水くん、「きっちり送る」!
大事な大事な、送りバントが成功。

最終回、1点差、ワンアウト二塁。
さあ、もう、あとは打つか、抑えるか。



アグレッシブな三塁コーチャー、
キャプテン林くんの動きも激しくなってきた。



打席の小林くん、
ツーストライクと追い込まれた。

──打った!

センターへ‥‥抜ける!









同点ーーーーーっ!!





なんなんだろう、この子たちは。
ほんとうに、すごい。

9回表、須賀川高校、同点に追いつく。
準決勝、どちらのチームにとっても、
あとふたつ勝てば、甲子園。

守る小高工業高校、マウンドに集まる。
そう、まだ同点だ。



勝ち越しのランナーを二塁において、
打席に、キャッチャーの小針くん。
今日はまだノーヒット。

インコースのまっすぐを振り抜く!

打球はセンターの前へ!

──落ちた!

二塁ランナー小林くん、三塁を蹴る!



ボールが返って来る!
キャチャーブロック!
クロスプレイ!





セーーーーフ!!!

勝ち越し!



須賀川高校、土壇場でひっくり返した!

9回表、4対3!



しかし、試合はまだ終わってない。
野原くん、送りバントでツーアウト2塁とされたあと、
一番熊倉くんをサードフライに打ち取る。
スリーアウトチェンジ。



さぁ、9回の裏だ。
打席には2年生の代打、高橋くん。

センターフライ! ワンアウト!

打席に、9番志田くん。

打った!

ショート、深いところ!
しかし、捕った。

一塁へ!!

セーフ、セーフ! 内野安打!

9回裏、1アウト1塁。

ここでバッターボックスに迎えるのは‥‥。

今日、絶好調の草野くん。
ホームランのあと、ツーベース2本。

もう、見守るしかない。

打った!

ショートへ!
ショート捕って、セカンドへトス!

二塁、フォースアウト!
そして、二塁から一塁へ!



アウトーーーー!!
ダブルプレイ!

試合終了。

だめだ、この写真をみてると、ちょっと無理。



せめて、しばらく、放心させてあげたいけど。

整列に行かなくちゃ、いけない。



すばらしい準決勝だった。





小高工業高校に、拍手を。

そして、須賀川高校に。

拍手を!





小高工業高校の選手たちが、
応援席に向かって、
最後に一礼したとき‥‥。

片山監督だけが、最後の最後まで、
長く長く、頭を下げていた。
なにか、思いがあったのだろう。
わけても今年は特別な夏だから、
いろんな思いが、あったのだと思う。





野球帽の「ひさし」は、
夏の終わりに一度だけ、特別な役立ち方をする。



こういう場所に来るまで
わからなかったことがいっぱいある。
たとえば、ねぎらうのはいつだって
二桁の背番号を持つ選手だ。

レギュラーは切ないんだよ、と、
聖光学院の斎藤監督が言っていた。

須賀川高校の選手たちは、
試合後、勝利に酔いしれることなく、
グラウンドの整備をしている。

そう、明日、もっとも大事な試合が待っている。

試合後、どうしても聞きたいことがあったので
須賀川高校、キャッチャーの小針くんに取材した。

ねえ、須藤くん、
7回裏、1点とられて、
なおワンアウト2塁のところで、
ワンボールになってから
マウンドにすっ飛んで行ったでしょう?
あれ、なにを話してたの?

小針くん
「ああ(笑)、あの、ワタル(須藤投手)が、
 いつも笑顔なんですけど、
 あのときだけ、顔がこう、
 怖かったというか、笑顔がなかったんで、
 『まだ試合やってんだから』
 『がんばろう』『笑っていこう』と言って」

いいキャッチャーだなあと思った。
そう、思えば、
逆転タイムリーを打ったのも彼だった。
でも、個人的に、印象に残ったのは、
須藤くんをリードする、捕手としての彼だ。

小針くん、もうひとつ。
須藤くんて、内面的には、どういう選手?

小針くん
「やさしいんです。
 ほんと、みんなにやさしい。」

チームメイトを「やさしい」と即答できる高校生。
ああ、いいなあとこっちまで笑顔になった。

須賀川高校は、41年振りの決勝進出なんだそうだ。

決戦を前に、
いろんなメディアから取材される須賀川高校ナイン。

そして、立ちはだかるのは、聖光学院。
福島大会、残すところ、あと一試合。