作家はまじめに「プロポーズ」したけど、
編集者は、いちどは断った。

一冊のギャグ漫画本が生まれるにあたり、
漫画家と編集者との間に、
どのようなやり取りが交わされたのか?

読者の側にはわからない、
一冊の本の裏側の「真剣勝負」について、
当人同士に語っていただきました。

もちろん、ここで紹介するのは、
ひとりの漫画家とひとりの編集者による、
ひとつの「場合」。

旗の台の街を歩きながら、
断片的に交わされた会話を繋ぎあわせて、
全3回として、おとどけします。

担当は、「ほぼ日」編集者の奥野です。

──
藤岡さんは、村井さんから
「夏がとまらない」のような作品を5つ、
と言われたとき、
すぐさま「ピン!」ときたんでしょうか。
藤岡
いえ、きません。ものすごく困りました。
もちろん作品をほめていただけたことは、
すごく嬉しかったんですけど、
「えっ、これが
村井さんのいちばんなのかあ」って。
──
つまり、意外だった?
藤岡
はい、とっても意外でした。
この作品が村井さんのいちばんならば、
自分は次、何を描けばいいのか‥‥。
──
悩んでしまったと。
藤岡
だから5本、描き上がるまでに、
けっこう時間がかかってしまいました。
で、描き上がった5本も、
村井さんの納得のいくような5本じゃ、
なかったと思います。
──
どうですか、村井さん。そのへん。
村井
いえ、そんなことはなかったです。
単に「おもしろいだけ」というか、
「ギャハハ!」みたいな作品とは違って、
「夏がとまらない」は、
狙って描くような作品ではないだろうと、
思っていたんですね。
──
たしかに、頭であれこれ考えて、
ひねり出すようなネタとは違いそうです。
村井
パッと降りてくるような感じ、ですよね。
だからノルマを課すのは難しいかもとは
思いながらも、
結果、藤岡さんから上がってきた5本は、
ぼくの「夏がとまらない」感に、
「ドはまり」していたと言いますか‥‥。
──
おお。
村井
みごとに仕上げてきたなあ、と。

──
それって、具体的にはどういう感じ‥‥。
村井
そうですね、たとえば、
単行本のいちばん最後に入れたんですが、
「ドーン」という作品なんか、
「夏がとまらない」感にあふれています。
これ、藤岡さんの本をつくるなら、
この感じで終わりたいって、
読んだ瞬間に思えた作品なんです。

──
へえ。
藤岡
そうなんですか。
──
つまり、そうやって構成が見えたときに、
編集者は
「あ、本になるな」って思うんですか?
村井
そうですね。いっしょにできるかも、と。
もちろん、それだけじゃないですけど、
やっぱり、
終わりのイメージが見えると前に進みます。
藤岡
この作品‥‥じつは、
はじめ、ここのコマで終わりやったんです。
──
あ、最後の「ドーン」が、なかった。
藤岡
はい。「ドーン」を足したら、
ちょっと詩的になり過ぎるかなと思って。
読後感的にいい感じになり過ぎるかなと、
けっこう迷っていたんです。
──
でも、結局「ドーン」を入れたのは?
藤岡
そうですね、はっきりした理由はなくて、
最終的には、やっぱり直感的にです。

──
藤岡さんって、作品を描くときには
事前に構成を十分に練って描くんですか?
それとも、ぽんっとできるタイプ?
藤岡
たとえば「夏がとまらない」については、
みなさんおっしゃるように、
あるときに、ぽんっと、できたものです。
──
瞬発力というか、大喜利出身ですものね。
藤岡さんは、ネット上の大喜利サイトで、
夜な夜な、活動されていたと‥‥。
藤岡
そうですね、たしかに、初期の漫画って、
大喜利っぽい問題を自分で設定して、
自分でボケるという構成だったんですが、
でも、案外、
ぽんっとつくるタイプとは限らないです。
──
あ、むしろ、考えて描くタイプ?
藤岡
ええ。というのも、NHKの
「着信御礼!ケータイ大喜利」って番組、
あったじゃないですか。
──
はい、板尾創路さんが審査委員長で。
今田耕司さんとか、
千原ジュニアさんとか出ていらした。
藤岡
はい、高校生のときにあの番組を見て、
おもしろいなあ、
自分も大喜利をやってみたいなと思って、
ネットの大喜利サイトに、
夜が明けるまでいたんです‥‥毎日。
──
そこで、いろいろ鍛えられて。

こういう答えはウケるのか‥‥とか。
藤岡
そうですね、お題に対してどう反応するか、
その反射神経も磨かれたと思うんですが、
ぼくがおもしろいと思ったのは
「お題を考えること」のほうだったんです。
そればっかりを、ずっと考えていたことが、
とても大きかったと思います。

──
それはつまり「設定」とか「枠組」ですね。
村井
それって、
ギャグ漫画にとって大事な部分ですよね。
いいお題を思いつくことができたら、
それだけで、おもしろい作品になるから。
──
以前、漫画家さんの大喜利大会を
よく見に行ってたんですが、
たしかに、おもしろい答えが出るケースって、
往々にして、
問題自体がおもしろいんですよね。
藤岡
そうそう、そうなんです。
ですから、大喜利をやっていた理由は、
おもしろい答えを
みちびきだすような問題を考えることが、
むちゃくちゃ好きだったからで。
──
一見、瞬発力で描くことが多そうだけど、
そうじゃなかったんですね。

村井
藤岡さんの漫画に出てくる登場人物って、
「観察」じゃないんですよ。
つまり、街を歩いていたら出会った‥‥
みたいな人はいないんです。
藤岡
いないです。観察じゃ、ぜんぜんない。

ぜんぶ、妄想ですから。
──
つまり、頭で考え出した、
おかしな「設定」とか「枠組」によって、
生み出されたもの。
村井
妄想、つまり状況としては、
ぜったいにありえない設定なんだけど、
そこに「あるある」を感じさせる、
そういうおもしろさ‥‥と言いますか。
藤岡
で、村井さん的には、たぶん、
それだけだと物足りなかったんですよ。
──
なるほど。
村井
たぶん「夏がとまらない」とか「ドーン」は、
大喜利の形式じゃ、出てこないと思います。
──
たしかに。「お題に対する答え」じゃない。
村井
設定された「お題」に対して
「おもしろい答えを出せる」ということは、
もちろん素晴らしい才能なんだけど、
藤岡さんには、
もうひとつ先があるんじゃないかなあって、
直感的に、思ったんでしょうね。
──
それが、「夏がとまらない」的なるもの。

村井
たしかに、おもしろいんだけど‥‥の
「だけど」の部分が、
心の片隅に引っかかっていたんだと思う。
──
だから、すぐにOKを出せなかった。
村井
そこで、なぜ、ぼくが
「夏がとまらない」をいいと思ってるのか、
長めのメールを書いて送りました。
ようするに、さっきも言いましたけど、
藤岡さんの作品って、
いわば「ないない」の世界の「あるある」、
そこの部分が
ぼくはまずおもしろいと思っていますと。
──
ええ。
村井
でも、それだけだと、ひとつ物足りない。
そのとき、「夏がとまらない」には、
詩情や文学性みたいなものを感じられた。
──
はい。
村井
きっと、その部分を伸ばしていくことが、
藤岡さんにとっても、
本にとっても、いいことじゃないかって、
そう、伝えたんです。
──
藤岡さんは、そのメールを読んで、
迷いながらも、
試行錯誤を繰り返しながらも、
編集者の言葉を信じて描きつづけた、と。
藤岡
はい。

編集者・村井光男さんから、

漫画家・藤岡拓太郎さんへ
宛てたメール(抜粋)

藤岡さん、こんばんは。

ナナロク社の村井です。

 

どたばたとしているうちに、メール、遅くなりました。

 

さて、先日お話をした、
「夏がとまらない」についてですが、
次のように考えています。

 

見たことがないのに見たことがあるように感じる、
はじめて見るのに、思い出すような感覚を覚えるもの。

そして、おかしみを感じられるもの。

これが、私が『「夏がとまらない」といったもの』
について、言えることです。

 

藤岡さんの作品は、いわゆる「あるある」ではなく、
むしろ、そんな人たち「いない」のですが、
それを、「あるある」のように描いているところも、
おもしろいと思っています。

ただ、より、藤岡さんの独自性を強める方法として、
季節の風情や、懐かしさや、優しさ、
そういったようなものを感じられる作品を、
読みたいと思います。

 

ここからは、書いていて難しくなるのですが、
読んで意味がとらえにくくても、
それは、藤岡さんのせいではないので、
気にせず読んでください。

 

とりあえず、書きます。

 

私は、笑いに逃げない笑いで笑えるものが、読みたいです。

すでに、多くの芸人さんや喜劇作者さんによって、
笑いの類型はたくさん出ております。

それにより、受け手も、かなり訓練されてしまっています。

良い面もあるのですが、あるていどの「型」で、
笑いとして受容してしまうことが、あるかと思います。

 

なんとなくこうすると不条理の笑いになるな、とか、
ここは多少乱暴に終えても大丈夫だな、とか。

つまり、笑いをつくるうえで、笑いに逃げ込める要素は、
今は、とても多いように思うのです。

 

そんななかで、藤岡さんの作品を読むと、
心の中から何かが反応してくる、何かを思い出すといった、
「笑い」をつきぬけた何か(それは笑いなのですが)を、
見てみたいと思っています。

 

そのような意味で
私にとって「夏がとまらない」は、よい作品でした。

 

まあ、つらつら書きました。

意を尽くせませんが、このまま送ります。

創作のご武運をお祈りしております!!!

 

村井光男

(つづきます)

2017-12-07-THU

1/

藤岡拓太郎『夏がとまらない』

Amazonでのおもとめは、こちら。

どういう人が、この本を愛するのだろう。

つねに新鮮な笑いを求める
飽くなきギャグ漫画好きは、もちろんだ。

担当編集者の村井光男氏のように、
そこここに秘められた
詩情や文学性を愛でる向きもあるだろう。

大喜利選手には悔しい一冊かもしれない。

そんなある日のこと、前回お伝えした
『夏がとまらない』に
大量の「ドッグイア」をつくっていた
小学2年生女子が、本の余白に、
オリジナルの1ページ漫画を描き込んでいた。

持ち主(=私)の目をぬすんで。

『夏がとまらない』の作品形式を、
そっくりそのまま、マネをして。
内容は、とくにおもしろいものではない。

すごいなと思うのは、
ふつうの小2女子をここまで虜にする作品力。

おそるべし、藤岡拓太郎の世界。

(藤岡さんご自身にお伝えすると
2コマ目の頬の赤みが消えていて‥‥など
他愛のない子どもの落書きに、
真剣に向き合っておられました。いい人!)