BOOK
男子も女子も団子も花も。
「婦人公論・井戸端会議」を
読みませう。


「声」は何でも知っている
(全4回)


「低音の魅力」のあの人の地声は高かった?
一度に2つの音を出す唱法とは?
もう一度、自分の声に耳を澄ましてみませんか

ゲスト=鈴木松美さん(日本音響研究所長)
巻上公一さん(超歌唱家)

構成:福永妙子
写真:和田直樹
(2000年・11月22日号)



鈴木松美:
日本音響研究所長。
アダムスミス大学教授。
1941年東京生まれ。
近畿大学理工学部卒業後、
警察庁科学警察研究所技官、
富士ゼロックス勤務などを経て、
日本音響研究所を設立。
音声を電気信号に変え、
その背後にある情報を読み取る
声紋研究の一人者。
著書に『音の犯罪捜査官』など
巻上公一:
1956年熱海生まれ。79年、
『20世紀の終りに』で
デビューしたロックバンド
「ヒカシュー」の
リーダーをつとめる他、
変幻自在の声で
ジャンルを超えて活躍する
モダン・ボーカリスト。
即興演奏家。
著書に『声帯から極楽』、
伴奏なしの声だけで制作した
ソロ・アルバムに『口の葉』など
糸井重里:
コピーライター。
1948年、群馬県生まれ。
「おいしい生活」など
時代を牽引したコピーは
衆人の知るところ。
テレビや雑誌、
小説やゲームソフトなど、
その表現の場は多岐にわたる。
当座談会の司会を担当。

第1回
モノマネの極意
糸井 今は、顔を見て相手を判断するように、
視覚からの情報を重視することが
多い時代という気がするんです。
コンピュータの画面を見るだけでも、
いろいろな情報が入ってきますしね。
だけど実際には、あの人はどういう人だろう、
ウソをついてる、とかの判断に、
声――聴覚も大事な要素ですよね。
お二人は、その“声”を仕事になさってる。
巻上さんは歌う人、
鈴木さんは声の分析・鑑定をする人だし。
巻上 はい。
糸井 そもそもお二人は、いつ頃から
声に興味をもつようになったんですか?
鈴木 小学校に上がる前ですね。
糸井 えっ、そんなに早い時期から。
鈴木 蓄音機をまず不思議に思ったんです。
どういうわけで
この中から声が出るんだろうかと。
次はラジオから声が電波に乗ってくるのが
また不思議で、
ラジオを自分で分解したり、つくったり。
そのあたりが声との出会いでした。
糸井 巻上くんは?
巻上 ぼくは、「声過敏症」なんです。
糸井 声過敏症――?
巻上 自分の声が気になってしょうがない。
小学校6年生のときだったかな。
はじめてテープレコーダーに録音した
自分の声を聞いて、
実際の声とあまりに違うんで
びっくりしたんです。
機械の精度がよくなかったというのも
あるんだろうけど、
自分の頭骸骨を伝わって聞こえてくる声との
ギャップに、すごいショックを受けて……。
糸井 それで声過敏症に。
巻上 そう。
「自分の声はおかしい」と
感じてしまったものだから、
うまくしゃべれないし、
歌も下手だと思い込んでね。
でもまあ、子どもだから
その声を面白がるとこもあって。
当時はアメリカから
いっぱいドラマが入ってきてたでしょう。
で、声優が変な声でアテレコしてるのを、
よくマネしてました。
中学のときは近藤正臣とか、
モノマネ中心に生きてたんですよ。
まさかその後、
歌の仕事につくとは思ってなかった。
糸井 モノマネにいくと思ってた。(笑)
巻上 今でも、モノマネしながら
テレビ見てたりしますけどね。
糸井 声を似せるという過程の中で、何か会得した?
巻上 基本は、顔をマネするということ。
構造をマネすれば声は似るという……。
鈴木 似ますね。
口の中の形が同じだったら、同じ声が出ます。
糸井 やっぱり!
鈴木 人が声を出すとき、
まず肺から空気を送って声帯を振動させますが、
このとき出る音は
「ビー」というブザーの音に近いんです。
高くなったり低くなったりはするけど、
私たちが普段耳にする声にはならない。
口腔内を通ってはじめて音韻を構成する
“声”になります。
そして口や喉の構造、舌や歯の形、大きさ、
その使い方で声は変わってくる。
それで同じような顔の人は、
同じ声になりやすい。
ですから顔をマネるのは正解です。
糸井 ツールが変われば、出る音も変わってくるんだ。
鈴木 口の使い方で、
感情の伝わり方も変わってきますしね。
たとえばせっかちな人だと、
短時間のうちに
たくさんの情報量を伝えようとするとするから、
早口になりますね。
糸井 早さ優先だもんね。
鈴木 そのため口を大きく開かない。
ちなみに人間の声は、
低いほうだと70ヘルツくらいから、
高いほうだと8000・9000ヘルツまで、
さまざまな周波数の音が
混じり合ってできています。
日常、耳で聞くときは、
その中の最も強い周波数帯の音が
聞こえてるだけなんですね。
糸井 あ、そうなんだ。
鈴木 で、早口で口を大きく開かない人の場合、
「ア・イ・ウ・エ・オ」と発声したとき、
それぞれの語の基本周波数の落差が少ない。
一方、感情豊かにしゃべる人は、
基本周波数の落差が激しいです。
糸井 つまり幅が広いってことですね。
鈴木 そういうことです。
それから感情が高まると
声の周波数も上がってきますが、
普段、100ヘルツを基本として
声を出している人が、
100ヘルツの周波数のまま歌っている場合と、
キーを1オクターブ上げて
200ヘルツで歌っている場合では
感情の訴え方が違ってきます。
キーを上げたほうが、感情を激しく表現できる。
糸井 流行りの“小室系”は、
そこを狙っているのかな。
鈴木 最近のカラオケはキーが高くなってるでしょ。
それは感情の表現を豊かにすることを
狙っているんだと思います。
糸井 じゃあ、フランク永井なんかは
不利だったわけですね。
鈴木 いや、フランク永井はキーが高いんですよ。
糸井 えっ、「低音の魅力」はウソだった?
鈴木 いや、低音の魅力なんです。
ただ、同じ低音でも、
ナット・キング・コールの低音と
フランク永井の低音はまったく違います。
フランク永井の場合、
声帯の振動音は非常に高いんです。
糸井 ……ん?
鈴木 ところが、彼はアゴの骨格、
エラが張ってますね。
したがって普通の人よりも口腔がうんと大きい。
大きいと低音に共鳴して、
さまざまに混じり合った音の成分の中でも、
低音の成分が強く口の外に出てくるわけです。
糸井 ああ、南伸坊だ……。
巻上 共鳴してるんですよね、声のボトムのほうが。
糸井 強調される。
鈴木 ところがナット・キング・コールは
声帯そのものが大きい。
それで、かなり低い音まで出るんです。
大きい太鼓と小さい太鼓を
くらべてみてください。
大きい太鼓のほうが低音が出ますよね。
ただ、人間の耳の感度は、
低音に対しては非常に悪いんですよ。
糸井 聞こえにくいわけですか。
鈴木 50ヘルツと2500ヘルツでは、
約300倍くらい耳の感度が落ちます。
低音でしゃべる人は
それだけエネルギーを多く入れませんと、
相手に伝わりにくいです。
糸井 じゃあ「声を低く」って言い方は、
ボリュームを下げることじゃなくて、
ほんとに低くすれば
聞きにくくなるということなんですね。
鈴木 まあ、人間が普通にしゃべるときの声は、
声帯の振動が低いところにあっても、
上の高調波も出ていますから、
それほど極端に「聞こえない」とは
感じないですけどね。
でも、感情を伝える必要のある歌手などは、
また別ですから。
糸井 巻上くんの声はどうなのかな?
巻上 僕は比較的高いと思うんですが。
鈴木 身長どのくらいですか?
巻上 168センチです。
糸井 そういうとこから入るの、
なんか科学的だな。(笑)
鈴木 というのは、
「ファントの法則」というのがあって、
身長と声の基本周波数の高さとは
反比例するんです。
糸井 (低く野太い声で)
ジャイアント馬場ですね。(笑)
鈴木 ですから一般的に、声が高い人は、
身長が低い場合が多いです。
巻上 僕なんか、すごく低い声に憧れますが、
なかなか出ないんです。
鈴木 あるアナウンサーの方ですが、
頭の上からカーッと出すような声なんですね。
ある番組でご一緒したとき、
「ニュースを読むのに僕の声は適してない」
とおっしゃってました。
糸井 うるさい感じになるんですね。
鈴木 スポーツ中継にはいいんです、
感情がそのまま入って。
だけどニュースのときは低い声を出したい。
糸井 そういえば、古舘伊知郎は
スポーツ中継ではガンガン飛ばすけど、
司会のときはわざともっともらしく
抑えてしゃべりますよね。
「それはさておき……」とか。
あれ、使い分けてるんだ。
鈴木 だと思います。
さっきのアナウンサーの方は、
練習して両方使えるようになりました。
糸井 訓練できるわけですね。
鈴木 ええ。
声優の若山弦蔵さんは
昔から、いい声の見本みたいな方ですけど、
もともとはああいう声じゃないんです。
非常に高い。
それがイヤで、
低い声をつくって普段も出し続け、
いつのまにか
それを地声にしてしまったという人です。
糸井 そうか、声は顔以上に変えられるのかな。
顔は整形手術しないとダメだけど。
巻上 僕、若山弦蔵の「ハクション大魔王」を
よくマネしてましたよ。

第2回 除夜の鐘はなぜ快い?

第3回 事件解明のカギ

第4回 声音は自由自在なり

2002-08-07-WED

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