| 第２回 ウイルスは賢い |
| 糸井 |
これだけ日常的な病気だと、
風邪を専門に研究する方も多いんでしょう。
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| 加地 |
それが最近まであまりいなかったんですよ。
風邪は軽い病気だと思われていたし、
治療しなくても治る、というのでは
研究の対象になりにくいんでしょう。
風邪のウイルスも今でこそ分子レベルで解析できますが、
私が研究を始めた50年前は、
ウイルスなんていっても雲をつかむような話で。
普通の顕微鏡じゃ見えない。
だから電子顕微鏡が発達する前は
研究のしようがないんです。
ましてウイルスは細胞に寄生しているので、
長い間、分離、培養ができなかったんです。
見えない、培養できない。
だから何者かわかんない。
それで敬遠されてたんですね。
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| 田中 |
海外ではどうなんですか。
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| 加地 |
アメリカだと、風邪で国民がこのくらい休むと
会社や工場の生産はこれだけ落ちる。
医療費もこれだけかかる──。
という医療経済的な面からも、
風邪研究の重要性は昔から言われていました。
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| 糸井 |
コスト計算してるわけですね。
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| 田中 |
僕は、日本で人がなかなかやらなかった分野を、
50年も研究し続けてきた先生そのものに
興味があります(笑)。
風邪のどこに惹かれたんですか？
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| 加地 |
面白いですよ。
インフルエンザなんかはとくに。
こういう話をし始めると、
私、止まらなくなっちゃうんですけど、
よろしいですか？（笑）
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| 糸井 |
どうぞどうぞ。
きょうは講義を受ける気持ちでいますから。
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| 加地 |
インフルエンザは毎年、流行しますが、
ウイルスは少しずつ型を変えてるんです。
一昨年、去年とＡ香港型が流行しました。
でもまったく同じじゃない。
一度、大流行があると集団免疫ができますね。
ウイルスの側からすると、翌年も同じ型だと
もう流行を起こせない。
そこを向こうは、ちゃんと考えてるわけです。
で、型をちょっと変えてくる。
車みたいに毎年モデルチェンジするんですよ。
そうすると車が売れるように、
ウイルスも少し変えた型でまた流行を起こせます。
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| 糸井 |
“売り方”を知ってるわけだ。
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| 加地 |
そういうことを10年、15年繰り返すと、
少々のモデルチェンジじゃ、
もうその車は売れなくなりますね。
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| 糸井 |
ああ、そういう苦しい車もあるような気がする。(笑)
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| 加地 |
そこで今度は、同じＡ型でも不連続変異で、
それまでとぜんぜん違った新しい型で登場する。
すると、みなさん免疫がないから大流行する。
1957年にアジア風邪というのが大流行しました。
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| 糸井 |
ああ、聞いたことがあります。
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| 加地 |
世界中で半数近くの人が罹りました。
それまで流行していたウイルスとは
まったく違う型だったので、
ものすごく広がったんですね。
ところが、いろいろな年齢層の人の血清を
保存してる研究所で調べると、
70歳以上の人にはそのウイルスの免疫があったんです。
つまり、70年前にも流行しとったんですよ。
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| 糸井 |
そういうふうに、昔は流行った病気が
実はこのウイルスだったと、
今になって調べることもできるんですね。
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| 加地 |
ええ、血清があれば。
これ、「血清考古学」というんですが……。
それで、1968年に出てきたＡ香港型のウイルスも、
調べてみると、70年前に一度、流行した時期があった。
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| 田中 |
70年というのが、一つのキーになるわけですか。
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| 加地 |
70年って、まあ人間の一世代ですよね。
70年ぶりの出現だと免疫のある人は少ないし、
ウイルスにとっては地球上
ほとんど処女地みたいなもんです。
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| 糸井 |
もう、やりたい放題。
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| 加地 |
それでウイルスの再登場は
70年がワンスパンかと思ってると、そうでもない。
1918年から19年にかけて、
スペイン風邪が大流行したでしょう。
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| 田中 |
世界中で、ものすごい死者が出ましたよね。
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| 加地 |
６億人の人が罹り、2300万人が亡くなった。
そのスペイン風邪も
10年後にはまったく姿を消しました。
それが1976年、アメリカのニュージャージー州にある
陸軍基地でインフルエンザが流行したとき
病原体を調べたら、
スペイン風邪のウイルスと同じだった。
これは、40年数年ぶりの再登場だったわけです。
1946年から56年まで流行したソ連型は、
20年後に出てきました。
ただ、このとき20歳以上の人には免疫があるものだから、
大流行まではいきませんでした。
せっかく出てきたのにね。(笑)
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| 糸井 |
つまり、大商いはできないけど、
小商いするためには、
ちょっと早く出てきてもいいと。（笑）
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| 加地 |
そんな具合に、まったく違った型は
10年、20年、あるいは何十年おきにどーんと出てくる。
一度出てきた当初は大流行になり、
その後、人間に免疫ができると、
あとは少しずつ型を変えながら細々と
──といってもインフルエンザですから大変なんですけど、
そうして流行を繰り返す。
だから私、50年、研究を続けていても
飽きることがないんです。
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