BOOK
男子も女子も団子も花も。
「婦人公論・井戸端会議」を
読みませう。

「スポーツ観戦のメダリストになる」
(シリーズ4回)

日本のジャンプ陣は長野五輪でなぜ勝てた?
スケートの天才少女タラ・リピンスキーの「時計」とは?
感動ドラマにのみ注目していては見えてこない、
選手のたくらみ、監督のたくらみ

ゲスト: 増島みどり
大後栄治
司会:糸井重里
撮影:和田光弘
構成:福永妙子

大後栄治
1964年生まれ。
神奈川大学助教授
(健康科学)、
陸上競技部監督。
89年に
神奈川大学
陸上競技部の
コーチに就任し、
97年同部を創部
49年目の
箱根大学駅伝
初優勝に導く。
続く98年は
監督として率い、
箱根駅伝
2連覇を飾った。
増島みどり
スポーツライター。
『日刊スポーツ』
記者として、
オリンピック、
プロ野球、
サッカーなどを担当。
13年間
同新聞社勤務ののち、
96年末に退社し、
現在は
フリーで
活躍を続ける。
糸井重里
コピーライター。
1948年、
群馬県生まれ。
「おいしい生活」など
時代を
牽引したコピーは
衆人の知るところ。
テレビや雑誌、
小説や
ゲームソフトなど、
その表現の場は
多岐にわたる。
当座談会の
司会を担当。

第1回
 ■物語にする前に
糸井 僕はスポーツを見たり、
スポーツに感心したりするのがすごく好きなんです。
でも、あっ、こう見てると面白いなあと
自分が楽しんでる部分が、
あんまり認められてないと
いう気がするんです。
「負けた、こいつには」というような
感動をスポーツは与えてくれるものだと
僕は思ってるんですけど、
そこが、どうもないがしろにされているような……。
たとえば、化け物扱いというか、
あんなに飛んですごい、あんなに力があるからすごい、
でも世の中では何の役にも立ちゃしないんだ、
というような差別が日本ではあるでしょう。
大後 ありますね。
僕は日本体育大学に大学院も含め6年いて、
まわりにはマラソンの谷口(浩美)先輩、
2つ下には有森(裕子)君、
柔道の古賀(稔彦)君もいたし、
オリンピックのメダルをとる意識で
練習してる環境でした。
そういう体育畑からぽーんと
神奈川大学に来ていちばん感じたのは、
スポーツという分野のステイタスがものすごく
低いということ。
教授会なんかに出ても、空気で感じるんです。
糸井 でしょう?
大後 まず、自分の大学の先生方の
スポーツの見方・考え方を変えなきゃいけない。
科学的な体系の中で
トレーニングというものは行なわれるんだ、
ということをもっとアピールしないと、
何も変わらないと思いました。
糸井 僕の知っているスポーツ選手たちは、
とても頭のいい人たちで、
言葉の使い方のジャンルが違うだけで、
ものすごいことを考えてるんだなあ
ってことを知るわけです。
それで今回は、スポーツマンって
こんなに恐ろしいやつらだというのを、
ちゃんと話してみたいと思って。
増島 私の場合、取材し、伝える側の人間として
テーマにしているのは、
「スポーツはあくまでスポーツだ」
という考え方です。
ところがスポーツをドラマ化したり、
そこに人生を置き換えたりするんですね。
だから大後さんが感じたような
スポーツの地位の低さも当然なんです。
スポーツはスポーツとして、
その科学性に対し私たちは
感動しているはずなんだけど、長野オリンピックでも、
「感動をありがとう」と。
その感動が何かといえば、
母は祈った、奥さんが泣いたとか、
そっちへ行ってしまう。
糸井 で、お父さんがいる人より、いない人のほうが
感動が大きいというような物語になりやすい、と。
増島 そういう話も無視はしません。
スピードスケートの清水(宏保)選手が、
全種目が終了した直後、
取材陣に「今、何したい?」と聞かれて、
「母ちゃんのみそ汁が飲みたい」。
彼らしくていいですよね。
ただそれはあくまでサイドストーリーで、
メインではない。それより彼は2日間
どういう駆け引きをして戦い抜いたか、
日本のジャンプ陣はあの悪天候の中、
なぜあれだけ飛べたのか。
私はそれに感動するんです。
だけど、それについては誰も言及しない。
同じ味付けのドラマに流れてる。
糸井 選手がお母さんと抱き合うシーンとか、
僕も涙が出ちゃう。
それもOKなんですけど、
あの選手のすごさを吟味したいと思うとき、
感動ドラマをいくら眺めてもわかんないですね。
つまり二通りの面白がり方を伝えるメディアがない。
増島 そういうことが、スポーツのもつ科学性を
ひじょうにぼかしてます。
糸井 僕が自分でスポーツの味わい方がもったいないなぁ
と思ったのは、以前に世界陸上を見たときの経験が
あったからなんです。
僕は招待で行ってて、陸上のことはよく知らない。
そのときの400メートルで高野進選手が出てて、
決勝で7位という快挙でした。
高野さん、それでゴールするとそのまま、
「ありがとう」ってトラックを1周した。
そのとき僕の隣にいた競輪の中野浩一さんが
「うわーッ、高野さん、
ケツ割れしてるのに」と言うんですよ。
僕は、「ケツ割れ? それ何ですか」。
増島 もう割れてるじゃないかと。
糸井 筋肉が使いものにならなくなってる状態だと
中野さんから聞きましてね。
大後 30秒以上、2分以内の時間に全力を注ぎ込むのが
もっともきつい競技で、
そういうレースの直後はお尻が
4つくらいに割れたような感じになるんです。
増島 400、800、1500メートルの競技ですけどね。
糸井 高野さん、たしかにヨロヨロしてました。
それを疲れてるとしか思えなかった僕には、
ちゃんと知ってて拍手してる中野さんが羨ましかった。
それで、こんな素晴らしいことが起こっていたのかと
面白くなったんです。
増島 400メートルのレースだと、
だいたい45秒くらいで走ると考えて、その間、
選手は息を吸ってないんですよ。
糸井 無酸素で走ってるんですか!
はあ、それ聞いてまたびっくりしますね。
増島 400というのは黒人選手が
圧倒的に優位な種目と言っていいんです。
大後 もって生まれた筋組成のタイプに関係しますが、
距離の長い競技はある程度の体質改善で
記録を向上させることはできるけど、
短距離は遺伝的要素、
素質に依存する部分が大きいんですね。
増島 バルセロナ五輪のとき、
ベスト20までずっと黒人で、
白人はいない。そういう不利な中で高野選手は
アジア人で一人、ベスト8に入ったんです。
糸井 それ知ってたら、もっと味わえたのになぁ。
「順位はこうでした」でさらっと流すというのは、
出し汁を味わうことなく、お吸い物の実だけ
食べちゃうみたいなものですね。
増島 そういう幸せを味わうためにも、
スポーツに余分な
フィルターをかけてほしくないんですね。
(つづく)

第2回 スポーツと科学

第3回 コンプレックスが強くする

第4回 オタクの世界

1998-10-21-WED

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