第3回 ジョニーが住んでるのはルイジアナじゃないか!

── 『ゆうがたフレンド』は、
糸井さんの歌詞がまずあって、
そこにムーンライダーズのメンバー6人が
それぞれ1曲ずつ曲をつけて、
いわばバンド内プレゼン大会をやって
それでいまの曲に決まったということですけど。
糸井 うん。非常識なことしますよねぇ。
そんなに曲を書いて、
もったいないというか、なんというか。
── そもそも歌詞が先にあって
そこに曲をあとからつけるということ自体、
ムーンライダーズではほとんどないことだそうです。
糸井 あ、そうなんだ。
── ちなみに、矢野顕子さんもカバーした名曲、
『ニットキャップマン』も同じパターンですよね。
糸井さんが先に詞を書いて、
それに合わせて各メンバーが曲を書いたという。
あとから曲をつけることはやってないわりに、
やるとうまくハマるのがおもしろいですね。
糸井 慶一くんって、ふだんやってなかったことを
何かのはずみで始めると、
意外にハマったりするんだよね。
フットサルとか、そうだもん。
ぜんぜんやってなかったくせに、
突然、ユニフォームとか買って夢中になったりして。
── とくに、糸井さんの詞とはハマりがいいような。
糸井 ぼくの詞っていうのは、
たぶん、直しにくいんだと思うんですよ。
「曲の都合によって変えてもいいよ」
とは言うんですけど、実際は、きっと直しにくい。
ぼくの詞とムーンライダーズの相性がいいとしたら、
そういう、「やっかいなところ」かもしれないね。
── 身内でこんなことを言うのもなんですが、
『ゆうがたフレンド』の詞はとってもいいですよね。
『ニットキャップマン』もそうですが、
ああいう、いい感じのフィクションの詞って
いま、とっても少ないと思うんですよ。
糸井 ああ、そうかもしれないですね。
昔でいえば『ヨイトマケの唄』とか、あったよね。
── そうそう。そこに独自の物語があって、
それが本当なのかウソなのか、それはどうでもよくて、
「なんだろう、この世界は」みたいな詞。
糸井 最近の歌って、
微妙にドキュメンタリータッチなんですよね。
もちろん全部がそうじゃなくて、
いまだって素敵なフィクションの歌はあるんでしょうけど。
なんかこう、半端にロックが入るんですよね。
昔は、「作詞家」っていう人がいて、
その人がそういう世界をつくってたんですよ。
阿久悠さんとか、なかにし礼さんとか。
「♪あれは、4月の寒い夜〜」みたいなね。
── 松本隆さんの『木綿のハンカチーフ』とか。
糸井 歌につける詞を書く人というのは、
ああいう物語をつくりたいという欲望が
本来、きっとあると思うんですよ。
── そういう人が減っているからかもしれませんが、
「物語や世界のある歌」っていうのは、
ないとはいわないけど、途絶え気味ですよね。
糸井 そうですね。
── まあ、糸井さんはフルタイムの作詞家ではないですし、
年にいくつかしか書かないですけど、書くときは必ず
そういう「世界」や「物語」のあるものになりますね。
糸井 なんだろうね。
そういうのを、つくってるときが一番たのしいんですよね。
いまさら「♪ゴー・ジョニー・ゴー・ゴー」みたいな曲を
自分でつくるわけにもいかないし‥‥あ! 違う!
ジョニーが住んでるのはルイジアナじゃないか!
── ギターのうまい少年の「物語」ですね、あれは。
糸井 そういや、ビートルズもそうですよね。
『Get Back』とかだってさ、
スイートロレッタマーチンみたいな人が
どうのこうのいう歌ですよね。
── ジョジョがツーソンを出て
カリフォルニアに行く歌ですよ。
その物語が広がって『MOTHER2』に
ツーソンという街が登場するんですよ。
糸井 なんていうんだろうな、
フィクションをたのしむおもしろさが
あのころはふつうにあったんだろうね。
昔はよかったみたいに聞こえたらいやなんだけど、
知らないうちにさ、歌われることが、
「鏡の中の私の瞳の奥に真実が見えて‥‥」
みたいなことばっかりになってきてるんだね。
── 「私の歌」が増えてきてるんでしょうか。
どっちがいいとかじゃなくて、
昔は「私」も「物語」も両方あったのに、
気がつくと最近は「私」ばっかりになっている。
糸井 「物語」が減った理由のひとつとしていえるのは、
個人が「物語」をずっとつくっていると
衰弱してしまうということなんです。
衰弱するんですよ、ふつう。
ストーリーテリングの巨匠、みたいな人は別として。
── スティーブン・キングとか?
糸井 中島みゆきとかね。
ぼくが「物語」をつくれているのは、
趣味でそれをやっているからですよ。
年にひとつかふたつ、締切や発注のないところで、
できるときにだけできるっていう
趣味の形でやっているから。
だから、ずるいといえばずるいんです。
── そりゃたしかにずるいかもしれない。
糸井 ぽっと詞ができたときに、
「これどう?」って送れる相手がいるからこそ
成り立つわけであって、
「お、いいね」って歌ってくれる
慶一くんたちや矢野顕子がいなかったら、
まったく意味がないですからね。
── 糸井さんはよく、
「詩(詞)だけは老後の趣味にとっておきたい」
って言ってますよね。
糸井 そうしないと、無理なんですよ。
できたときにだけつくっているぶんには
衰弱しないですから。
頼まれてつくるものじゃないし、
売れなきゃいけないわけじゃないし、
売れたら売れたでうれしいし。
それはもう、素人の感覚に近いですよね。
ありがたいといえばとってもありがたいけど、
職業的になんでもやるというのは
決していいことじゃないですからね。
── なるほど。
糸井 かといって、「誰でもできる」はウソですよ。
しばられなければ誰でもできるわけではない。
けど、「誰でもできる可能性がある」っていうのを
プロのほうが知っているんですよ。
つまり、プロのほうは、いつだって、
「素人の人がこういうのつくったら怖いな」
と思いながらつくってるんです。
一方で、素人の人というのは
「プロみたいにつくりたいな」と思ってるから
永遠に素人くさいものをつくることになる。
だから、冒険はプロからしか出てこないんですよ。
── うわ、それ結論じゃないですか。
糸井 え?
── そのひとつの例が
『ゆうがたフレンド』ってことでしょう?
結論が出るのが早すぎますよ。
もうちょい話を続けましょう。
ええと、話を結論の前に戻しまして‥‥。
糸井 えっと、じゃあ、結論の前のところで言うと‥‥。




(おかしな展開になりつつ、ゆるゆる続きます)


2006-10-09-MON



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