ほぼ日刊イトイ新聞 フランコさんのイタリア通信。アーズリにいちばん近いイタリア人の生活と意見。

2009-06-10-WED

カカ、レアルへゆく。


adriano

かつては夢や幻に彩られていた
イタリアのカルチョ・メルカートですが、
今や「おとぎ話」は、そこにはありません。
ひとつのシャツ、ひとつの街、
ひとりの会長に対する熱い想いは、
過去のものになってしまったのでしょうか。
金や富のために移籍が行われています。
愛は、どこかに行ってしまったのでしょうか。

イタリアのサッカー界は何かが変わりました。
インテルやACミランやユヴェントスに
チャンピオンたちが集まってきた数年前とくらべ、
何かが大きく変わりました。

「このシャツの色を、ずっと心の中に」?

いまや、イタリア人たちは、
買う立場から売る立場になりつつあります。

去る1月、マンチェスター・シティーが、
カカ移籍のために1億1千万ユーロを
ACミランに提示しましたが、
その時、カカはノーと言いました。
手にACミランの赤黒シャツを持ちながら、
自宅のバルコニーに立ち、
テレビのカメラに向かって、
はっきりとそう言ったのです。

バルコニーの下に集まった
ACミランのティフォーゾたちの前で、
ユニフォームにキスをし、涙ながらに
「このシャツの色を、
 ずっと心の中に持ち続けます」と、
彼は言いました。
それは永遠の愛の誓い‥‥に見えました。

しかし、それから半年もたたないうちに、
ドンデン返しが行われたのです。
あの時の涙は、たぶん見せかけで、
マンチェスターCへの移籍を
彼が拒否したのは、
彼の水準に満たないチームだったからなのでしょう。

その証拠に数日前、
数件の魅力的な申し出の中から、
レアル・マドリードの提示を
彼は受け入れました。

それを命令したのは心ではなく、
財布だったのでしょうか。

レアルの提示を受けたカカは
ベルルスコーニを訪れ、
「これは私の人生のチャンスです、
 どうぞ行かせて下さい」と
申し出たそうです。

ベルルスコーニは、副首相を‥‥ではなく、
ACミランの副会長をマドリードに送り、
カカを6500万ユーロで譲渡しました。
しかし、この数字は
マンチェスターCの提示額より少ないものです。

しかも、
キャリアの頂点にいる選手を手放すのは、
ACミラン史上初めてのことです。

3年前に、ACミランはシェフチェンコを
チェルシーに譲渡しましたが、
この時の彼は30歳で、
すでに最高の時をすぎており、
キャリアの疲れを背負ってもいました。
それにくらべれば、
カカはまだ27歳です。
5年ごとの欧州議会議員選挙を控えている
首相ベルルスコーニは、
テレビに出演し、カカの譲渡について説明しました。

ACミランの借財を毎年埋め合わせるのに疲れた。
政府の頭として、
国民に犠牲を強いている印象を与えたくない。
そしてACミランという個人的なことのために
国民の犠牲を要求するつもりは無い、
とのことでした。

裕福なはずのインテルとACミランが‥‥。

ACミランから最良のカカが去り、
宿敵インテルからも、
最良のイブラヒモヴィッチが
去ろうとしています。

ミラノの2つのチームが
良くない状態に置かれています。
ベルルスコーニとは異なり、
自身の買い物を正当化する必要のないはずの
石油業者モラッティ会長もバルセロナに赴いて
イブラヒモヴィッチを譲渡しました。
ちなみに、UEFAチャンピオンズ・リーグの試合ののち、
このスウェーデン人選手はモラッティとケンカになり、
自分をチームから去らせて欲しいと言いました。

adriano

さて、イブラヒモヴィッチ譲渡の件は、
彼が不可欠だと思ってはいないのは明らかな
モウリーニョ監督も、合意しており、
インテルは代わりにエトーを要求しています。

エトーについては、
ACミランも興味を示しています。
新監督レオナルドが、彼の構想に
エトーが役立つと考えているのです。

adriano

ユーヴェも新監督として
フェラーラと契約しましたが、
これはトップニュースではありません。

adriano

本当に話題になっているのは、
裕福なインテルとACミランが
チャンピオン選手たちを売るということに
尽きます。

たぶんこの二人の富豪会長たちも
かつてのような余裕はなく、
サッカーチームという、最高の、
しかしお金のかかる「おもちゃ」に、
疲れてしまったのでしょう。

adriano


訳者のひとこと

イタリアサッカーの変化も、
この経済危機や地球温暖化問題とも
まったく無縁の出来事とは思えません。
イタリア語には
Meglio tardi che mai.
(メーリョ タルディ ケ マイ)
遅れても、ぜんぜんやらないよりは良い
という言い方があります。
日本語の「遅きに失す」よりは前向きで、
私、個人的には好きな言い方です。

うららさんイラスト

さて、先週の「訳者のひとこと」の
プラカードの訳文について、
ミラノ在住のかたからメールをいただきました。
bidoneは
「期待に反して活躍できない選手のこと」のこと、
figurineは
「すでに全盛を過ぎ、有名だが使えない選手」
のことという意味として使われているんですよ、
というご指摘でした。
まことにありがとうございました。

この2つの単語については、
日常でも使われていることばで、
その時には、私の訳のような元々の意味の
「役立たず」「こわっぱ」というニュアンスを持ちます。
いずれも、良い言葉ではありません。
ネイティヴではない私たち、特に女性は、
品格を疑われる恐れもありますので、
うかつに使わないほうが良い単語です。
フランコさんのスタッフのかたにも
おたずねしてみたところ、
bidoneは、価値がないというニュアンス、
たとえば、時計を買ったらコピー商品だった、
だまされてしまった、というような時に使うそうです。
そのいっぽうで、
競技場のプラカードに書かれたら、
「まったく役立たずの選手」
という意味になるとのことでした。
figurineは、サッカーシーンにおいては
過去に実績のあるビッグネーム、
老兵というような意味で使われるとのこと。
「特にACミランに関わった用い方をすれば、
 イタリア人であれば誰しも、
 ロナウジーニョやエメルソンが
 真っ先に頭に浮かんでしまうんですよ」
ということでした。

さて、velineですが、おなじかたから、
私が知らなかった「最新の使い方」を
ご指摘いただきました。
「この単語は、テレビでダンスのできる
 マスコットショーガールのことで、
 ベルスコーニ首相が、EU議会の選挙に
 若い美人候補を立てようとしていることに
 ひっかけているんですよ」
とのことです。
こちらもフランコさんの
スタッフのかたに解説いただくと、
「女好き」であることで知られる
ベルルスコーニ首相に対する、
いやみたっぷりの言い方なんですよ、ということでした。
ちなみにvelineは、ベルルスコーニに宛てる時には、
いじわるに「娼婦的」なニュアンスを含ませているなと
深読みもできるのですが、
一般的にもティッシュの他に、
単に「若い女性」を意味することもあるそうです。
これも上品とは言えない表現だそうですが。

私は現在、東京在住ですので、
新しい用法には疎い面が確かにあります。
こうしてご指摘いただけることで、
よりリアルタイムな紙面が作れたらと思います。
ありがとうございました。
今後とも、よろしくお願いいたします。

 

翻訳/イラスト=酒井うらら



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