フランコさんのイタリア通信。
アズーリにいちばん近いイタリア人の生活と意見。

ロナウド負傷。

もう日本のみなさんもご存知かと思いますが、
ロナウドの選手生命が危機に瀕しています。

2月13日水曜日、ミラノで、
ACミラン対リヴォルノ戦の最中に、
ロナウドのキャリアに終止符を打つかもしれない
大変に深刻な事故が起きました。
途中出場から約2分後、
左膝の膝蓋腱(しつがいけん)を断裂、
回復までに長い治療生活を要すると言われるほどの
負傷となってしまったのです。

サッカーの神々のひとりと言われたロナウドが、
もう、ボールを蹴る事はないかもしれない‥‥。
サッカーを愛する人ならば、
このことをとても残念に思うでしょう。

ronaldo

ronaldo

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franco

はじめて彼を見たときのこと。

ぼくが彼のプレイを初めて見た1993年から、
彼がプレイするのを最後に見た
2008年2月13日水曜日の夜まで、
彼は、はてしない寛大さで最大の感動をぼくに与え、
ほかの誰よりも、サッカーを愛するということを
ぼくにさせてくれた選手でした。
彼に並ぶのはマラドーナくらいです。

ロナウドの物語は、まるで作り話のようです。
おとぎ話に似せて作られたような。

彼はリオの最も貧しい地域で生まれ、
10歳の時に、貧しい子がよくやるように
ボロ布を丸めたボールを蹴りはじめました。

その後、貧しいクラブのひとつである
サン・クリストヴァオのユースに入り、
15歳で、ミナス・ジェライス州の州都、
ベロ・オリゾンテに移りました。
ブラジルの自動車工業がほぼ全部あつまっている
工業地帯です。
こうして彼のサッカー人生がスタートしました。

彼の名前が広まり始めたころ、
ロナウドはペレより偉大かどうかという問題が、
ペレのプレイを見たことのある年配のブラジル人記者たちを
50日にわたって悩ませたということです。

1994年の夏、アメリカW杯の最中に、
ブラジル代表のパレイラ監督と
その師匠であるコーチのザガロが、
すでに素晴らしさが噂されていた
17歳の選手ロナウドを出場させるのを、
年配の批評家たちは待っていました。
彼のプレイを目の当たりにすれば、
ついに的確な比較ができるだろう、と。

ぼくにとって、その名前は新しくはありませんでした。
というのも、ぼくは、その前年の1993年秋に、
ロナウドのプレイを見ていたのです。

その時ぼくはバカンスでブラジルにおりました。
友人のひとりが
「17歳の、まったく並外れた少年がいるんだ」と言って、
ベロ・オリゾンテのクルゼイロ対バイアのヴィトリア戦へ
ぼくを引っ張っていきました。
それが、ぼくがこの目でロナウドのプレイを
初めて観た試合です。

その試合でロナウドは5本のゴールを入れ、
ぼくはイタリアに戻った時に、イル・ジョルノ紙に
「2000年のペレは、ロナウドという名前」
というタイトルの記事を書き、
その記事は果てしない論争を引き起こしました。
ロナウドはまだ17歳でしたからね。

1994年6月に、
ぼくはふたたびロナウドをカリフォルニアで見ました。
ブラジル代表はロス・ガトスにいました。
ロナウドがどんなに桁外れかを語るザガロ監督に、
ぼくは「どうして彼にプレイさせないんだ?」
と聞きました。すると監督はこう言いました。

「このチームはセロテープで束ねられているようなものだ。
 試合ごとにゴールを入れるロマリオが居て、
 今ぼくが何かに触れば、その束が全部バラけてしまう」

14年前のロナウドの人気は絶大で、
当時のブラジル大統領臨時代理だった
イタマール・フランコはテレビに出演し、
パレイラとザガロは何としてもロナウドを
出場させるべきだったと言いました。
ロマリオの代わりか、または一緒に、と。

この二人の指導者の反撃はすさまじいものでした。
「もしイタマール・フランコが、
 我々がセレソン(代表)を指導できるほどに
 国を治められたなら、
 ブラジルは世界一の国だったであろうに」
‥‥すごいでしょう?

また別のある晩、夕食をとりながら、
ロナウドが優秀だとして、どれくらい優秀なのかと、
ぼくはザガロに聞いてみました。

彼の答えは、こうでした。
「サッカー選手のカテゴリーとして、
 プラティニ、ヴァン・バステン、ジーコ、
 ファルカンらが属するクラスがある。
 彼らがプレイする時には、
 なにか特別な事をしてくれると期待する。
 彼らは期待を超えた別のことをする。
 そしてもうひとつ、ペレ、ガリンシャ、
 マラドーナが属するクラスがある。
 彼らは“別なこと”をするのではなく、
 さらにひとつ先のことをする。
 観客にとっても対戦相手にとっても
 まったく予想もつかない事をね。
 ロナウドは、たぶんこちらのクラス、
 ペレ、ガリンシャ、マラドーナのクラスに属する」

そのロナウドの選手生命が終わろうとしています。
その一方でロナウジーニョは
あんなに健在だというのに‥‥。

ronaldo

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訳者のひとこと

パリで手術を受けたそうですが、
ACミランの同僚たちの見解も
かなり悲観的です。

全治9ヶ月とも10ヶ月とも、
1年とも言われています。
彼の年齢でそれだけ休むとなると、
やはり悲観的にならざるを得ませんが‥‥。

Non cedere, Ronaldo!
ノン チェーデレ、ロナウド!
(負けるな、ロナウド!)

ronaldo

翻訳/イラスト=酒井うらら

2008-02-19-TUE

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