フランコさんのイタリア通信。
アズーリにいちばん近いイタリア人の生活と意見。

スカラ座、9月1日の「平和を祈る夜」。




みなさんは、「ミラノのスカラ座」といったら
何をイメージするでしょう?
オペラ、バレエ、コンサート、
そして華やかに着飾った人びとでしょうか。

スカラ座のシーズン「初日」は
毎年12月7日と決まっています。
ミラノの守護聖人である聖アンブロージョの日です。
この「初日」はイタリア人にとって、
とても大事な国際的行事と言えます。
なにしろこの日は、
アルマーニ、ドルチェ&ガッバーナ、プラダ、
ミッソーニなどファッションの巨匠たちによって
その時のために作られるドレスや服で着飾る、
絶好のチャンスなのです。
なかでも世界中のVIPを誇るご婦人たちにとって、
この日は、素晴らしい洋服、より美しい毛皮、
より高価なジュエリーで着飾り、
人びとに見てもらえる日であり、
ショーウィンドウの中にいるみたいに
着飾らなくてはならない日。
それがミラノの12月7日なんです。

でも今年は、12月のはるかに手前の9月1日に、
イタリアで最も有名‥‥なだけではなく、
世界的に価値ある劇場のひとつでもあるスカラ座が、
公衆にむかって門をときはなちました。
「友愛と団結と平和」を目的とする
West Eastern Divan(東西混合オーケストラ)の
公演の日だったのです。

巨匠ダニエル・バレンボイムが指揮にあたり、
ベートーヴェン、ロッシーニ、ブラームスの曲で、
音楽シーズンへの扉を開いてくれたこのコンサートは、
見掛けは普通のコンサートと変わらないようでいて、
じつは特別な意味をもった素晴らしいものでした。



ヨーロッパ発、世界へのメッセージ。


West Eastern Divanは、1999年に、
指揮者でありイスラエル人のバレンボイムと、
パレスティナの知識人エドワード・サイードの、
二人の偉大な芸術家の発案で生まれました。
いまやヨーロッパでの伝統となったこの企画は、
アラブやイスラエルの若者たちが主役です。
そして今年のコンサート活動の締めくくりが、
まさにスカラ座で行われたのでした。

ぼくたちの住むこの世界は、
中東全土を血に染めている闘争が
あまりに長く続いているなど、
全世界規模の危機の中にあります。
そんな時にこそ平和の団結を強めよう、と、
今回バレンボイムが指揮したオーケストラは、
エジプト、イスラエル、ヨルダン、シリア、イラクなど
国籍も異なれば、ユダヤ教、イスラム教など宗教も異なる
若者たちで編成されているものでした。
彼らは音楽の導きのもとで友愛と団結を求めていました。
その純粋な姿を、誰もがひとつの例として
参考にするべきだと、ぼくは思いました。

そういうわけで、
その夕べは「豪華な着飾り」とは無縁でした。
人びとはタキシードやフォーマルウェアではなく、
普通のジャケットにシャツにネクタイという平服で
コンサートに出掛けました。



12月7日には
「ショーウィンドウにこそ値打がある」とばかりに
着飾ってスカラ座に行くであろう人が、
ぼくの周りにもおりますが、
その人びとも、この9月1日の夜は
平和の願いに少しでも貢献する目的で、
劇場に足を運びました。
(もちろん、ぼくも行って来ましたよ。)

コンサートの半ばに、
マエストロ・バレンボイムは自ら、
この企画のテーマを聴衆に説明しました。
彼はオーケストラを指し示しながら、
こう明言しました。

「彼らは異なる意見や宗教を持ち、
 すべてにおいて異なります。
 しかし彼らは、誰もが了解すべきひとつの事を
 良く知っています。
 アラブ間やイスラエルの闘争は
 軍事的解決を持たないでしょう。
 戦争は何も解決しません」

じつはアラブの幾つかの国は
バレンボイムの考えを好ましく思いませんでした。
実際にシリアとヨルダンは、
オーケストラに参加すべき若者の
出発を許可しなかったのです。
この欠員によってプログラムは少し変更されました。
たいへんに残念な事です。
でも、最後にはスカラ座にいた全ての人びとが、
(信じられないほど超満員だったのです!!)
長く長く続く喝采をおくり、
少なくも15分は拍手が止りませんでした。



話が分からない人びとは、いつの世にもいるものです。
でも、彼らの中でも幸いにもまだ生きている人たちの心を、
モーツァルト、ベートーヴェン、ブラームス、
バッハ、ワーグナー、ヴェルディたちが動かし、
何かを分からせる助けになってくれれば良いなあと、
その素晴らしい夜に立ち会ったぼくは、
願わずにはいられませんでした。


訳者のひとこと
素晴らしい報告ですねえ‥‥。
音楽の力を信じて、
このプロジェクトを応援したいです。
芸術の中でも速効性の高いのは、
何と言っても音楽です。
歌いながらケンカできる人なんて、
いないですものね。

翻訳/イラスト=酒井うらら

2006-09-12-TUE

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