フランコさんのイタリア通信。
アズーリにいちばん近いイタリア人の生活と意見。

マラドーナがナポリに戻ってきた!

「ユニーク」という言葉は、
「たったひとつだけの」
「ほかに例のない」という意味ですが、
“彼”こそはまさにユニークな存在でした。
そして今もユニークなままです。

イタリアサッカーの歴史のなかに、
こんなにも偉大で天才的で、こんなにも愛され、
しかも一度ならず自分の人格や詩的なセンスや、
つまり人生すら捨ててしまおうした
「悲運」なチャンピオンは、
彼の先にも後にもひとりも居ません。

ディエゴ・アルマンド・マラドーナ。
イタリアでプレイした最も優れた選手、
というわけではありません。
でも、彼の存在は、
シンプルに「サッカー」そのものでした。

フェッラーラの引退試合に
参加したマラドーナ!


イタリア全土が彼を愛しました。
中でも彼が所属していたチームの街、ナポリは、
彼を「ボールの神」と賞賛し、
彼の足元にひれ伏しました。

そして計り知れない偉大さのディエゴ・マラドーナが、
「サッカーの詩人」だったが故に
神にのろわれたかのような彼が、
14年の時を経て、
ふたたびナポリの地に降り立ちました。
ナポリは街じゅうがこぞって、
前例のないほどのお祭り騒ぎで
彼を迎えました。

マラドーナがナポリにやってきた目的は、
チーロ・フェッラーラ選手の引退試合です。
「伝説のナポリ」と言われる、
マラドーナが居たころのこのチームで、
フェッラーラも彼と一緒にプレイしていました。
この1週間前にはユヴェントスの選手として
スクデットを勝ち取ったフェッラーラが、
引退するのです。

最後の試合はナポリの街でと、
フェッラーラは望みました。
そして名誉あるお客様として、
マラドーナが招かれました。

6月9日、木曜日、
ナポリっ子たちは空港に押し寄せ、
マラドーナの泊まっているホテルを愛情を持って取り囲み、
かつて彼らに人生で最高の夢をプレゼントしてくれた
マラドーナを見るために、
8万人が競技場に足を運びました。

マラドーナがプレイする以前のナポリは、
しばしばセリエAからセリエBに落ちるチームでした。
マラドーナが入ってからは
2回カンピオナートに勝利し、
UEFAカップにも勝利し、その数年の間は
世界で最も有名なチームとなりました。

ところがディエゴ・アルマンド・マラドーナは、
ドラッグの問題で今から14年前にナポリを去りました。
アンチドーピング検査でコカインが陽性を示したのです。

そこから彼の、長い資格停止と
底なしの奈落への転落が始まりました。
やがて彼は薬物依存症に、おちいります。

結婚の失敗や入獄など、
ドラッグの先の見えないトンネルの闇から抜け出すために、
彼は友人のフィデル・カストロを頼ってキューバに移り、
そこで暮らし始めました。

彼は自殺さえ、試みています。
それは、ドラッグによって人生を言い訳した人の
たどり着きやすい地点ですが、
そこから立ち直ることは「ほぼ不可能」とさえ
言われるほどの、厳しくつらい状態です。

でも、彼は帰ってきました。
マラドーナは、今は中毒から解放され、
ふたたび人生を愛せるようになったと言っています。
体重も30キロ減らし、
ナポリにもどって来ました。
「もどって」というのは「訪れて」とは違います。
そう、彼はフェッラーラの引退を祝うために
ナポリを「訪れた」だけでなく、
そこに住むことを考えているのです。

彼がとても愛し、忘れられない
ナポリの街に住むために、
秋には引っ越して来るだろうと、
彼は言いました。

今度は選手としてではなく指導者として、
ナポリを、
まさに彼が居たころのような
レベルの高いチームにするために。

ナポリの街はマラドーナに似ている。


ナポリの街とマラドーナは、
とても似ていると、ぼくは思います。

ナポリはディエゴ・マラドーナと同じ
激しさと情熱を持っている街です。
両者が共通して持っているのは
自らを地獄に落としてしまうほどの
願望や激しさです。
自分自身を見捨てようとする最後の瞬間、
全てが失われたかに思えるその時、
もうどうやっても望みがないように見えるその時、
自らを破壊に導いた「激しい願望」は
救われる方向に身を任せるのです。
そして、ナポリの街もマラドーナも、
それぞれに、救われました。

ナポリとマラドーナは
出会った最初の時に惹かれあい、
ほとんど自ら望んだ「自己破壊」にいたるまで
愛しあうことになったのです。

その後、彼らは荒々しい別れを迎え、
今ふたたび、6月の夕闇の中で、
まるで年老いた愛人たちのように再会しました。
もう失ってしまったと
彼らが思っていた情熱を胸に。

マラドーナとナポリの間にあるのは、
ひとつの街と、
その街が愛したチャンピオンの話というだけではなく、
お互いに「そうせずにはいられない」と気付いた
ひと組の愛人たちの、終わりのない愛なのです。

訳者のひとこと
ナポリは激動の歴史をたどった街ですが、
近い所では、1993年に市長となり
1997年にも再選された
Antonio Bassolino
(アントニオ・バッソリーノ)氏が、
悪化の一途をたどっていた
市政や失業問題、生活環境問題まで、
奇跡的な改善に成功したことは有名です。
氏は現在、ナポリのあるカンパニア州の
知事をつとめています。

イタリア人たちは
「立ち直った人」を心から祝福し
歓迎し、ともに喜びます。
人間とは弱く脆い存在であり、
間違いを犯しやすく、
堕落もしやすく、
そこから立ち直るのがいかに大変か
ということを、彼らは知っているからだと
私は思います。
翻訳/イラスト=酒井うらら

2005-06-13-MON

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