フランコさんのイタリア通信。
アズーリにいちばん近いイタリア人の生活と意見。

クーペル監督はファンタジスタがお嫌い。


「美しいもの」が美しいのではない、
 好きなものこそが美しいのだ。

これは、イタリアの諺のひとつです。
諺というものは便利なもので、
人生というものの様々な分野に当てはめることが
できるんですね。

ファッションに当てはめてみましょう。
偉大なデザイナーの決定が、
かならずしも自分の好みに合うとは限らない‥‥
よくある話ですね。
アルマーニのジャケットが好きな人もいれば、
ミッソーニのニットが好きという人もいます。
靴はフェラガモに限るという人だっています。
お気に入りのデザイナーも、人それぞれです。

料理については、どうでしょうか。
スパゲッティ大好きという人がいる一方で、
決まりきった伝統料理じゃないほうが
好きという人もいます。

僕も、バカンスを日本で過ごしているあいだに、
「しゃぶしゃぶ」「さしみ」「てんぷら」は、
とてもおいしく頂きましたが、
「なっとう」は‥‥うーん、食べられませんでした。
(なっとう好きのみなさん、gomennasai! )

これらはすべて「好み」の問題でしょう。

サッカーにおいても同じ。
「好み」が問題になるんです。

その例として、インテルのクーペル監督のケースを、
お話しましょう。

なぜインテルは
クレスポを売り渡したのか?


クーペル監督はファンタジア(想像力)に満ちた
センターフォワードが好きではありません。
つまり、ファンタジスタといわれる選手が嫌いなのです。
その選手が優秀であればあるほど、
クーペル監督は苦手なようです。
(「なっとう」が上等であればあるほど、その独特な
  香りや粘りが僕にとっては苦手であるように)

12ヶ月ほど前のこと、
クーペル監督は3人の選手を
インテルから追い出しました。
世界チャンピオンのロナウド、
若いブラジル人のアドリアーノ、
そして、いま現在はラツィオの正選手であると同時に、
トラパットーニ率いるイタリア・ナショナルチーム
(アズーリ)の予備選手でもある
コッラーディ、の3人です。

彼らのかわりにクーペルが手に入れたのは、
クレスポでした。

クレスポは優秀で、先のチャンピオンズ・リーグでも
ストライカーとして活躍しましたから、
2003ー2004のカンピオナート
(イタリア・リーグ選手権)には、
インテルをもっと上位に押しあげることもできる
夢のコンビを
ヴィエリと一緒に築きあげることもできたはず、でした。

ところが、カンピオナートの新シーズンを前に、
クレスポは、まさにその優秀さと
豊かなファンタジアのせいで、
インテルからチェルシーに譲渡されてしまったのです。
(チェルシーのことを、読者のみなさんは
 憶えていらっしゃいますか?
 ここの7月14日付けの記事で僕が書いた、
 大金ばらまきのロシア人富豪が買った、
 イギリスのチームですよ。)
 
インテルはその売り渡し金が
欲しかったんだろう、って?
いいえ、いいえ、
インテルのマッシモ・モラッティ会長は
イタリア屈指の大金持ちのひとりなんです。
ですから、経済的な問題で
クレスポが売られたのではありません。

昨年クレスポを買ったときに、
インテルは3400万ユーロ払っていますが、
今回彼を2400万ユーロで譲渡していますから、
数字的には損すらしています。

実は、クレスポ譲渡の裏には、
クーペル監督の意向というものがあったのです。
そこには、前回のロナウド譲渡の場合と同じく、
「思想的な違いにより」という理由がついていました。
(思想的な‥‥ねえ)

ああもったいない、
ほんとうにもったいない!


クレスポやロナウドのようなファンタジスタたちが、
クーペルのようにファンタジアを憎んでいるかのような
人物に与えるものは、
モーツァルトが何も分かっちゃいないサリエリに
与えたのと同じものです。
つまり、想像力に富んだ人が、
それを受け止めきれない人に与えるのは、
精神的な深い傷なんです。
すぐにも、なんとしても、直す必要があるほどの
耐え難く深い傷です。



もはやインテルは、チーム監督であるクーペルの
ファンタジスタ・ノイローゼと、もっと言えば、
情け容赦も未来への展望もないまま
仕事や人生などに破れていく人々をうつしだす
鏡にでもなってしまったかのようです。

ファンタジア(想像力)と創造力はサッカーの基本です。
もしサッカーが「ショーでもある」という性格を
表現しきれなかった場合、
勝負の結果を超えたところにある
「本来の美しさ」の多くは失われてしまうでしょう。
これはサッカーに限らず、
他の多くのスポーツにも言えることですが。

そして、最近3回のW杯は、
このことをよく教えてくれました。
優勝したのは、ロマリオとベベットのいたブラジル、
ジダンのフランス、そして日韓共催W杯でもまた、
ブラジルが勝ち、その時はロナウドが活躍しましたね。
いずれもファンタジスタを讃え、うまく使ったたチームです。
インテルが、この3回のW杯が教えてくれていることを、
とことんぜんぶ理解したかというと、
どっこい、なにも分かっちゃいなそうです。

もしまたインテルにおいて
「想像力」が「権力」に屈服する事態が起きるなら、
もはや疑う余地はありません。
インテルは、なにも理解していないのです。
すでにもう、クーペルのインテルは
自分からすすんで
競争圏外に出てしまったようなもんです。

まったくもったいないことです。
だって、インテルも、世界中にちらばっている
インテルのティフォーゾ(熱狂的サポーター)たちも、
このままでは本来の素晴らしさを発揮しきれていないと、
僕は思うのです。
日本でもインテルは、
とても人気のあるイタリアチームですね。
もっともっと底力があるチームのはずなんですがねえ。
ほんとうにもったいないことです。

訳者のひとこと

この「ほぼ日」の中にある
「オトナ語の謎」を読んでいると、
(じつは私も、はまってるんですが)
日本社会に生きるオトナたちの、
涙ぐましくもユーモアに富んだ
「会話術」の妙に感心いたします。
イタリア人でもフランコさんのように
繊細なかたは、その妙を理解なさるでしょうが、
あちらでは、とにかく言いたい事をぜんぶ
ばんばん言い合いながら調整していく、
という場合が多いのです。
言い合うというか、言いまくるというか、
日本人から見ると交渉なのかケンカなのか、
大丈夫かというほどの勢いだったりもします。

翻訳/イラスト=酒井うらら


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2003-09-01-MON

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