2017年6月、あまり聞き覚えのなかった
昆虫の名前が、一躍話題になりました。

「ヒアリ」という特定外来生物のアリで、
その体には毒を持ち、凶暴な性格から、
煽り立てるような報道が今も続いています。

でも、実際のところ、
ヒアリって本当に怖い虫なのでしょうか?

理解がまだ深まっていないヒアリがどんな虫で、
どういった影響を与える可能性があるのか、
26年間アリの研究をされている、
九州大学の村上貴弘准教授にお話を訊きました。

担当は、ほぼ日の平野です。

※インタビューは、7月上旬に行われました。

ーー
今回の件で不思議に思うことがあります。
ヒアリがなぜ今年になって
急に日本へ侵入してきたのでしょうか。

そういう事例は今まで、
一度もなかったわけですか?
村上
はい、一度もありませんでした。

日本はヒアリの空白地帯だったんです。

オーストラリア、台湾、中国という、
環太平洋地帯では、
軒並み10数年前から連続的に入っていますが、
日本だけは入っていませんでした。

だけど、今年の5月から急に何度も発見されて、
我々研究者の中でも、
「何でこんな急に増えたのか」

という疑問はあります。
ーー
ぼくたちは、いつぐらいまで
ヒアリに警戒しておくべきなのでしょうか。
村上
そう、そこが問題なんですよね。

マスコミが一斉に取り上げると、
興味が引くのも早いといいますか。

そのうち、ニュースにも
ならなくなるような気がしていまして。

でも、この事例でいうと、
現場はこれからもずっと、
警戒を続けなければいけないんです。

AntRoom島田拓氏提供

ーー
0が1になってしまったからには。
村上
そうなんです。

連続でこれだけ発見されているからには、
注意警戒はずっと怠れないんです。

ヒアリチェックを
さらに厳しくしなきゃいけない。
ーー
世間一般の感覚でいうと、
少しずつ興味が薄れているような気もします。
村上
もう、興味がなくなってきてますよね。

年末には「こんな事件があったね」みたいな。

ただ、貿易関係者の人たちは、
ずーっと気を張ってなきゃいけないわけです。
ーー
そうですよね。
村上
今はこうやって加熱した状態ですが、
我々としては、
平熱の中で常に注意を払えるような、
そういう仕組みをつくりたいんです。
ーー
例えば、村上さんがいま、
「海外でヒアリを捕まえて、日本で研究しよう」

なんてことはNGなんですよね?
村上
それはもう、絶対にダメですね。

日本では飼育ができないので、
海外でヒアリを解剖して
持って帰ってくるしかないです。

ーー
あんなに小さいアリだと、
解剖するだけでも大変そうですね。
村上
ええ、すっごく小さいです。

だから、顕微鏡の下で、
ピンピンに尖らせた特殊なピンセットを使って、
アリの脳みそを取り出したりしています。
ーー
おお。
村上
脳みそからは染色体が見られるのですが、
その染色体の中に遺伝子があって、
そこからは交雑の歴史や、
オスとメスを決定するメカニズムとか、
そういうことが解析できます。
ーー
すごい世界ですね。
村上
我々は10年近く前から
「生物防除法」の確立を目指していまして、
それは、ヒアリの性決定システムを
明らかにすることで、
遺伝子操作を使ってすべてのアリを
「働きアリ」にできないかと。
ーー
へぇー! そんなことが可能なんですか?
村上
いや、それがなかなか難しい(笑)。

でも、野望としては、
ヒアリの性決定のメカニズムを明らかにして、
女王アリと働きアリに分化する仕組みを
解明できればいいなと。

さきほども申し上げたように、
女王アリがたくさんいることが厄介なので、
全部働きアリにしちゃえば、
まだマシなんじゃないかと。
ーー
働きアリだけなら、
どこかで終わりが来るだろうと。
村上
そうです。

働きアリだけになれば子どもは産めないので、
働きアリの寿命が尽きるところが
巣の寿命になります。
ーー
ちなみにヒアリの寿命って、
どのぐらいなのでしょうか。
村上
働きアリは3ヶ月、
女王アリは7年。

ーー
女王アリは、けっこう長生きですね。

他のアリも同じくらいですか?
村上
いえ、日本に生息している、
普段よく見かけるようなアリは、
女王アリも働きアリも3、4年ですね。

ヒアリは入れ替わりのサイクルが早いんです。

女王アリは、1時間に80個の卵を生みますから。
ーー
1時間に80個ですか。

では、今こうしてる間にも生んでいる。
村上
フル稼働のときは、
1日に1000から1500ほどの卵を生みます。

1年間で30万個ぐらいは生みますが、
回転も早いので、
実際には5万とか6万の年間増加率です。

それが6、7年続きます。
ーー
ずっと増え続けてしまう‥‥。
村上
ただし、それは1個体の話なので、
10個体女王アリがいれば、
さらに×10になります。

ネズミ算以上ですね。
――
ネズミ算以上って、
もはやヒアリ算ですね。

村上
あと、もう1つ心配なことがあって、
ヒアリは定着して30年ぐらいは、
それほど被害が出ないということなんです。
ーー
あ、初期は被害が少ないんですね。
村上
アメリカはそれで失敗したのですが、
生物学者のレイチェル・カーソンによる
環境保護運動が盛んだった時代までは、
「ヒアリが増えた」とは言われていたけれど、
その頃には人は死んでいないし、
農業被害も経済被害もほとんどありませんでした。

そうなると、それまでヒアリ駆除に
かなりの予算を割いていたのが、
出しにくくなってしまいました。

現在でも駆除の基礎研究はしていますが、
予算はかなり縮小されていると聞いています。
ーー
ああ、なるほど。
村上
実際、アメリカは
それで駆除をしにくい状況になってしまい、
で、20年が経ち、30年が経ち、
気づいたときにはもう手遅れに・・・。
ーー
初期の段階で、
判断を見誤ってしまった。
村上
まあ、そこまでいってしまうと、
レイチェル・カーソンには酷な気もしますね。
うーん‥‥、彼女の書いた『沈黙の春』では
農薬の危険性について訴えるもので、
当時はぼくらのバイブルでもありました。

何度も読みましたし、当時はぼくも
「ヒアリに殺虫剤なんてとんでもない!」

と思っていましたから。

それが今、アメリカでこんなに定着してしまうとは、
ちょっと想像できなかったというか。
ーー
もしヒアリの巣が日本でも
発見されたとしたら‥‥。
村上
日本で巣が見つかった場合は、
国や我々が対処するチームを作って、
適切にひとつずつ処理するしかないかなと思います。

ーー
一度、ヒアリが定着してしまうと、
健康被害の心配もありますが、
それ以上に農業被害や経済被害が
深刻なわけですよね。
村上
そうですね。

おそらく世界の外来生物の中でも
トップ3に入るぐらい、
被害額が大きい生物だと思います。
ーー
ちなみにですが、
ヒアリが人間の「役に立つ」、
なんてことはないんですか?
村上
うーん、役に立つことねぇ。
ーー
ないですよねぇ‥‥。
村上
一応、アメリカの研究では、
「農業被害が出るアブラムシを食べる」
というのがあります。
ーー
アブラムシ。
村上
だから、アブラムシ被害が大きいところでは、
ヒアリのおかげで農作物が増えた、
という事例があることはあります。
ーー
むしろ、その農作物を
逆にヒアリが食べそうな気が
しなくもないですけど‥‥。
村上
そうそう(笑)。

良い面がないわけじゃないとは思うけど、
うーん、なにかあるといんだけどなぁ‥‥。

(つづきます)

2017-08-12-SAT