サンタの国、
フィンランドから。

【第5回 不器用な男たち】

日本映画といえば、フィンランドでは小津安二郎が人気。
アキ・カウリスマキがオススメする映画特集シリーズでも
小津映画が続々と登場し、
フィンランドの人たちと一緒に
映画館で楽しませてもらったことがある。

酔っ払い姿が登場すると大爆笑だ。
間違えて隣の家に鍵をさして
一生懸命ドアを開けようとする姿なんかは、
「同じ、同じ!」とヒーヒー笑ってる。
酔うとはじけるけど、
普段は不器用で気持ちをうまく表現できない。
そのせいで人間関係が空回りする姿などは、
涙をそそるらしい。
そういう人だらけだもの、ここは。

今日はそんなお話。

夜遅いトラムの中で、
一輪のバラを手にしたおじさん達がいた。
二人は向かい合って座っている。
夜になると籠いっぱいのバラを持って
レストランを回る花売り娘から買ったのだろう。
嬉しそうにお互いのバラを見ては微笑んでいる。

ところが降りる間際、一人がバラを私に押しつけてきた。
お辞儀しながらバラを差し出し、
その人は逃げるようにトラムを降りた。
奥さんが喜んでくれるかも‥‥。
そんなことを考えて嬉々としてバラを買ったんだと思う。
それが家が近づくにつれて、
現実の世界に戻ったに違いない。
夜遅くまでしこたま飲んで、
その上酔った勢いでバラなんか買って、
妻に喜ばれるよりも
叱られることの方がリアルだったんだろうな。


ラテン音楽を聴くときもお行儀がいい。
血が騒いでも表に出ないのか。


フィンランドもずいぶん変わり、
今では若い人たちが愛だの恋だの
恥ずかしがらずに言えるようになってきているみたい。
でも私の周りには
そんなことを恥ずかしげもなく言える人はいない。
愛してるなんて言葉を言えちゃう人が目の前に現れたら、
「こいつは信用ならない」と思ってしまいそうだ。
ただね、言葉で伝えることのない人が、
態度でも気持ちを伝えられないとなると
いろいろ悲劇もあるようだ。

そんな人が身近なところにいる。
シングル・ファーザーで売れない画家のヨウコ(男性)。
常に恋人募集中。
知り合ってかれこれ10年近くになるけど、
その間一度も恋が実った試しがない。
そんなヨウコがオーストリア人の友達に
フィンランド女性について説明していた。
「ドアを開けないでいると、
 女性にドアを開けてやれないのかと怒り、
 ドアを開けてあげたら開けてあげたで、
 そんなの自分でやれる、と怒る。
 それがフィンランドの女だ」
だって。

100連敗中のような男の言葉には真実味がある。
でもこれって、
空気が読めずに自己表現のタイミングを失っている
男のサガのような気がする。
普通はこんな叱られ方しないでしょう。
ドアを開けてあげたら
普通に「ありがとう」って言ってくれるものだと思うよ。


年金生活をしている人たちのパフォーマンス。
皿洗いする夫たち。


知人のお父さんの話も泣けた。
この初老の男性は、
女性は花を贈られると喜ぶという噂を
どこかで聞きつけてきた。
そこで妻に花をプレゼントしようと
意気揚々として花屋に出かけた。
花を眺めているうちに
「ああ、自分のこの永遠に変わらない心を伝えるには
 これがいい」
と素敵なことを思いついて‘それ’を買って家に帰った。

永遠の気持ちを表した永遠の花‥‥造花。
奥さんは場末のバーで見かけるような、
ともすればプラスチックの苺やバナナが
くっついていそうな造花の束を手渡され、
大激怒して旦那さんにぶつけて返したという。
ここにもまた空気の読めない人を発見。


パフォーマンス。ただ突っ立ってるだけの気が‥‥。
メッセージもなく、思考も止まってそうである。


所かわって我が家。
テレビをつけたらアメリカ映画をやっていて、
やたらと「愛してる」を連呼している。
唐突に夫ヒルトゥネンが聞いてきた。
「なあ、俺のこと愛してる?」
付き合っていた時も結婚してからも、
そんなこと一度も聞いたことがなかったのに、
映画で頭がどうかなっちゃったんだろうか。
「ねえ、じゃあ私のこと愛してる?」
答える代わりに同じ質問をした。
すると
「おまえ、そんな言葉を聞きたいんだったら、
 イタリアにでも行け。
 俺はフィンランド人だ」
出た、俺様節。
質問したの、自分じゃないのよ。

通訳、取材、コーディネートと、
てんでばらばらの仕事が続いた挙句、
インフルエンザで床に伏せってしまった友人の代わりに
店番までやってた一週間の締め。
お客さんでごった返しているお店の中に、
夫ヒルトゥネンが入ってきた。

ポケットから二つに割って種をくり抜いてある
アボガドとスプーンを取り出して
「はい」と置いて、そそくさと出て行った。

お客さんたちは一瞬びっくりしていたものの、
「あ、夫なんです」と言ったとたんに
「いい旦那さんねえ」と言ってくれた。
はたしてアボガドがいい旦那さんなのかどうか。

それも突然やってきてサッサと出て行って、
ねぎらいの言葉すらなかったしね。
人前でなんて、
なおさらねぎらいの言葉なんてかけられないだろうな。

タイミングとか、場の空気とかそっちのけ。
言葉で言えない恥ずかしさを、
不器用に自分なりに表現する。
素直でいたいのに、
あんまり恥ずかしくなると俺様節の登場だ。
かわいい。
その反面、野郎仲間でしこたま飲んで、
挙句にバラなんて買って真夜中に帰ってくる旦那やら、
造花をニコニコと手渡そうとする夫に
怒りたくなる妻の気持ちもわかる。
それから、脱ぎっぱなし食べっぱなしになった
夫の痕跡を眺めながらカチンときたところに、
彼が唯一マスターした日本語フレーズ
「これでいいのだー」をかまされて、
腹立たしさを越えて泣けてくることもある。

フィンランドの人は謝らないよね、
という話をよく耳にする。
夫ヒルトゥネンも謝らない。
私が怒っていると何もなかったようにしてみせたりする。
それでもとりあえず掃除を始めたりするので、
それなりに何か表現しようとしているのでしょう。

この前寝ているときに、
彼の腕がいきなり私の顔面を直撃した。
「痛い!」と叫んだ私に、寝ぼけた夫は
「ごめんなさい、ごめんなさい」と連呼していた。
こんな風に彼のごめんなさいを聞くことになるとは。
寝言だったら、
こんなにすらすらと「ごめんなさい」が言えるなんて。
今まで言いたかったのに言えなかった分が
一気に出たみたい。


「風の巣」とよばれる現象。
木のほうが自己表現が上手そうです。


この感じ、この不器用さ、
確かに小津安二郎が大好きになるよねって思う。
小津映画を見ながら、
「おお、お前らは俺を理解してくれるよな」
って頷いているおじさんたち‥‥。
フィンランドにはそこここにいそうだ。

圭子 森下・ヒルトゥネン

ヒルトゥネンさんが惚れ込んで訳された絵本を
2冊ご紹介します。

むろんフィンランド味です。
もっと深みにはまりたい方はぜひ。
そうでない方もぜひ。
ムーミンに負けないくらいお勧めです!


『ぶた』
絵と文:ユリア・ヴォリ
翻訳:森下圭子
価格:\1,575(税込)
発行:文渓堂
ISBN:489423291X
【Amazon.co.jp】はこちら


『ぶた ふたたび』
絵と文:ユリア・ヴォリ
翻訳:森下圭子
価格:\1,575(税込)
発行:文渓堂
ISBN:4894232928
【Amazon.co.jp】はこちら

ヒルトゥネンさんへの、激励や感想などは、
メールの表題に「ヒルトゥネンさんへ」と書いて、
postman@1101.comに送ってください。

2005-02-18-FRI

BACK
戻る