おさるアイコン ほぼ日の怪談

「肖像画」

中学の美術の時間に、
「向かいの席の子の肖像画を描く」
という課題がでました。
私の向かいの子は絵がとても得意なのに
異常なほどその課題を拒み、
先生の制止を振り切って教室を
出て行ってしまうほどでした。
私は「じぶんが嫌われてるのかな‥‥」
と少しヘコみ、
思い切って本人に理由をたずねてみたのです。
彼女が「誰にも言わないでね」と泣きながら
教えてくれた理由はこうでした。

小学校のころ、彼女は体が弱くて
6年間のほとんどを入院していたため、
「院内学級」というかたちで勉強していました。
当時から絵が得意だった彼女は
院内学級で仲良しの子ができるたびに
肖像画や似顔絵を描いてあげました。
ところが、彼女が描いてあげる子は
そのたびに、次々と、
容態が悪化して亡くなってしまったそうです。
4人目の友達を亡くしたとき、彼女は
「もう二度と、肖像画は描かない」
と決めたのだそうです。

「きっと、運のわるい偶然だったんだよ。
 みんな病気の子だったんだもん…
 私なら健康だから、ぜったい大丈夫!
 私を、描いてみてよ。
 せっかく上手なのに、もったいないよ!」
懸命に励まして、やっと彼女に
私を描いてもらいました。
出来上がった絵の私は、照れるくらい
とてもよく描けていて
先生も褒めてくれました。
もちろん私にはなにごとも起こらず、
彼女も喜んでくれて
高校卒業までの6年間、
とてもいい友達になりました。

それから11年後のある日、
私は突然おかしくなりました。
自分でも全くわけが分らないのですが、
死にたくて死にたくて仕方がなくなったのです。
死ぬ方法はいくらでもあったと思うのですが
なぜかその時、私は何年も使っていなかった
「彫刻刀」を必死で捜していました。
それは古い絵の具や文房具といっしょに
画材箱にしまいこまれていて…
箱をあけ、夢中で彫刻刀を取り出した瞬間
その下から、大事にしまったまま忘れていた
例の肖像画が現れたのです。
変色し、カビが生え、
むごたらしい有様になった私の顔でした。
「うわっ!」と思ってすぐさま破り捨て、
画材箱ごと燃やして処分しました。
それから部屋に戻り、頭から布団をかぶって
「死んじゃいけない、死んじゃいけない、
 死んじゃいけない――」
呪文のように唱え続けて一夜をあかし
翌日にはウソのように
正気に戻りました。

5人目にならなくてすんだおかげで、
いま、こうしてメールを書いています。
もちろん彼女には
このことは話していません。
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