怪・その26

「最終退館者」

今から10年ほど前、
もう退職した会社で
ハードに働いていた頃の話です。

会社は古い自社ビルで、
たまにある飲み会で幽霊がでると
噂話が囁かれるような物件でした。

ビルは6階建て、
私の部署はその最上階の6階。
ワンフロアにどの階も3つほど部署があり、
私のいた部署以外には、
経理と総務がありました。

私の部署のとなりが総務、
振り返って経理、という配置です。

それぞれの部署の境目に、
仕切りのためのパーテーションがあり、
中の様子は
近づかないと見えないようになっていました。

用事がないと
他部署に立ち寄ることはないのですが、
私のいた部署も含め、
夜終電近く、またはタクシーになってまで
仕事をする人もちらほらいたので、
帰る前に
「先に失礼しますね」と
最後まで残っている人に
声をかけてから退室するのが習慣でした。

誰か残っているかどうかの判断は
パーテーションよりも上にある
蛍光灯が光っているかどうか。
ぜんぶ消えていれば
自分が最後なんだとわかる、という感じでした。

私もまだその頃は忙しくて、
しばしば終電前まで部屋に残っていました。

よく最後まで残っていたのは、
経理のお姉さんのMさんと
私だったようで、お互いに蛍光灯で判断をしては
お先です、と声をかけていたものでした。

さて、
この日も遅くまで時計を見ることもなく、
パソコンを凝視していたのですが、
背後の経理の方向から、
少し早めのコツコツというヒールの靴音が
小さい音から徐々に大きく近づいてきて、
自分の真後ろで止まりました。

あ、Mさん先に帰るのかな。
と思って振り向いたら、

誰もいない。

一瞬ギョッとして、
えっ? 誰? 思い
フロアを見回したら、
他の部署の蛍光灯は
すべて消えていて更にギョッとしました。

誰もフロアにいなかったんです。

その時初めて時計をみて、
12時にさしかかっていたことに
気づきました。

鮮明なヒールの靴音がまだ耳に残っていて
冷や汗が出てくるのを感じながら、
もしやと咄嗟に自分の足元をみました。

しかしわたしが履いていたのは
ラバー靴底のペタ靴。

叫びそうになりました。

そこから大急ぎでパソコンを落とし、
暗かった室内の電気を改めてすべてつけて、
半泣きで施錠してまわり、
駅まで歩くのも怖くて
ビルを出てすぐタクシーを拾いました。

それ以来、最終退館者にならないよう
気をつけたのは言うまでもありません。

しかし先日思い出して、
主人にこの話をしたら、

「振り返ったあと、
 上を見なくてよかったね」

と意味深なことを言われて、
久しぶりに鳥肌がたちました。

(A.I)

こわいね!
2016-08-22-MON