おさるアイコン ほぼ日の怪談2005
怪・その7
「空き室」

結婚が決まり、
新居となるアパートを探していたときのこと。
なかなか決まらずあきらめかけたとき、
とあるアパートの張り紙が目に付きました。
それは、建てて数年ほどらしい、こぎれいな二階建て、
「空き室」の張り紙は
そのアパートの二階の真ん中の部屋です。
一目で夫は気に入り、見せて貰うことになりました。

ところが、です。
その玄関前に立った瞬間、
私は嫌な臭いに気が付きました。
カビのような、ガスのような、なんとも言い難い臭い。
夫は何も感じていなかったようですが、
私は同時に、なぜだか部屋から
激しく入室を拒絶されている感じがしました。

大家さんが鍵を開けようとしましたが、
鍵が壊れているのか何度鍵を入れても開きません。
「たしかにこの鍵なんですけどね」
部屋の番号と鍵の番号は確かに合っていました。

私は「もういい、帰ろうよ」と夫を促しましたが、
夫は「せっかくだから」と、
施錠していない開いた窓を見つけると、
大家さんの許可を得て
そこから入って玄関の鍵を内側から開けました。
なぜか大家さんは立ち会わず、
「外で待ってますから」と降りていきました。

夫が呼ぶので嫌々ながら玄関へ。
そのとたん、先ほど玄関前で感じた、
あの、かび臭さとガス臭さが
部屋中に充満していることに気が付きました。

その上、奥の部屋には自動車のタイヤ、ゴミ袋、
台所には調味料のびん、
風呂場には洗面器やシャンプーまで転がっているのが、
玄関からも一目で見て取れました。
まるで今でも人が普通に暮らしているみたい‥‥。
そう思ったとたん、
若い男性ががそこに住んでいるイメージが脳裏に浮かび、
その人に睨まれているような気がしてきて、
私はたまらず、夫を振り切って外に出ました。

外で待っていました大家さんは、
「本当は7万だけど半額にする」と
こちらが言い出さないのに、
いきなり条件を下げてきました。
夫は「掃除すればいいんだし」と契約したそうでしたが、
私は頑なに断りました。

帰り道、ぐったりと疲れ切った私をみて、
夫はそのアパートの近くのスーパーに
飲料水を買いに寄ってくれました。
そのスーパーで何気なくアパートを見てきた話をすると、
店員さんから驚くべきことを言われました。
「あのアパートの二階の真ん中の部屋に住んでいた人、
 ガス自殺したのよ。
 荷物、誰も引き取りに来なくてそのまま。
 大家さんも困ってるみたい。
 それ以来、あの部屋、
 ずっと借り手がいないままなんだって。」
(ku)

2005-08-10-WED
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