YAMADA
おとなの小論文教室。
感じる・考える・伝わる!

Lesson630  送る言葉

もしも、会社に
「理解課」という課があって、

その人のやってきた仕事について、
正しく深い理解を、
言葉で伝えるようにしたら、

働く人たち、もっとずっと、
生き生きするのになあ、
と私はよく、思う。

とくに退職、引退、遠くに異動など、
当人が最も、自分の存在理由を問う時に。

職場を去る人に、
どんな言葉を贈ったらいいのか?

まず、やってはいけないことから。

「去る人をサカナに、皆の笑いを取る」
という方向は避けよう。

サービス精神のある人ほど、
ついやってしまいがちだ。
その場のウケをねらうこと。
話を盛って、笑いをとること。

例えば、

「Aさんの想い出といえば、
 なんといっても“天然”っぷりです!
 お得意様からの電話を、
 自分のお父さんと間違えて、
 ぜんぜん気づかず、フツーに、話していた件は、
 みなさんもよく覚えてますよねー!」

「ガハハ!」
とみんな笑うけど、
当人にとって、
仕事上のミスを皆に笑われているだけだ。

これは場を笑いで明るくするのではない。
人の非をあげつらって、嘲笑う。

相手がちょっと嫌がること、恥ずかしがることを言って、
相手が動揺するリアクションを見て、
あるいは、笑うしかない周囲のリアクションを見て、
ウケようとするやり方は、
よほど笑いに修練してないと、
安直で幼いものになりやすい。

送別の主役は、職場を去る人だ。

ただ1人、主役だけが歓んでくれればOK!
他の人はどう思ってもいい、くらいの気持ちで臨もう。

もちろん、主役も皆も歓ぶにこしたことはないが、
なかなかそんなにうまくはいかないものだ。

送る言葉は、
主役の尊厳やアイデンティティに関わるのだ。

では褒めればいいか、というと、
これが案外難しい。

例えば、

「職場の花が辞めてしまうということで、
 4月から男性陣は、何を楽しみに
 会社に来たらいいかわからない。」

「Aさんと言えば、宴会の幹事をいつも
 嫌がらずやってくださったことが心に残ってます。」

など、本来の仕事とは関係のないことを褒めても、
本人にすれば、的外れな印象、
「私の存在理由はそこかーい?!」と
ツッコミたくなる。

送別の言葉は、やはり直球で、
その人の「仕事への理解」を伝えよう。

理解を外したら、その人のアイデンティティに関わる。
だから慎重に準備しよう。

表現に正解はないし、
人それぞれに自由に考えていい。

だからここでは、
私が表現教育を通して、
一般人のスピーチをたくさん聞いてきた経験から、
不慣れな人でも伝わる! 表現の仕方を
たたき台として1つ紹介しよう。

「過去→現在→未来、で話し、
 去る人の仕事の主旋律を表現する」

というやり方だ。

まず、去る人が、
職場に来た日から今までの全仕事を
思い出そう。その中で

最も成果を出した仕事を1つだけ選び取る。

ここの選定が肝だ、
ここは苦心して考え抜こう!

去る人が、3年なら3年分、
10年なら10年分やった仕事のなかで、

もっとも人に役立ったとか、
いまにつながる流れをつくった・分岐点となるような仕事、
この人を語るときに、これを置いて他にないという仕事。

1つだけを選ぶ。2つも3つも選んでは、
結局、あれもこれもになり、伝わらない。

正解はないから、
「自分なりにこう考えた」
「私はあなたの仕事を語る上でこの1つを選んだ」、
というスタンスで選び取ろう。

1つを選んだら、その仕事を語る上で、
最も印象深い「エピソード・体験」を1つ選ぼう。

例えば、
「Aさんの1番の成果と言えば、
 データベースをつくって、
 営業のノウハウを共有化したことだ」とする。

この成果を語るうえで、
いちばん印象に残るエピソード・体験は
なんだろう?

「Aさんと一緒にデータベースをつくるため、
 合宿したときに、
 Aさんが私に、仕事観をこう語ってくれた」とか。

「データベースをつくる過程で
 壁にぶつかったとき、私があきらめかけたのに、
 Aさんがこうのりこえた」とか。

ここまで用意できたら、
過去→現在→未来のうち、「過去」の準備はOK!

次は「現在」。

去る人がやった過去の仕事のおかげで、
いまどんな良い状況が生まれているか。

例えば、
「いま、この職場で、
 2年目、3年目の経験の浅い営業マンが
 生き生き仕事ができるのも、
 Aさんがデータベースをつくって、
 ベテラン営業マンの知恵を
 共有化してくださったおかげです」
というふうに。

そして「未来」。

去る人が残してくれた成果は、
これから未来にどうつながるか。
あるいは、自分たち残されたものが、
去る人の残してくれた志をどのように
未来に生かしていきたいか。

例えば、

「Aさんがデータベースとともに
 残してくれたものは、
 個人の経験を、チームに生かす、
 チームが伸びることで、個人もさらに伸びる
 という考え方です。
 Aさんのこの志は、
 未来にどんなに営業のスタイルが変わろうとも、
 残された私たちが受け継いで必ず生かしていきます。」
というふうにだ。

以上を整理すると。


まず「過去」。

1 Aさんの仕事のなかで、
  私がいちばん意義深いと思うものを1つだけ、
  あげさせていただくとすれば、「この仕事」です。

2 Aさんのこの仕事を語る上で、
  いちばん印象に残っているのが、
  「このエピソード・体験」です。

つぎに「現在」。

3 Aさんの仕事のおかけで、現在、
  「こんないい状況・成果」が生まれています。

そこから「未来」。

4 Aさんのお仕事は未来に「こう」つながります。
  あるいは、残された私たちは、
  Aさんの志を、未来にこう生かしていきます。

最後に、あなたのAさんへの想いを短く凝縮。

5 最後に私がAさんに、心から伝えたいのは、
  「この言葉」です。


いちばん最後5の、
去っていく人への「あなたの想い」を伝えるところは、
極力短い言葉で表現してみよう。

だらだらと長く話すと
なかなか核心にたどり着けないという人も、
短く言おうとすることで、より本心に近い想いが
言葉になる。

1〜4までは事前に考えておきたいが、
最後の5のところだけは、その場で、
Aさんの表情も見ながら、
湧き上がった想いを、生で、言葉にして
伝えるのもいい。

手紙を渡したい人も、1〜5で文章にできる。

職場を去る人を、自分なりに、
正しく、深く、理解しようと努めた果てに、
「これだ!」という納得のいく言葉が出てきたとき、

去る人の心にチカラを与えるのはもちろんだが、

あなた自身の中にも、
Aさんが仕事でがんばってきたことが
ささやかでも何か一つ、消化でき、腑に落ちて、
受け継がれていくと思う。

去る人への想いを、勇気を出して伝えよう。

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2013-03-27-WED
YAMADA
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