YAMADA
おとなの小論文教室。
感じる・考える・伝わる!

Lesson629  会社員の自由

「会社員の自由はどこにある?」

先日、シンプルな答えが見つかり、嬉しかった。

13年前、私は、答えを見つけられなかった。
志あって会社を辞め、
独自の道を行かざるをえなかった私には、
会社員の自由とは、会社を辞める自由。
それ以上浮かばなかった。

でもいま、講演・研修の講師として会社に行き、
そのたび新鮮に気づくことは、

私が、日本の「会社」というありようが
とても好きだということだ。

16年勤めた会社も、
チームで仕事をすることも、とても好きだ。

だから「社畜」という言葉を、
まだ働いたことのない若い人が言うと悲しい。

いろいろあっても会社はいい、一度勤めて損はない。

先日も、講演で、ある企業に行き、
従業員2万人の大企業でありながら、
社員の人たちが、想いのこもった、実のある言葉で
話しているのが印象的だった。

「見えないものを売っているから、言葉が鍛えられる」

と会社の方が言っていた。
カタチある物なら、
黙って「物」を見せて説得する手もある。
しかし、
「保険」というカタチの無いものを売るためには、
人と人とが、しっかりコミュニケーションし、
信頼を築かなければ、何一つ立ち行かない。

講演後、懇親会でも、
リーダーたちは、
自分のこと以上に、本気で部下のことを考えていた。

若い社員たちは、
叱られることはあっても、
あとから振り返って、本当に役立つ教えをくれた
先輩たちのことを想っていた。

私自身も、会社にいたとき、
チームのことを、いつも考えていた。
フリーランスのいま振り返ると、
自分のことをそっちのけにしてまで、
よく、他者のことばかり考えていたと感心する。

「会社を選んだ以上、分業を選んだのだ。」

「分業を選んだ以上、
 コミュニケーションに骨身を砕くのはあたりまえだ。」

あらためて上記の言葉が、すとんと腑に落ちた。
“半年で職場の星になる!
 働くためのコミュニケーション力”
という文庫化の作業で読み直した自分の言葉だ。

“半年で職場の星になる!”

とはオーバーな、と笑う人もいるかもしれないが、
実体験に基づいている。

私は、33歳の4月、東京に転勤になり、

東京の社員たちに話が通じないばかりか、小ばかにされ、
それまで11年岡山でやってきたことが通用せず、
崖っぷちに立たされた。

ところが、あることで限界突破!

その年の10月には、
会議で一発で意見が通り、
上司からは、入社以来最高の評価をもらい、
後輩たちからは一緒に働きたいと慕われ、
そこからの会社生活は、極めて自由だった。

わずか半年、何を変えたかというと、

話す・書く・読む・聞く、
コミュニケーションのあり方をガラリと変えたのだ。

上司や同僚の発信は、たとえメールでも、
プリントアウトして、2回通して、
線を引きながら読んだ。

「身投げ読み」

と私は言っているのだが、
相手の文脈に身投げするくらいのつもりで、
自分と全く違う、相手の考えを理解しようと努めた。

こちらの考えは、極力、「短く強く」伝えるよう努めた。

だらだら話しても伝わらない。
長い文章は読んでもらえない。

優先順位をつけ、そぎ落とし、
自分の言いたいことをギューッと短く要約することで、
より本心に近い想いが言葉になる。

そうして上司や同僚との疎通に努めていくと、
理解しがたかった相手の言動も、次々と、
すんなり、腑に落ちるようになっていった。

同時に自分が、入社してから11年経つうちに、
いかにいい加減に人の話を聞き、
いかに自分に都合のいいとこを拾って
上司や同僚の文書を読んできたか、
反省せずにはいられなかった。

入社したときは、みな同じ気持ちで、
「いい教材を世におくりだして、教育に貢献するぞ!」
と思っていたはずだ。

会社というところはチームで分業するから、

「営業が売ることは考えてくれるし、
 経理が難しい計算は全部やってくれる、
 私は、好きな編集だけやっていればいい、
 なんて効率がいいんだ」
と思っていたはずだ。

それが11年たつうちに、
自分の持ち場の編集の世界しか、見えなくなり、
「営業はなんで売ることばかりガツガツ言うんだ」
「経理はなんでいちいち金にうるさいんだ」
と本末転倒な苛立ちさえ覚えていた。

従業員200名の部署で、
200メートル・リレーをするとしたら、
私たちは、1人1区間1メートルずつ分担する働き手だ。

私は、自分の持ち場の1メートルだけを、
オリンピック選手なみに磨き上げてきただけだった。

ほかの持ち場199メートルのことはわからない。
理解しようとさえしない自分がいた。

まずは目の前の一人の上司へ、
すぐ隣の持ち場を守る営業へ、

骨身を砕いてコツコツコツコツ、
わかり合おうと努めた果てに
私の言葉は、タテにヨコに
自由に通じるようになっていった。
たった半年の変化に自分でも信じられなかった。

会社というところは、
社長、部長、課長、一般社員‥‥とタテに、
経理、営業、編集、物流‥‥とヨコに、分業がされている。

分業を選んだ以上、
他の持ち場のことは見えなくなるのは当たり前だ。
その分、骨身を砕いてコミュニケーションを
しなければならない。

持ち場が違う、それゆえ視野も、
考え方もまったく違う仲間と、
通じ合うのは、面倒で、非効率で、とってもパワーが要る。

なぜ、そうまでして会社で仕事をするのか?

自分一人では、一生かかってもできない規模で、
社会に働きかけるためだ。

コミュニケーションが十全になったとき、
200人の職場なら、200人分、
小さな自分の生涯を超えて、
社会にインパクトを与え、動かすことができる。

まずはきょう、仕事の現場で関わる1人の人間へ、
通じ合おうと骨身を砕く人が、結局は、
自分の手足を、2人分、3人分‥‥、
脳を、5人分、10人分‥‥
と連携し、拡大し、職場を自由に動きまわることができる。

会社を選んだ以上、分業を選んだ。

そして、会社員もフリーランスも自営業もまた、分業だ。

私たちは「社会」という大きな大きな組織から、
それぞれ持ち場をまかされ、働いている。

自分の仕事しか見えず、違う持ち場を守る人を、
気が知れない、わからずやだ、と切り離したとき、
私たちは、1メートル区間の優勝者に成り下がる。

まずは、きょう、職場で向かい合う一人へ、

コミュニケーションに骨身を砕く人こそが、
やがて職場を自由に動きまわり、
組織を自由に動きまわり、
社会を自由に動きまわれるようになる。

自由はここにある!

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2013-03-20-WED
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